第21話 未熟な冒険者たち
人間というのは適応力が高いもので、あの決死の防衛戦から1週間もすればそれないりに日常が戻ってきていた。
勿論、全てが完璧に元通りというわけにはいかないが、日常を取り戻したいという強い思いもあって以前の暮らしを再現するように行動する人は多い。しかしふとした拍子に現れる故人の影に、村人たちの受けた傷の深さは生半可なものでは無い事がうかがえる。
一方、驚異的ともいえる回復力でもう歩けるまでになった二人の冒険者が散歩をしていた。
ブレイスの腕は流石にまだ直り切ってはおらず、添え木はそのままだが体に固定するまでは必要なくなり物を握る事も対象は出来るまでになっていた。
テルミスの方は立て続けに受けた腹部への攻撃により、折れていたあばらがより酷く悪化していた為しばらく絶対安静を言いつけられていたが、クリフの助けもあって軽く出歩く程度ならと許可して貰えるまでになっていた。
「私たち、生きてるんだね」
ポツリとテルミスは呟く。
「ああ」
「勝ったんだよね」
少しだけブレイスは迷い「そうだな」と答えた。
その間が何を語っているのか、テルミスには口にされなくとも分かる。
確かに村は守られた。しかし自分たちは負けたも同然だった。
万全の状態でなかったなど言い訳にならない。冒険者であればそんなのは日常の事であり、その理不尽な状況から何としてでも勝利を掴み取らなければならないのだ。
今回は偶然にもクリフという魔法使いに助けられた。
つまり運が良かっただけで、それを勝ったという気にはあまりなれない。
「はあ~、まだまだ未熟だなー」
テルミスは空を見上げる。
それは実力に対していったのか、それともこんな事で悩んでいる事に言ったのか。
きっと両方なのだろうとブレイスは何となく思った。
彼らに冒険者のなんたるかを教えてくれた師は言っていた。
「“世界ってのは結果しか見ないもんだ。運も実力も、結局はその結果を呼び込むための道具にしか過ぎない。だからアタシらは生きてりゃ負けじゃないのさ”……か」
無数に積み重ねる勝利と敗北、生と死の駆け引き。
それを生業にする以上はそれこそが正しいのだろうし、自分でもそのくらいの割り切りは出来ていたと思っていたのだが。
「難しいなぁ」
「そうだねぇ」
互いに弱い笑みを浮かべる。
それがあんまり冒険者らしくない顔な物だから、お互いに少し笑ってしまった。
人間とは不思議なもので、少し笑うだけでも何だか元気が湧いてくるような気がした。
それから当てもなくブラブラと歩いていると、ぽつぽつ疎らの人通りの道で向こうからイーファが何やら忙しそうに走って来た。
「あ、二人とももう大丈夫なんですか?」
「大丈夫かどうかで言えば、まあ大丈夫な方?」
「少なくとも出歩くくらいは問題ないって言われたよ。」
「そうなんですか」
ホッとした様子でイーファは胸をなでおろす。
ドラゴンの時と同様に、目を覚ました時に見た心底ホッとした様子の顔は今でも覚えている。
「なんか、迷惑ばっかりかけてる気がするな」
「そんな事ないですよ!」
軽い気持ちから出てきた言葉をイーファは強く否定する。
「二人がいなければ、きっと私は諦めていたと思うから」
イーファはそう言う。
傍目から見れば、勝手に現場から離れておいて敵の指揮官を仕留める事すらできなかった二人の行いは無駄な事だっただろう。しかし、そんな無茶苦茶な彼らかいたからこそイーファは魔法石を作る事を決意し、また二人を無茶な方法で送り出した後も諦めずに立っていられたのだ。
イーファは力強く断言する。
二人のお陰であると。
真正面からそう言われると何だか照れ臭くなって、目を逸らしてしまう。
一方のテルミスはちゃんと「ありがと」と感謝の言葉を告げていた。
イーファはそんなテルミスに笑顔で答え、何かを思い出したように「あっ」と声を上げる。
「実は、いまクリフさんに魔法回路……魔法陣とか紋様に関する事を教わっているんです!」
「クリフさんって、あのバカでかい魔法陣作ってた人?」
「そうです!」
それを聞いてブレイスも思い出す。
空に浮かび上がった町よりも巨大な魔法陣。あれは幻覚ではなかったらしい。
自分やテルミスの治療を行ってくれた聞くが、目を覚ましてからまだ一度も会えていない。
「じゃあ付いて行っていいか? お礼も言わなきゃいけないし」
「多分、大丈夫だと思いますけど……」
その目は二人の体調を気にしてのものだろう。
「挨拶くらいなら問題ないかな。何か仕事をさせるっていうなら断るけど」
「ああ、それはたぶん平気です。リオンさんにしかそう言った事はさせていないので」
ただ一人に対してのみ、明らかに扱いが違う事を思い出したようでイーファは可笑しそうに笑った。
「その二人、どういう関係なんだ?」
「説明するより実際に会ってみた方が分かりやすいと思います」
性格も含めて、とイーファは続けた。
最初はドラゴンの時のように無力感に苛まれて思い悩んでいないかと心の中で心配していたのだが、新しい目標を見つけたかのようにキラキラと光る眼をみて杞憂だったと理解する。
自分が思っているよりも仲間たちはずっと強いのだ。
「じゃあ医者の人に断りを入れてから行くか。あの爺さん、心配性だからあんまり長い時間戻らないと飛び出してきそうだし」
「そうなんですか?」
確かに、と頷くテルミスと首をかしげるイーファ。
「俺らが寝てた時に会ってないのか?」
「私が来ると気を使って皆さん部屋から出ていってしまっていたので」
思い出してみれば、確かにそうだったかもしてない。
「確かに、目を覚ました時も私たち3人しかいなかった気がする」
「よく覚えてるな」
「むしろ、あの瞬間を覚えていない事が衝撃なんだけど」
テルミスは言うが、生死の境を一時彷徨っていたテルミスと限界を超えた疲労で意識を失っていた自分とでは起きた時の感覚も違って当然なように思う。
「じゃ、またあとでな」
そう言ってイーファと別れる。
なんの目的も無くフワフワとした感覚で歩き回るのもお終いだ。
ブレイスは療養所へ足を向ける。
そして共に戻ろうとしたテルミスを軽く手を上げて止めた。
「俺一人でいいよ」
ただ一言、断りを入れに行くのに二人も必要無いだろう。
そんな気持ちからの一言だが、長い付き合いだけあってテルミスは即座に理解したようで、「じゃあ任せた」と小走りに走って行ったイーファを追うようにゆっくりした調子で歩き出す。
その背中に背を向けて、ブレイスも心配性な老人の元へ向かうのだった。
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