SIGN5 ハムスター・ザ・シャーマン

『ハム。またの名をイルハム。彼こそは、数奇なる運命をたどる地上最強――いや、宇宙最強の孤高の戦士――』


 カナダの景色にひたるのもつかの間、蒼仁あおとのPCで勝手に映画『ハムハム物語』が始まってしまった。二時間ものの映画だったら困る。


「うざいナレーションいらないから、どうしても見せたいなら二倍速にして。俺、スマホで塾の宿題やってるから」


『倍速で映画流しながらスマホいじるとかッ! いまどきの若者みたいなことをッ!』


「塾の配信授業もいつも一・五倍速だから、慣れてるんだよ」


『くすん、わかりましたぁ……』


 観念したように、画面が早送りでキュルキュル進んでゆく。どうやら本当に二時間映画だったらしい。


 早送りが止まると、そこに映るは短い体毛を海風にたなびかせたハムだった。

 ちなみにこのハム、頭の毛が丸くハゲてる。ハゲの上にも等しく、冷たい潮風がそよいでゆく。


『はるか遠き昔――まだ、人類が自然の一部として地上に産声うぶごえを上げたころ――なんちゃって、ちょっと盛りました。はるか遠くない、つい一年ほど前の話です。

 僕、今でこそこんなプリティなハムハムをやってますが、実は人間だったんです。しかも、地球をどうにかできるほどの、史上最強の能力者でした』


「さっきから最強最強って……俺、別にラノベとか好きなわけじゃないからね?」


『ラノベ受けしたくて最強言ってるんじゃないですぅ!

 重力と反重力を自在に操る――すみません、また盛りました。自在じゃなくて、操れたり操れなかったりでした。とにかく、年を取るにつれてただでさえ怪しかった最強能力の制御が、ますます効かなくなってきまして。このままでは大切な地球が滅んでしまう……そう思って、自分が何をすべきか、答えを探すために旅に出たんです。

 山越え谷越え、七つの海を越えて、気がつくと極北のどこかの山にいました。白いいただきの上、美しいオーロラが僕を迎え入れるように七色に光り輝いていました――』


 モニターでは、本当にオーロラが七色にブレイクアップしている。

 本物かCGかわからないが、この美しさと迫力には息をのまざるを得ない。


『そこで僕は、この地球に生きる魂と死せる魂、すべてのものたちの鼓動こどうを感じました。

 知ってますか? オーロラの向こうには、死せる魂が暮らす場所があって、ときどきオーロラを通ってこの地上に現れることがあるんです。

 命の神秘に感動している僕の耳に、あらゆる精霊をべる大いなる精霊、「グレート・スピリット」の声が届きました。

 かの大精霊は、そのものに相応ふさわしい姿へと変化させる力を持つ、と言われています。その声に耳を傾けるうちに、僕は、自分の体が急激に変化してゆくのを感じました……。

 要するに、人間だった僕は、大精霊グレート・スピリットの力で、ハムスターに変化したのです!』


 ジャジャーン! と音楽が鳴り響き、モニターでは、人間が光に包まれてハムスターへと変化する、感動的だかコミカルだかわからないCG映像が展開されている。

 蒼仁の計算アプリのノルマが終わった。次は漢字熟語アプリだ。


『僕は大精霊から授かったこの姿こそ、僕に与えられた使命をげるに相応ふさわしい姿だと感じました――あ、ハムスターなのは、名前がイルハムで、ハムハム呼ばれることが多かったからです、たぶん。

 僕はこの姿になってから、生き物たちの声を、精霊たちの意志を聞いたり感じたりできるようになりました。制御が難しかった僕の最強能力も、やっと落ち着きを取り戻しました。

 僕は、最強能力者から精霊の声を聞く者、すなわちシャーマンへと覚醒かくせいしたのです! どうぞ遠慮なく、『ハム・ザ・シャーマン』とお呼びくださいぃ!』


 またまたジャジャーン!

