第19話 決着の魔法

「冒険者ってのは、なんでどいつもこいつも頭のおかしい連中ばっかんだ?」

 目の前の光景、理解不能な手段が齎した結果を憎々し気に睨むのは盗賊団の頭目ヘドラン。

 チラリと村の方に目を向ければ爆炎が吹き上げて部下たちの気勢を削いでいる。想定外の事態による混乱と困惑が、折れかかっていた守備隊の気持ちを立て直す時間を与え、あと一歩というところまで迫った勝利が遠のいたのは確実だ。

 もちろん、それは一時の事だろう。

「どんな凄い魔法使いにも限界はある。こんなギリギリまで温存してたって事は、あっちで奮闘している奴じゃ大した時間は持たないからだ」

 それが体力なのか道具なのかは知らないが、余裕があるならもっと早い段階で出てきておかしくない。その点をヘドランは指摘しているのだ。

 しかしブレイスとテルミスは何も答えない。

 二人とも取り巻きの護衛を倒し、残るは目の前の対象一人という事で集中しているからだ。

「それに、手練れとは聞いていたがアイツらがこんな簡単にやられちまうとはなぁ。……知ってるか? アイツらは昔、どっかのお偉いさんに仕えていて捨てられた騎士様らしいぜ? それなりの腕と見込んで雇っていたが、結局は捨てられる程度の実力しかなかったわけだ」

 ペッとヘドランは唾を吐く。

 そんな仲間とでも話すような軽い調子にも拘らず、立ち居振る舞いに隙と呼べる明白な隙は一向に見当たらなかった。

 常に眼孔を光らせ、視界は広く俯瞰し何かを注視するという事はしない。

 右手で軽く振る大剣は本来は両手で扱うものであり、それだけで並外れた膂力を持つことは明らか。また左手には水色の刃を持った短剣が握られている。

 クマのような大柄な肉体と無骨な姿とは対照的に足さばきは繊細で、相対する二人の立ち位置と構えによって的確に反撃を繰り出せるよう踏み込みは余裕を持たせる。

 乗って来たのであろう馬は遠く、それは逃げる気がない事を如実に物語っていた。

 ヘドランは自信を持って勝てると思っているのだ。


 最初に動いたのはブレイスだった。

「ふっ!」

 身を低くし高い身体能力を持って一挙に踏み込んでの突き。

 空を切って突き進む刃をヘドランは容易く右の大剣で強くはじき、その想像を超える力に思わず姿勢の崩れたブレイスを左の短剣で切り裂かんとする。

 テルミスはそれを好機と見て踏み出し、下から上で切り上げるように刃を振るう。

 ちっ、とヘドランは舌打ちを一つ。ブレイスの喉を狙っていた短剣でテルミスの一撃を受け止め、ブレイスには代わりに蹴りをお見舞いする事で体勢が整ってからの反撃を行えなくする。

 勢いのままボールのように転がるブレイス、それから剣を力任せに弾かれた後に振り下ろされた大剣の一撃を避けるために後方へ飛ぶテルミス。代わりに一撃を受け地面からは石の欠片が衝撃で吹き上がりパラパラと音を立てて落ちた。

