第6話 魔法使いの憧れ

 ブレイス、イーファ、テルミス。

 それが本名であるかは分からないが、少なくともこの場で3人はそのように名乗った。

 ブレイスは若くがっしりした体格の男で“新しい剣”を見るたびに溜息を吐いている。

 テルミスは整った顔に似合わない眉間の皺を作り、そんなブレイスと革袋の財布の中身とを交互に見て同じように溜息を吐く。

 藍色のローブを纏った小柄さと幼い顔立ちにより、年端もいかない少女のように見えるイーファは、目の前で行われている作業に目を爛々と輝かせていた。

 今リオンが手に持っているのは短杖と呼ばれる文字通りの短い杖である。

 一般的な杖として使う事は凡そ不可能であるから儀式的な意味合いを強く持つ道具であるが、取り回しの安さから旅をする者たちの中には重用している者たちもいた。

 特に装飾の無い棒の先端は少し太くなることで、そこに嵌め込まれた石が取ってつけたような感覚を抱かせないよう小さな工夫が施されているようだ。本来は別な色合いであったであろう石は、黒くひび割れた姿となっていた。

 リオンは幾何学的な紋様の手袋をし、杖の先端の石を捻るようにして取り外した。外す瞬間に杖に薄っすらと刻まれていた紋様が光り最後の抵抗を行ったが、その光も手袋の紋様に吸い込まれていき抵抗は一瞬で終わる事となる。

 外した途端に石は砕け散り、細かな粒子となって霧散した。

 それを期に止めた様子もなく、リオンはカバンの中から同じ程度の大きさの赤い石を取り出して杖の先端に添える。

 石は前任者と同じようにピッタリと杖の先端にはまり、今度は手袋から杖へと紋様を通って光が流れていった。光が杖の紋様を光らせるとリオンは石から手を放す。石はもうくっ付いていた。

「よし、終わりましたよ」

「ツールの修復は初めて見ました」

 ツールとは魔法使いたちが主に使用する道具で、触媒と魔法石の2つを組み合わせたものだ。

 魔法石は根本的には精霊石と同じように精霊の力を封じた塊であるが、精霊石とは精霊の力は“眠らされたまま”であるという一点が明確な違いとなっている。

 なぜそのような状態にしておくかと言えば、任意の調整が出来るようになるからだ。

 眠った精霊の力なら込める魔力量により呼び起こす力の大きさを任意に決められる。

 精霊石の場合は主に魔法陣や紋様による決まった形と強さ、あるいは拘束魔法を解いての爆発的な解放の二通りしか力の放出ができない。陣や紋様で非常に細かな調整を行えないわけではないが、戦闘などの一時の猶予も認められないような環境でそれらを用意している時間は無いだろう。

 勿論、精霊石には魔法を知らなくとも使えるという代えがたい利点はあるが。

「修復なんて大層なものではありませんよ、魔法石を交換しただけなので」

「本当にいいんですか? この大きさのものは安くはないはずなのに」

「素材さえあれば作れますから」

 リオンの言葉にイーファの目が大きく開かれる。

「えっと、もしかして凄い方だったりします?」

「どうしてですか?」

「そんな事を言う人は見たことがありません」

「私はただの先生ですし、このくらいは学べば誰でも出来る事ですよ」

 謙遜ではなく、本心でリオンはそう答える。

 話を聞いていた様子のへカルトは何故か得意げな笑みを浮かべていた。

「ねえ、それってそんな凄いの?」

 革袋をいい加減に仕舞った様子のテルミスが好奇心から話に入ってくる。

 魔法の知識など持ち合わせていない彼女には、イーファの様子は不思議だった様子だ。剣を見下ろしていたブレイスも、いつからかチラチラとリオンたちを見て好奇心を隠しきれていない。

「凄いか凄くないかで言えば、間違いなく凄いです。確かに魔法石は精霊石のような巨大な道具が必要な物ではありません。眠った力を凝縮するだけなので安全ですからね。でも、その分必要になる力はずっと多いんです。起きているクマと眠っているクマでは、眠っているクマの方が動かしずらいのと同じです」

「その例えはどうなの?」

「なので最も小さい魔法石でも、少なくとも二人以上の魔法使いでないと魔力は足りないと言われているんです」

 つまりそれを簡単に作れると言って見せるリオンは、イーファの知識からすると一般的な魔法使い数人分の強大な魔力を持つ人物であるということになる。

 その結論は言わずともリオン以外の三人、へカルト、ブレイス、テルミスにも分かった。

 向けられる視線がむず痒くなり、リオンは気まずそうに首を振る。

「僕の魔力量は一般的な魔法使いの方と同じか、もしかすると少し少ない程度ですよ。単に上手いやり方を知っているというだけです」

 それにその技術だってまだ一般に浸透していないだけで、既に一部の学院と繋がりの深い王侯貴族たちのお抱え工房では労働環境の改善――一人当たりの負担を減らす――という形で成果を出している。

 なのでリオンとしては、それほど驚くべきことではないのだ。

 正直にそう話すと、今度は違う意味でイーファたちの目の色が変わった。

 反応したところは“王侯貴族”という単語である。

 女性二人は目の奥にキラリと猛獣のような光を忍ばせ、ブレイスは羨望と嫉妬の入り混じった視線を向けてくる。目の前の謎多き人物に対する好奇心を最早隠す気も無いらしい。

「そりゃそうだろ、その人はなんたってあのリベリオ王立学院で先生やってる人だからな!」

 へカルトが爆弾を投下した。

 それは単なる自慢話のような気持だったのだろう。

 自分はその人の事を、お前たちよりもよく知っているのだという優越感が行わせた事。

 テルミスは分かっていない様子で説明を求めるようにイーファを見る。ブレイスは多少なりとも知っているようで吹き出し、イーファは石のように固まってしまった。

「イーファ?」

 テルミスがそっと肩に触れる。

 フラリと小さな体は揺れ、その座ったままの姿勢で倒れてしまった。

「イーファ?!」

「……きゅう」

 小さく可愛らしい声を漏らしてイーファは気を失ってしまった。

 何が起きたのか分からないテルミスは、自分が何かをしてしまったのかとアタフタし、ブレイスはそんな二人にやれやれと頭を掻く。その光景にへカルトは得意げにうんうんと頷いた。

 自らの肩書は世間一般としてそれほど凄いモノなのか。

 まったく自覚を持っていないリオンはポカンとした顔で倒れたイーファと、それに声をかけ起こそうと揺り動かしているテルミスを見ていた。

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