 何やら仰々ぎょうぎょうしい、腰ミノとマントをずるずる引きずってハゲ頭に鹿の角をはやした「ハム・ザ・仮装大賞」がモニターでふんぞり返っている。ハムが考えるシャーマン像はこんなものらしい。


 そのマントのすみっこに、ぴょこぴょこと可愛らしい白い仔狼が出てきた。

 蒼仁のことわざアプリの回答にも熱が入る。


『シェディスちゃんも同じです! 彼女は大精霊の力で狼犬おおかみいぬから人の姿へと変化しました。僕は大精霊の声に従い、彼女が人らしく生きるための手助けをしているんです。人間の作法――特に食事と、は、排せつを教えたのは僕の功績ですっ! だって、日本まで来て狼流でやられたら大変でしょっ?』

 

「……なんで」


 地理学習アプリのノルマを終わらせた蒼仁が、ようやくスマホから顔を上げた。


「なんで、シェディスは日本へ?」


『僕の話、ちゃんと聞いててくれたんですねぇ! よかったあぁぁ』


 感激のあまり滂沱ぼうだしたシャーマンが、自身の涙でできた海におぼれかけた。



  ◇ ◇ ◇



『ヒッヒッフゥー、生身なまみじゃないのに死にかけました。シェディスちゃんは、ズバリきみを助けるために来たんです!』


「俺を? まさか、あの狼から……」


『オーロラの向こう、あらゆる精霊たちが行き着く場所を、人々は「煌界リュース」と呼んでいます。狼たちは、そこから来ました。霊狼ヴァルズと呼ばれるものたちです』


霊狼ヴァルズ……」


『なぜ霊狼ヴァルズの群れが蒼仁くんを狙うのかは、まだはっきりしていません。おそらく、きみが得た特殊能力に関係があると思われます。氷と光から、シェディスちゃんの武器を生成したでしょ? あれですよ、あれ』


 蒼仁の脳裏に、切り裂かれそうなほどの鋭さを持つ氷、視界を奪うほどのまぶしさを放つ光のイメージがよみがえる。


 あのときは無我夢中だった。あまりに多くの情報が一気に降りてきて、生成した武器を手に取る自分が自分じゃないような気がした。

 何か、中二病的なセリフまで吐いた気がする。


(『天空』の狼! ひかりの空への道を示せ!)


 思い出してしまったーー。


 なぜあんなセリフを吐いたのか。羞恥しゅうちにさいなまれ、思わずひたいに手を当てると、ハムが『ひゃあぁ』と声を上げた。


『十一時過ぎちゃいました! お子様はもう寝る時間です! 調子に乗ってしゃべりまくってすみませぇん!』


「別に、いつもこのくらい起きてるし……」


『勉強熱心なのはいいですけど、まだお疲れみたいですので。もう寝た方がいいですよー。なんなら添い寝役を召喚します!』


 すちゃっと細長い何かを取り出し、真っ赤な顔でフスー! と息を吹き込むハム。


 数秒後、ドアが勢いよく叩かれ、開けるとモコモコパジャマのシェディスが召喚されていた。吹いたのは犬笛だったらしい。


「来たよー! アオト、一緒に寝るー?」


「いっ、いいっ! あ、いらないって意味! ひとりで寝るし!」


「じゃあ、アオトが寝るまでよしよししてあげるー」


 頭をなでなでされてしまっては、もう勉強どころじゃないのでおとなしく寝るしかない。

 観念した蒼仁を、「うりゃっ」とおなじみの馬鹿力でベッドに押し込み、自分も機嫌よくそばに座る。


 見た目は静謐せいひつな印象の、雪のように白い肌。美少年にも見える美少女なのに、戦う姿はあんなにきりっと凛々りりしかったのに、こうして見るとぽやっとしたご家庭内ペットみたいだ。


「……シェディス」


 布団をかけてもらいながら、蒼仁はそばにいるシェディスに語りかけた。


「覚えてる? カナダで、初めて逢ったときのこと」


「私が覚えてるのは、誰かがぎゅっと抱きしめて、助けてくれたこと。あとで、それがアオトだったってわかった。また逢えて、嬉しかったよ。だから、今度はいつでも私がアオトを抱きしめてあげるね!」


 言いながら頬をすり寄せてくるので、慌てて寝返りして離れる。犬としてのくせだろうか。

 背中を向けたまま、蒼仁の口から小さな言葉が漏れた。


「……僕のお父さんがどうなったかは、知ってる……?」


「ごめん、わからない……」


「じゃあ、ヴィティ……シェディスのお母さんは?」


「それも、わからない……」


「……そう」


 まだまだ、わからないことばかりだ。

 わかっているのは、明日もまた、わからないことがたくさん起きるだろうということ。


 暖かい、優しい手が頭をぽんぽんしてくれる。

 母のような、新しく姉ができたような、不思議な感覚。

 シェディスの方がずっと年下なのに、まるで何年も前から知っているような、家族のような、安心できる場所。


 心地良さを感じながら、蒼仁の意識は、すうっと静かに落ちていった。



  ***



画面の中のハム

『あ、カナダ生まれのシェディスちゃんが日本語を話せるのは、グレート・スピリットの大いなる力によるものです! 僕はちゃんと自力で日本語覚えましたけどねっ☆』

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