SIGN31 王の記憶を救うのは
カナダへ来て、みんなと一緒に初めて見上げたオーロラは、最も出現頻度の高い「グリーン・オーロラ」だった。
天空を龍のように揺れながら渡っていくオーロラを見上げた時、
父を思い出す
でも、この世の人の声のようには聞こえなかった。
天空へ続く氷の階段を昇った時、再び「龍」が現れた。まるで自分たちを『
「父はカナダのどこかで生きている」という思いと、
「『
氷結晶に包まれて眠る狼王のもとにたどり着くと、再び緑の龍が現れた。
その光が人の姿をとり始め、他の誰でもない、父の姿へと変化した時。
蒼仁の声が、自分でも気づかないうちに胸の奥からあふれ出した。
「やっぱり……! やっぱり、お父さんだったんだ……!」
『蒼仁……』
「お父さん、お父さんは生きてるの? 生きてるんだよね?」
少し困ったような顔をする父から、すぐに返答はない。
シェディスがそっと蒼仁の肩に手を置いた。その温もりで、蒼仁はいったん言葉を飲み込み、大きく深呼吸した。
「――俺、どんな話でもちゃんと聞くから。だから、知ってること、全部教えてほしいんだ」
『蒼仁。強くなったな……』
慈愛に満ちた言葉に、涙がこぼれそうになるのを必死に押しとどめる。
「そりゃ強くなるよ! ここまで、どんだけ大変な目に遭ってきたと思ってんだよ! たくさん、たくさん……もう、話しきれないくらいに……!」
『知ってる。実はな、お父さん、ちゃんと見てたんだ』
まっすぐにこちらに目線を合わせてくるところも、ごまかしなくちゃんと答えてくれるところも。常識では測れないほど不思議なことを言っていても、その存在は、蒼仁が知っている父の姿と少しも変わらない。
『ユーコン川が暴れた時、自分は波に飲まれて死んだと思った。でも、意識はちゃんと残ったままで、気がつくとこの姿になっていた。つまり、お父さん、どうやらオーロラになっていたらしい』
「オーロラに!?」
あの「龍」に、父を感じたのは確かだ。
でも、本当に父がオーロラになっていただなんて、そんなことがあるだろうか。
『蒼仁の頭の上にいる彼(ハム)が、人間からハムスターになったように。そっちのお嬢さん(シェディス)が、
「パパさん、僕たちはそれを『大精霊』と呼んでいるのですよ」
はじめまして、とぺこりとご挨拶するハムにつられて、シェディスと
『私にとっては、はじめましてではないな。オーロラになった私は、蒼仁たちがこの国へ来て頑張っている姿を、ずっと空から見ていたんだ』
父の周囲にうごめく緑の光が、その言葉を裏付けている。父の動きに合わせて、「龍」が躍動する姿が透けて見えるようだった。
『蒼仁たちが来るよりもずっと前から、ユーコン川に飲まれてこの姿になった時から――私は、
父が語る話は、蒼仁たちが天空のスクリーンを通して見た動物たちの映像よりも、はるか昔にまでさかのぼるようだ。
この星そのものの歴史。壮大な地球史が、蒼仁の意識を瞬時に駆け抜ける。
『もちろん、すべて本物を見たわけじゃない。私が見たのはおそらく、地球に宿る「大精霊」の記憶。私に何かやるべきことがあってこの姿を与えられたのだとしたら、多くのものを見ること――つまり、観察が私の役割なのだろう」
前に、ハムが言っていた。大精霊は、その者に
蒼仁の父に与えられた役割は、ひたすら世界を、歴史を見ることなのだろうか。
『蒼仁。お前にも、与えられた役割がある』
父が蒼仁に向かって手をかざす。とたんに、蒼仁の中に「あの日の光景」が流れ込んできた。
闇のオーロラ。
なすすべもなく流された自分。その腕に無我夢中で抱いた、小さな白い生き物――
