第23話 “さいかい”
昼食は決まって村長の家で取る事になっている。
かつての名残で飲食店だった場所や宿として使われていた建物はあるが、盗賊たちの相手を始めて以降は村民を代表して感謝を示したいとのことで振舞われるようになった。
今もそれは続いているがリオンとしては厄介になりっぱなしで少し気が引けている。
「失礼します」
頭を下げて入ると三人の冒険者は既におり、テーブルに料理を並べるなど手伝いをしていた。
「あれ、クリフさんは?」
休むよう言いつけた人物の姿は部屋に無い。
料理でも作っているのだろうかと炊事場の方を覗いてみても、そこには村長と村長をこき使う奥さんの2人の姿しか無かった。
「クリフさんなら、『新しい回路が浮かんできた』と言って奥の部屋にこもってしまいました」
「あー、分かりました」
少し疲れの見えるイーファの話に納得するリオン。
クリフは昔から何か思いつくとそれを優先せずに入られない性分なのだ。
これもまたリベリオ魔法学院の教師という立場を捨てる理由の一つとなったであろうことは想像に難くない。
「さあ、お召し上がりください」
そんな話をしているうちに食事の準備は終わっていた。
サラダ、スープ、黒パンという一見して質素に見える食事は、今の村の事情からすると十分すぎるレパートリーだ。
襲撃により狩りに使う矢などをかなり使ってしまっているため、今の時点では不用意に消費したくないのだ。
何しろ盗賊たちの対象と一部の者たちはあの場方逃げおおせている。
流石に今すぐにと言う事はないだろうが、またいつ攻めて来るかも分からない状態だ。
そのため弓矢は今のところ使えないが、昔ながらの手法という事で縄を使った罠を仕掛けているらしい。しかし村人たちに行き渡るほどの肉を確保するのは厳しいようである。
なのでへカルトたちがドラゴンの危険を省みず荷車を回収しに行ったのはこの事も理由の一つとしてあった。
鍋や桶、布や傷薬などの補充は勿論ながら、積み荷の中には狩りに多く使うためまとめ買いをした矢も含まれている。誰かが持っていったとしても全ては無理であろうから、それなりの量を回収できるはずであると。
いくらかでも手に入れば余裕ができるから狩りで多少使っても良くなるだろう。
村長や奥さんとこれからどうするか、という話をしているところにクリフもようやく揃い、全員で平和ではあるが楽しいとは少し言い難い空気で昼食を終えた。
仕事や現在の村の状況の話など頭を悩ませる問題は後を絶たないようである。
昼食後はそれぞれ、自分の持ち場とも言える場所へ散り散りになっていく。
ブレイスとテルミスは療養所で怪我の具合を見てもらった後、問題無ければイーファの奮闘を見る予定で、クリフは指導と並行して思いついたものに関する調査を行うとのこと。
村長たちはイーファの精霊石により損傷した防壁の具合を確かめるそうだ。
「私は続きかな」
まだ山ほど残っているクリフより依頼された論文の精査と評価。
強制的な仮眠を取る前よりは頭がスッキリしているので、気持ち早く進められそうな気がする。もちろん気がするだけであるから、実際はそのように都合よくはいかないであろうとの声もリオンの中に存在しているが。
村の端の方にある、豪邸を立てる予定だけが一時立てられた後に放棄された広場となっている空地へリオンは戻った。
一面が剥き出しの砂地であり端の方には三枚の板を組み合わせただけの簡易机が一つ、その脇には既読のと未読でそれぞれ分けるように入れられた論文である羊皮紙の山。インクとペンはクリフが持ってきた予備であるが、それらを使う肝心の紙は最低限だなと確信を持てるほど少量。
リオンは足で地面に書かれていたメモを消していく。
その時、強い風が起きた。
「おや、どうしたんですか?」
振り返ると共に昼寝をした間柄である先輩の友人、金色の羽を持つ巨大な鳥が丁度空より降りて着地するところだった。
確か名前は――。
「キュリウスさん、でしたっけ」
目の前の巨鳥は「ピュイ」と見た目からは意外な可愛らしい声で肯定らしい返事をした。
「先輩はここにはいませんよ? それに私はこの通り忙しくて遊んでいる時間もありませんし」
申し訳なさそうにリオンが言うと、キュリウスはそれを無視して大きく翼を羽ばたかせる。
怒らせてしまっただろうか、そう思うも翼を落ち着かせた後の姿はそのように見えない。
「チチチチ」
「そっちに何か? あ」
後ろを見ろと言うように鳴きながら首を振るキュリウスに、指示に従うように振り返ったリオン。その目に飛び込んだのは綺麗に均された地面でメモどころか、それを消して作られた足の跡も無くなっていた。本当に、最初から何もされていないかのような状態である。
「えっと、もしかして手伝ってくれるんですか?」
「チチッ」
「そうですか。ありがとうございます」
皇帝の異を示すキュリウスに笑みを浮かべながらリオンは感謝する。
クリフ同様にクリフの友人もリオンの様子を心配してくれているのだ。
それはきっと、一緒に眠り起きた時にリオンの顔を見たからなのだろう。
そこまで酷い表情を浮かべていた自覚は無いが、ここまで気を使わせているとなると見慣れた者たちにとっては心配になるほどなのだ。
そんな事を思って自嘲気味に笑いつつ枝を持つ。
「さあ、続きをやりますか」
そう決心して未読の論文の一つを手に取る。
その時、唐突に太陽が陰った。
まさか天気でも悪くなるのだろうかと不安げにリオンが顔を上げる。
――リオンに理解できたのは、その影は自分だけを太陽より覆い隠していたという事だけだった。
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