第12話 フェイ=リア

 ◆ 


 〈機械人形オートマトン〉に脳みそはない。

 脳のように得た情報から計算し、各組織部へ司令を伝達することはできるけど、それらは全て0と1で出来ている事柄だけ。


 なのに、その『失敗作フェイリア』は自我を認識した時、思った・・・


 ――ここは、窮屈だな。


 脳みそのない自分は思うことは、何なのだろうと。

 研究室のカプセルの中にぼんやりといただけの彼は考えた。


 たとえ脳はなくても、もしかしたら〈心〉はあるのかもしれない。

 そんなの、ただの幻想かもしれないけれど。

 それでも、彼は――――




 〈機械人形オートマトン〉である彼が『失敗作フェイ=リア』と自ら名乗ったのは、初めて自分だけを指して呼ばれたのが“それ”だったから。


 彼のインプットされていた情報によれば、名前は他者から初めて貰う贈り物だという。それなら、自分の場合は“それ”が該当した――ただそれだけのこと。


 だから、


『ところで、きみの名前は?』


 自分をどこかへ運んでくれるという〈運び屋スカルペ〉にそう聞かれて。答えた名前を、フェイはずっと名乗り続けている。




『ぼくはね、〈運び屋スカルペ〉の仕事が好きなんだ! そりゃあ、あまりよくない・・・・荷物の時もあるけれど……届けた時に、多くの人のしあわせそうな顔が見れる。それがなにより嬉しいんだ!』


 だから、いつかきみの〈しあわせ〉そうな顔を見せてね。

 それが、この仕事の依頼料だ。


 そんなことを語った〈運び屋スカルペ〉にアガツマの街まで運んで・・・もらい、『じゃあ、あとは自分で頑張ってみなよ』と別れを告げられた時、フェイはその人の名前を聞いてみた。だけどその人は、口元に人差し指を当てた。


『ぼくはただの〈女王の靴レギーナ・スカルペ〉。それ以上でも、それ以外でもない』




 アガツマの街は、とても栄えた都市だった。

 だけど身よりもない、友人も知人すらもいない。自由はあるのかもしれないけれど、フェイは知る。自由だけあっても、孤独なのだと。唯一の知人ともいえるあの〈運び屋スカルペ〉を探していた時期もあったけど、あの人と出会えるどころか、情報すらもまともに手に入らなかった。


 そんなこんなで、一年が経つ。

 飲まず食わずで生きていける身体ゆえに、街で生きていくことはできた。だけど、それだけ。フェイは知る。自由だけあっても、目標がなければそれは死んでいるのと同じなのだと。


 そんな当たり前な知識を少しずつ蓄積していた頃、一枚の広告ビラが目に入った。


『〈女王の靴レギーナ・スカルペ〉従業員募集!』


  その企業名は、まさにあの〈運び屋スカルペ〉が名乗っていた名だ。そしてかろうじて集めた情報からも、ド派手な赤いマントと同色のキャップ帽は、十中八九〈女王の靴レギーナ・スカルペ〉の制服であること。


 そのビラを片手に、フェイの伝達回路パルスが急激な勢いで動き出す。


 ――あのひとに会いたい。

  

 ずっと研究所で実験されたいた時は、ただ『自由』だけがあれば満たされるのかと思っていた。だけど、それは違った。望みがあり、目標がある。それがあって初めて、〈心〉が満たされるのだと。自分は〈しあわせ〉になれるのだと。




 だからフェイは、そのために四年の歳月を掛けた。

 まず初めてに、街の人々をとにかく観察した。この一年間で、どうやら自分は人間としての交渉術が欠如していることが判明していた。どうやら人間にとって、『表情』や『声色』というものが、大きく人間関係に影響するらしい。

 だから、あらゆる年代層、職業、性差から取れるデータを事細かく計算して――『新人』として相応しい人物像を導き出し、それに従い顔の筋肉伝達回路や声帯伝達回路を改良した。