『あの時、狼王の子を助けたお前に、大精霊が力が与えた。その力の役割を決めてしまったのは、おそらく私だ。私は無意識のうちにお前をこの地へ呼び寄せた。私の呼びかけに沿うように、大精霊がお前に使命を与えた。王の意識がお前に向いて、お前を動物霊たちに襲わせてしまったのも、それが原因なんだ』
父のまなざしが、結晶の中で眠る狼王に注がれる。
『この王は、獣を超えた力を持ってしまったばかりに、感情に心を引き裂かれて苦しんでいる。その苦しみが他の動物霊たちに伝わって、「闇のオーロラ」が生まれた。蒼仁、お前の役目は、
「俺が……王を……?」
蒼仁はそっと王の結晶へと近づいた。
灰褐色の毛皮に包まれた鍛え抜かれた美しい肢体とは裏腹に、見る者の胸を締めつけずにはいられないような、深い悲しみを伝えてくる姿。
手を伸ばし、結晶越しにそっとなでる。
今の自分に、ほんのひとかけらでも、王の苦しみを理解できるのだろうか。
『動物霊の多くは、幸いにもすでに王の感情から解放されている。「彼」の、「
突然視線を向けられて、達月は「へ、ワイ?」と面食らってしまった。
『彼の力は、使う者によってはさらなる悪夢を呼び起こす。そうならなかったのは、彼もまた過去の記憶に苦しんできたということと、何より彼自身が思いやりにあふれた人だからだろうね』
「いやー、参るわそんな……」
達月は頭をかきながら向こうを向いてしまった。
『「光架」の力で、動物霊の多くは静かに姿を消した。もともと、あるがままを静かに受け入れるのが動物たちだ。「
――だが、まだ、王の記憶が王を苦しめている。すべてを終わらせるには、王を記憶から救ってやらなければならないんだ』
「俺の役目は、だいたいわかった。でも、どうやって……?」
今まで、ただひたすら、襲い来る動物たちと戦ってきた。
今度はどうすればいいのだろう。
「王の記憶も、達月さんが操作できるのかな?」
『蒼仁。確かに「光架」の力は有効だと思うが、今の王は、数えきれないほど多くの動物霊の記憶と繋がっている。今まで王が操ってきた、あらゆる動物霊の記憶。さらに、それぞれの霊が長きにわたって受け継いできた、野生の血の記憶にいたるまで――今回ばかりは、そう簡単にはいかないと思った方がいい』
「達月くんひとりに、そんなとんでもない数の記憶を操作させるのは無理ですねぇ……」
ハムが自分の頭をくしゅくしゅかきながら、いかにも困ったという声を出す。
「そやな。ワイもなるたけ
達月の声は、どこか気が抜けてるようにも聞こえるが、それでも静かな頼もしさを感じさせる。
蒼仁はざっとみんなを見渡した。
やる気満々の勝ち気な顔を見せる、シェディス。
普段通りリラックスしているように見える、ゲイルとブレイズ。
みんな、頼りになる大切な仲間たちだ。
「よし、俺、やるよ。具体的にどうすればいいのか教えて」
蒼仁の問いに、父が苦笑した。
『ああ、すまない。お父さんの言い方が悪かったな。言い直すと、お前の役割は「ここまで
「……え?」
すぐには理解できず、蒼仁が気の抜けた声を出す。その後ろで、達月が
「そろそろ、はっきりさせんといけんやろなあ……」
とつぶやいた。
「はっきりさせるって、何を」
達月の物言いがどこか引っかかって、蒼仁の声に少しとげが入る。
「親父さんが言ったやろ。こっから先は、ワイら
「なんで? 俺の召喚の力は、もういらないの?」
「いらんわけやないけど……」
達月が言葉を
声だけでなく、ハムの全身が震えている。
「まさかとは、思ったんですけど……。今更なんですけど、
蒼仁はもう一度、みんなの顔を見回した。
「みんなが? 動物霊……?」
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