第20話 先生の先輩

 そよ風の吹く中、村の端に作られた墓地の前で多くの人が黙祷を捧げる。

 グルリと囲むように作られている柵はまるであの世とこの世を区切る境界線のように感じた。

 リオンは外に立って向けていた視線を目の前の人物たちに戻す。

「助かりました」

 感謝の声の先は白髪交じりの銀髪に顔のシワが少々増えてきた様子の女性。

「まったくだ。聞いて飛んできてみれば、話と随分と違ったからね」

「あの、この方は?」

 イーファが尋ねる。

 ところどころ怪我を負っていたが、彼女は決死の覚悟で守ってくれた者たちのお陰で致命傷と呼べる傷は負わずにすんでいた。一方ブレイスとテルミスは命にこそかかわらなかったが絶対安静を言いつけられて今は療養所で寝かされている。

「この方はクリフ・レファイナ。私の先輩にあたる人です」

「先輩……」

「今は引退したが、リベリオ魔法学院で教師をしていたんだよ。専門は魔力制御回路……要は魔法陣や魔法紋だね」

「入ったばかりの時は色々とお世話になりました」

「少しは成長したかと思ったが、誘った頃からちっとも変わってないなんて、困ったもんだね」

「誘った?」

 リオンは困ったような顔で力なく笑う。

「私がリベリオに入ることが出来たのは、クリフさんが推薦してくれたからなんだ」

 かつて、初めて出会った時の事を思い出してリオンは懐かしさと苦労の両方を思い出す。

 独学で研究を行っていたある日、唐突に掘っ立て小屋の研究室へ訪れて来たと思ったら書きなぐられていた魔法陣や紋に関するダメ出しの嵐。続けて不貞腐れるリオンに対して無理矢理に正しい魔法制御回路の理論と描き方を仕込んだのだ。

 連日連夜、繰り返される過酷な日々の経験は今のリオンを助ける力の一つとなっている。

 ――もう一度経験したいとはまったく思わないが。

 そんなリオンの気持ちと、誤魔化すような笑いで妙な笑顔になってしまいイーファが不思議そうに見ていたが、特に追及されることは無かった。

「まあ、私が入って1年ほどで教師をやめてしまったんだけどね」

「バカな貴族と、自分を特別と思っているガキども、無駄にプライドの高い同僚たちに嫌気がさしてね。だから今はほそぼそと研究成果だけ提出している、ただの魔法使いの研究者さ」

「それは良いんですが、書いた論文を毎回僕に確認させるのはちょっと……」

「他の太鼓持ち連中じゃ信用できないから当然だ。それにアンタも勉強になって一石二鳥だろ? 今回も描いたもんは稚拙だったが役に立ったみたいだしね」

 カカカカと控えめな声でクリフは笑う。

 確かに言う通り確かに役に立った。

 イーファが使った魔法陣、本来ならちゃんとした設備や機材が必要な魔法石の作成を可能としたアレはクリフが少し前に考案し、その論文を読んでいたからこそ描くことが出来たものだ。

 もっともアレは完全なものでは無い。

 時間の関係だが、制御部分を省略し代わりに安全面を補強するように改変したものだった。

 イーファは扱いの難しくなったそれを見事に使いこなして見せたわけだ。

 墓地へ向かう途中、使用されたその魔法陣を見たのだがクリフは不満だったらしい。

「イーファさんは初めて描いたんですから、その評価は少し厳しすぎるのでは?」

「何言ってんだい。私が言ってるのは真ん中のアンタが描いた部分さ! 昔っから曲線の流しに力が入り過ぎる癖、全く直ってないじゃないか」

「それは……時間が無くて…………」

 痛いところをつかれ、ぼそぼそと呟くような声でしか反論ができない。

 しかし、そんな言葉にクリフが納得するわけもなく。

「だから焦って上手く描けなかったと? そんなのは教師として恥ずかしい言い訳だ。私の言い分に納得できないなら、もっと正確に素早く描けるよう精進しな」

 ぐうの音も出ない。

 時間がない時ほど焦らず冷静に、というのはリオン自身が生徒たちに度々言っている言葉だ。

 その叱られる子供のような姿を見てイーファがクスリと笑う。

「ま、そういうわけでこの子は少し与るよ」

「それはどういう?」

「そこの不出来な後輩の尻拭いをしてやるって事さ。アンタが見た出来損ないじゃなく本物の魔法回路を教えてやる。勿論、手取り足取り全部というわけにはいかないがね」

 このクリフの言葉にイーファは勿論、リオンも驚いた。

 クリフの厳しさは指導の部分だけではない。

 自分のお眼鏡にかなう素質が無ければあっさりと見放し、相手にすらしてくれなくなるという性格の気難しさ、そして容赦の無さが教えを乞う多くの生徒を挫折させたものだ。

 これに対する貴族たちの抗議で何度学院が頭を抱えた事か。

 だからこそリオンは、見る価値があるとクリフが言った事にとても驚いた。

「別に嫌ならいいよ」

「是非お願いします!」

「よし、決まりだね。さて坊主、お前さんにもたんまりやって貰わなきゃならない事があるんだ」

 浮かべられた意地の悪い笑みにリオンは嫌な予感がする。

 こういった顔の時、だいたいクリフは面倒な事を押し付けてくるのだ。

「実は私としたことが横着して送るのを後回しにしていた論文とその資料が大量にあってね。是非、そいつらの評価を頼むよ」

「……それはどのくらいの量でしょうか?」

「たんまり、だ。正確な数をいた方がいいかい?」

「あー、いや大丈夫です。頑張ります……」

「それじゃあ、お手柔らかにお願いするよ。とは言っても甘いもんはいらないがね」

 そう言うとクリフは墓地に背を向けて歩き出した。

 部外者がいつまでも近くで話し込んでいるのも鬱陶しいだろう。そう判断したのか、それとも本当に凄まじい量の論文があって、急がないととても終わらないのかは分からない。

 だが、なんとなく早く新しい教え子候補の素質を見たいという気持ちは感じられた。

 リオンたちは後に続く。

 嬉しそうなイーファとは対照的に、今晩は眠れるだろうかという不安でリオンは苦い顔をしていた。

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