第7話 旅は道連れ価値観それぞれ
リベリオ王立魔法学院は1000年を超える歴史を持つ魔法の学校である。
現代においては特定の例外はあれど基本方針は変わらない。
――ここにおいて最も重要なのは才能であり、才能を育てる力である。
学院において才能とは所属する条件であり、才能を育てることは義務と同義である。
故に世界に数ある魔法学校の中で、リベリオ王立魔法学院は規格外の魔法使いたちが集まる魔の巣窟だ。
爵位も過去の功績も関係ない。
今、その瞬間において輝く才能のみが門の境界を跨ぐ価値を示す。
ただ唯一の例外は、膨大な資金の援助による特例枠である。
王侯貴族たちにとってはこれ以上に箔を付けられる場所は無い。故にこぞって増大する運営資金の援助を行い、援助額の多い者たちから最低限の能力を持つと判断された者が得られる特例という席を奪い合っている。
特例枠であれば才能の有り無しに関わらず入学を許可されるからだ。
もっとも、真に能力が無ければ講義には到底ついて行けず、卒業できたとしてもハリボテと影で囁かれることになる。しかし見栄っ張りな親たちには所属したという事実の方が大事だった。
リオンはその中で才能を認められた側の人間である。
そもそも貴族でもなければ金持ちでもない。
それどころか卒業生ですらないのだから、他にそのような魔境の教師として選ばれる理由もなどいだろう。
ただリオンにはそのような自覚がまったくないわけだが。
「大丈夫?」
目を覚ましたイーファにテルミスが心配そうに声をかける。
イーファは混乱した頭で、取り敢えず目の前の仲間に大丈夫である事だけを伝えた。
いったいどうしたのだろう?
直前に何があったか思い出せず、起き上がると「ここは何処だっけ」と首を回して周囲を見回した。
そしてその目が心配そうに様子を伺っている一人の男、リオンのところで止まる。
「あ、あああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
裏返った声で思わず悲鳴を上げる。
思い出した。全て思い出してしまった。
視線の先の人物が何者なのか、自分がどんな情けない姿を見せてしまったのか。
顔は真っ赤に染まって火を噴きそうなほど熱くなり、裏返った声で悲鳴とも雄叫びともつかない愉快な叫びをあげてしまった。
バタバタと暴れるように姿勢を正して、いわゆる土下座と呼ばれる姿勢を作り畏まる。
「こ、この度はただいなご迷惑をおかけしました!」
「あの、そんなに畏まらないで下さい。私はそれほど大層な人間ではありませんから」
「な、ななな何を仰っているんですか?!」
ガバっと顔を上げたイーファの目はキラキラと輝きに満ちている。
「リベリオご所属の魔法使い様に、こんな一介の魔法使いたる私ごときが出会えることなんて奇跡の賜物以外に言えましょうか!? いいえ言えません! それに、それどころか、お手を煩わせて凡百の職人が行う手仕事までさせてしまうなんて、どう私はなんと謝れば良いのか……」
「ですから、そんな大層な者ではありませんって」
「あのー、リベリオってなに?」
ただ一人、分かっていないテルミスがおずおずと質問の為に手を上げる。
「え、お前知らねーの? 俺すら知ってるのに?」
「田舎とはいえお貴族の身分であらせられる放蕩息子様とは生きてきた世界が違いますからねー」
「普通の魔法学校ですよ」
「そうなんですか」
「あの学校が普通の魔法学校であるなら、世界に数多ある他の学校は全て馬小屋以下ですよ!」
イーファはクワっと目を見開いて、リオンの言葉に納得とうなずいていたテルミスを見る。
そして長い説明が始まった。
内容としては特に間違っていると思われる箇所は無かったが、流石に誇張しすぎではないかという部分は多々あり、その度にリオンは臨調に口を挟んで訂正を行う事になった。
もし訂正を行わなかったら、きっとテルミスの中のリベリオ魔法学院は神々の住まう天上の楽園となっていた事だろう。それだけイーファの熱量は凄まじかった。
「ところで、お前さんたちはどうしてこんなところにいたんだ?」
一通りリオンの素性が共有されたタイミングを見計らってへカルトが三人に尋ねた。
三人は互いに顔を見合わせてバツの悪そうな顔になる。
「実は、この辺りでドラゴンが出るとの噂を聞いてな。それで俺たちも名を上げるために挑んでやろうと思っていたんだが……」
「ううぅ……私が旅の途中でツールを無駄遣いしたせいで、先ほどのような見苦しい状況になってしまった次第です」
「イーファは悪くないのよ? 馬鹿リーダーが『一から火を起こすは面倒臭いから魔法で薪に火をつけてくれ』なんて言い出して、それも一回二回じゃ済まなかったからあんなことになっただけで」
「へいへい、俺が悪うございました!」
「まあ俺としちゃあ、使い古しの剣が売れて嬉しいがよ。お前さんたち、それでよく冒険者なんかやっていられるな」
そう、三人は冒険者ギルドに所属する冒険者なのだ。
しかも――
「私は詳しくないのですが、黄金級、というのはどのくらい凄いのでしょうか?」