 その威力は受け止めるのではなく回避を選んだテルミスの直観の正しさを証明している。

 多少頑丈なだけの剣では簡単にへし折られてしまうだろう。

「なかなかいい動きするじゃねーか。つっても、随分と消耗しているみたいだがな。その傷、俺らが来るよりも前のもんだろ?」

「ならなんだ? まさか慈悲を持って引いてくれるのか?」

「ばーか、んなわけあるか。俺はこう言いたいのさ。お前らを痛めつけてくれた相手に感謝しなきゃいけねえ、おかげで無事に事を成せるってよ」

 ブレイスが立ち上がりながら笑う。

「なら是非合ってもらいたいね。きっと驚く事だろうさ」

 剣を持つ手に力を込めて再び構える。

「もっとも、お前はここで死ぬから関係のない事だが!」

 再びの突進。

 地面を蹴る力はより強く、先ほどよりも切れ味を増した一撃が繰り出される。

 しかしヘドランはそれをつまらなそうに冷めた目で見ていた。

 同じ手が何度も通用すると思われた事がお気に召さないようである。

「威勢よく吠えた割には、この程度か」

 突進を体を逸らせることで避け、大剣を背中に背負うように構える。同時に響くは金属同士のぶつかり合う音。

 会話の内に背後へ回り込んでいたテルミスの一撃が易々と防がれたのだ。

「バレてねぇとでも思ってたのか?」

 体を捻り、回転するように繰り出された攻撃にテルミスは石ころのように弾き飛ばされ、咄嗟に剣を構えたブレイスも同様に空を舞う。

 強かに地面に叩きつけられ、腹の中の空気が一気に外へ吐き出され意識が飛びそうになる。

 咳き込みながら何とか腕で体を支えヘドランを見ると、余裕の表情で見下ろしていた。

 彼は遊んでいた。

 猫がネズミを痛めつけるように、目の前の冒険者たちの戦意をへし折ろうとしていた。

「どうした? もう終わりか?」

 嗜虐心で満ちたゾッとするような笑み。

 諦めたと見れば何のためらいもなく、その巨大な剣を奮って首を刎ねるだろう。

 ブレイスはテルミスの手を借りて立ち上がる。

「まずいね」

 その言葉は視線の先、中ほどで折れた剣を見てのものだ。

「いつものことだ」

 ブレイスは何でもないように答える。

「何か策はあるの?」

「実は飛び出す前にいくつか押し付けられてな、それを使うチャンスがあれば」

「……分かった。じゃあ今度は私が仕掛ける」

 ヘドランを挟み込むようにテルミスは移動する。

「仲良しこよしの作戦タイムは終わりか?」

「ああ、とっておきのを見せてやるよ」

「そいつは楽しみだ、な!」

 再び背後より切りかかったテルミスを、一瞥すらせずにヘドランは受け止める。

 幾度も繰り出される斬撃を、背中にでも目が付いているのかという正確さでいなす。

 だが、その慢心が次の行動を予測する邪魔をした。

 渾身の力を込めたのであろう一撃を受け、ヘドランはそれが連撃の最後であると確信と共に振り向きざま、無防備になったであろう相手へ短刀の一撃を繰り出す。

「あ?」

 そこには誰もいない。

 驚きと共に地面へ落ちていく_ボロボロに刃毀れした剣へ自然と視線が向く。

「はああああああああ!」

 気合の声が聞こえたのは頭上だった。

 慌ててあげようとした頭、その後頭部に衝撃を受け僅かに姿勢を崩す。

 だがそこまで、ヘドランは踏ん張ってその一撃を耐えた。

 ギロリと怒りに燃える目が、着地前でいまだ足を頭に乗せている相手を睨む。

 踏み込み、急速な接近とともに行われたのは斬撃ではない。

 大剣を持った腕に凶悪な力を込めて、ヘドランはテルミスの腹めがけて拳を打ち込んだ。

「カハッッッ!!」

 空気と共に吐き出される鮮血。体は勢いよく飛んで地面へ受け身を取る間もなく叩きつけられ転がる。回転が止まっても体をくの字に曲げたまま咳き込み、口から吐き出される血が絶えることはない。

「調子に乗ってんじゃねーよクソが!」

 ヘドランはペッと血の混じった痰を吐く。

 今のテルミスが繰り出せる程度の蹴りではヘドランの意識を立ち切れなった。

 だが。

「なんだ――?」

 赤い反射光が目をかすめる。

 それがいったいなんであるか、幾多の修羅場を潜り抜けていた男は瞬時に理解し顔が凍り付く。

 ブレイスが折れた剣を投げた。

 まっすぐ突き進んた剣は、その折れた刃を赤い石の一つへと突き立てる。


 ドドドドオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 爆発は四つ。

 一つ目の爆発の衝撃を受け連鎖的に爆発した物が三つ。

 それは逃げる隙すら与えず一瞬にしてヘドランを爆熱と衝撃でもって飲み込み、それでも勢いは止まらず地面を抉り砂塵を巻き上げあたりを砂と石で埋め尽くす。僅かに遅れて到達した衝撃を受けてブレイスは一瞬の浮遊感の後に地面へ叩きつけられた。

 轟音は荒野にコダマし、響く音は雷雲のように重く響いて行く。

 ブレイスはフラフラのまま上体だけを起こす。

 もう足には立つ力も満足に残っていない。

 気持ちは仲間の心配に向いていた。

 爆発の前、テルミスはかなり強い一撃を受けて倒れていた。

 あの時はまだ生きていたはずだが、まさか爆発の衝撃で止めを刺してしまってはいないか。

「なんか、失礼な事考えてるな?」

 その声に驚き振り返る。

 徐々に晴れる土煙の中、痛そうに腹へ両腕を回しているテルミスがヨロヨロとした足取りで情けなく座り込んでいる自分の元へ歩いてきていた。

 ははは、とブレイスは力なく笑う。

 煙は風に押され流されていき、あの盗賊の頭目が立っていた場所には――

「まったく、あぶねーじゃねえぁ」

 ヘドランが勝ち誇った笑みで立っていた。

 ブレイスもテルミスも、信じられないものを見るようにその姿を凝視する。

 地面に突き立てられた剣と、足元には踏ん張ったのであろう足跡が不可刻まれており、なるほど衝撃はそのようにして耐えたのだと納得できなくはない。もちろん彼の膂力があってこその芸当だ。

 しかし、あの凶悪な熱はどのようにして防いだのだ?

 それを教えるかのようにヘドランは水色の短刀を振るう。

 途端にテルミスの体が後ろへ吹き飛んだ。

 唖然とした顔で振り返ると、うめき声を上げるその体は水にぬれていた。

「まったく、こいつを使わせられるとはなぁ」

「まさか、魔法石……?」

 ブレイスが震える声で呟くと、ニヤリとヘドランが勝ち誇ったように笑った。

「ご名答」

「そんな、お前は……」

「お前はその辺にいる由緒正しい蛮族様だとでも? ああ間違いじゃないが、こんな見た目だからって俺が魔法を使えないなんて誰が言った? ハハッ、そうだ、その顔は好きだぜ? 勝手に思い込んで、勝手に裏切られて、そんでもって絶望する顔だ」

 ガハハとヘドランは笑う。

 確かに魔法石は武器のような見た目に加工する事が無いわけではない。

 しかし実戦、この場合は剣として使えるほどの強度を持たせることは現代の技術では不可能とされているものだ。それが目の前にあるという事は、彼が持っている短刀の正体は――

「アーティファクト……」

 たった一つで巨万の富を得られる宝。

 未解明の技術を持って作られた古代の遺産。

 冒険者たちが危険な遺跡へと潜り、命を賭けて手にしようとする目標の一つ。

 なんで――

「なんでお前がそんなものを持っているんだ!」

 そんな簡単に手に入れられるものじゃない。

 そもそも、これほど価値のある物をもっているなら盗賊になる必要なんかないはずだ!

 その疑問にヘドランは予想できた答えを言う。

「そりゃお前、奪ったからさ。コイツの持ち主はお前らみたいな冒険者で、だが運よく宝を手に入れただけの世間知らずの駆け出しだった。笑えたぜ? 親切なふりして飯に毒を盛ってやってよ、それで“いやだ、死にたくない”ってのたうち回りやがるんだからよ」

 愉快そうに笑う姿に怒りが込み上げてくる。

 咆哮と共に立ち上がろうとすると、大砲の球でもぶつけられたかのような衝撃を受けて後ろへと飛ばされ転がることになった。気持ちはまだ折れていないが、体は遂に耐え切れなくなり立ち上がる力すら入れられなくなる。

「ま、お前らはよくやったよ。それに俺はそこまで自惚れてるわけじゃねえ、実力的には万全なお前らなら勝敗は5分ってところだったと思うぜ? つくづく運が無かったな」

 ヘドランはゆっくりと近寄ってくる。

 死刑を執行する処刑人のように、断頭台代わりの大剣を冷たく光らせて。

 風が吹き出した。

「……なんだ?」

 遠くから聞こえてくる“キィイイイ!”という何かの声。

 ヘドランも気がついた様子で音の先、空を見上げる。

 その体が凍り付き、次の瞬間には踵を返して走り出していた。

 何が起きているのか。

 それを見たブレイスはあんぐりと口を開けて固まった。


 “それ”は余りに巨大な魔法陣だ。


 村を覆ってもなお有り余る、空一面に広がった深緑色の幾何学的模様。

 あまりに巨大なそれはゆっくりと回転してる。どうやら内側と外側でそれぞれ別の向きに回っているようだ。太い線と細い線がそれぞれ己の役割を果たすよう四方八方へ走り廻り、地上から黙視する事は不可能であろう細部に至るまで紋様は埋め尽くしている。

 ブレイスはその中心に浮かぶものを見た。

 それは巨大な鳥だ。

 ゆったり羽ばたく翼は力強く、黄金の羽は陽光を反射して金色に輝いて見える。

 その背中で何かが緑色の閃光が発した。

 風が強く噴き出した。

 不可視の力を受けて壁にへばり付いていた黒い影たちが引きはがされ、空高くへと巻き上げられていく。

 その光景を見ても不思議と不安は無かった。

 あの力はきっと敵だけに働いている。

 何の確証も無いが、そんな気がして、それはきっとイーファは無事なんだと思いたい自分の思い込みなのだろう。

 そこでブレイスは力尽きた。

 意識を繋いでいた最後の糸は、都合の良い安心感でプッツリと切られた。

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