自己紹介の時に自慢げに彼ら、特にブレイスは話していた。
自分たちはその辺の凡庸な冒険者とは違う。若くして黄金級を与えられた新進気鋭、将来を有望されている冒険者なのだと。
えっと、とイーファは非常に言い難そうな沈黙の後に説明を始めた。
冒険者とは、言わば自由業という物に分類されて冒険者ギルドというのは元々は冒険者たちの相互協力組織であった。規模を膨らました今では、それが組織の体を成すようになったが、今でもそれほど本質は変わらない。
つまりは命知らずの者たちが協力する相手を探したり、毎日のように寄せられる報酬と引き換えの仕事を斡旋仲介する場所である。
基本的に出されている依頼は冒険者が自由に選ぶことのできる早い者勝ち制。
当然ながら報酬の高いものは競争率が高く人気な依頼である。
しかし完全に自由に選ばせては、命知らずどもの多くが一攫千金を夢見て力量に会わない依頼を引き受けるだろうし、その結果しかばねの山が築かれる事は間違いない。世界としても、ギルドとしても、そんなに易々と人材を易々と失うのは好ましくないだろう。当然、失われる命の中には未熟ながらも輝く才能を持った者たちだっているのだ。
故にギルドにおいて依頼には難易度が付けられている。
高い難易度であればより危険で報酬が高く、低い難易度であれば報酬は低いが比較的安全だ。
そしてこの受けられる難易度の範囲は冒険者の過去の功績と実力によって定められる。
これが冒険者たちの階級、冒険者クラスとも呼ばれるものだ。
下から、
黒鉄(コクテツ)、赤銅(セキドウ)、白銀(ハクギン)、黄金(オウゴン)、白金(ハッキン)
の5つと、更に白金には
ダマスクス、ミスリル、アダマンタイト、オリハルコン
という4つの特別称号が存在する。
実力としては白金が上限で特殊称号は功績の大きさによって付与されるという話だが、実質的には下5つと上4つの合計9段階の実力指標という見方が一般的だ。
そう言う意味では彼らは4つ目の黄金であるから、ギルドとしては功績を加味しない範囲で上から2番目。9段階で考えても中位に位置するという事になる。
「王国の歴史で見ても、ブレイスと同年代(22歳)以下で黄金級と認められた冒険者は両手で数えられる程度しかいません。だから十分に自慢をしてよい事ではあるのですが……」
イーファの言葉はそこですぼんで聞こえなくなった。
「なるほど、歴史的に見ても凄い方なんですね」
「あの、もしかして嫌味で言ってます?」
「なんでですか?」
ジトっとした目で自分を見るブレイスに、リオンは首をかしげる。
自分がリベリオ魔法学院に入ったのは23歳の時であるから、それよりも若くして実力により世間に認められているというのは素晴らしい事であり、十分に尊敬に値する事だ。
だからリオンは素直に感心していた。
そんな純粋な目に耐えられなくなったブレイスは「まあ、いいや」と視線を逸らす。
そして立ち上がるとグッと腰を伸ばして力を抜くように大きく息を吐いた。
「アンタら、これから何処に行くんだ?」
「俺はこの荷物をずっと向こうの村に届けなきゃならねぇ」
「私は途中から分かれてロスアイシア湖へと向かう予定です」
「なるほど、その村には食い物とかあるか?」
「逆だ、あそこには食い物しかねえよ」
だから、こうしてわざわざ町まで買い出しに行ってんだ。
その返答を聞いてブレイスは暫し思案した後に、一つ提案をした。
「報酬はいらないからさ、その村まで一緒に行かせてくれないか? 途中で魔物なんかが出たら俺らで相手もするしさ」
「ブレイスいいの? ドラゴン狩りをする気満々だったのに」
「こんな剣じゃワイバーンも切れないからない」
「悪かったな、ちゃんと手入れしていなくて」
へへへ、と機嫌よくへカルトにブレイスは舌打ちを一つ。
しかしそれ以上の文句は言わない。
大切な剣を失ったのも、そのオンボロを買う事に決めたのも結局は自分なのだ。
「しかし、わざわざどうしてですか?」
「実は、ゴブリンたちの襲撃を受けた時に、ゴブリンたちから盛大な嫌がらせを受けてしまいまして……」
「えっとね、私達の持っていた食料をその……汚物まみれにしやがったのよ」
襲撃を受けたのはちょうど昼食でも取ろうかと休憩をしていた最中だった。
唐突に現れた群れと戦えない仲間が一人の状況、とても荷物まで守っている余裕は無かった。
「まったく、こんな事ならドラゴンなんか無視してオーガ討伐の依頼でも受けてればよかった」
「ゴブリンからとれる程度の素材じゃいくら集めても大したお金にならないもんね。あのペンダント、高く買い取ってもらえるといいけど」
重苦しい空気をテルミスとブレイスが同時に溜息として吐き出す。
一方、イーファは「リ、リベリオの先生と一緒の旅――」と再び卒倒しそうになっていた。
何はともあれ賑やかなのは良い事だと、リオンは学院で問題児たちを相手にした時のように困ったような顔で、しかしどこか楽し気に笑うのだった。
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