 それが出来てしまえば、あとはその計算結果を倣うだけ。

 体力や体術はもとより人間より優れているし、知識などデータをしてインプットできれば、それを試験時まで保存しておくのみ。


 そうして満を持して今年、〈女王の靴レギーナ・スカルペ〉の入職試験を受けて――フェイは出会う。あの時の〈運び屋スカルペ〉と、同じ匂い・・のした人物と――




 ――なるほど。遺伝子が似ていたわけだ。


 機械だから、感覚はすべてデータとして記録されている。『匂い』はその中で、個人を特定するのに最適な判断基準だった。遺伝子配列によって、その『匂い』は変わるから。まぁ、そんな感覚を人間に話しても、わかってはもらえないのだろうけど。


 そして本当に、あの時と同じ『匂い』をした女性との謁見を終えて。

 フェイは抉られた頬の修復も忘れて、笑う。


「あぁ、これでようやく約束ミッション果たすことクリアができる……!」


 ようやく、あの時の〈運び屋スカルペ〉と再開することができた。

 あとは、自分が〈しあわせ〉であることを見せることができればいいだけ。


 ようやく進んだ一歩だ。恍惚としていたフェイに、ゼータは呟く。


「本当に怪我でもしなきゃ、人間なのか機械なのかわからないな」

「……そうですか?」

「あぁ。恩人があんな状態で笑えるなんて、狂人でしかないだろうよ」

「普通は、悲しくて泣くものなんですかね……」

「おそらくな?」


 サイコパスな機械なんてタダの故障品じゃないか――そう肩を竦めるゼータに、フェイは綺麗に微笑んだ。


「だから、おれは〈失敗作フェイリア〉なんですよ」

「泣きたいのか?」

「そうですね、泣いてみたいです」

「……俺は二度と、泣きたくないものだがな」


 そうボソリとこぼした後、ゼータはジャケットの下から何かを取り出す。


「忘れないうちに、これを渡しておこう」


 差し出されたのは一丁のハンドガン。

 新しいわけではなさそう。といっても、きっちり手入れはされているようである。


 ゼータは言う。


「これは今日運んだレテ=マルザークの装備だった。種類は自動拳銃オートマチックベレッタ92。総弾倉数十五発。至ってよくある拳銃で、使い勝手も良好。手入れが少々面倒だが、とにかく連発して場を撹乱するのに最適な前衛……囮にはもってこいの銃だ」


 渡されたそれを見れば、グリップ部分に刻印がしてあった。女性のハイヒールを模した刻印は、まさに〈女王の靴レギーナ・スカルペ〉の証。


 フェイが顔をあげると、副局長ゼータ=アドゥルは口角をあげる。


「ようこそ〈女王の靴レギーナ・スカルペ〉へ――お前が壊れるまで、こき使い倒してやる!」

「……はいっ!」




 そうして、これから彼らは思い思いの気持ちを乗せて、様々な荷物を運ぶ。

 のちに、『失敗作』と名乗っていたひとりの“無脳”な少年が『最強の〈運び屋スカルペ〉』なんて呼ばれるようになるのは――まだまだ当分、先のこと。



 戦うイケメン中編コンテスト用

《女王の靴は泣かない。~“無脳”な少年が最強の〈運び屋〉になるまで~ 完》





※あとがき※

最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

本作は上記の通り、『戦うイケメン中編コンテスト』に向けて書いた作品となります。戦うイケメン……その強すぎるワードに挑まずにはいられませんでした。


応募要項にある通り、たくさんの戦うイケメンが活躍する作品が求められているようなので、退廃的な世界観で銃を片手に巨大なモンスターと戦う〈運び屋〉とかどーかなぁ、と書いてみた作品です。「これは壮大な物語のプロローグだ!」と応募要項にあったので、普通ならとても短編では書けない世界観をむりやり書いた次第でございます。四章仕立ての本の一章的なイメージです。


長編化するときの構想としては、群像劇風の連作短編として様々な荷物を運ぶお話をたまにコミカル、たまに切なく、読者さまの心を良い意味で振り回せるように描きたいと思っております。新人フェイを中心に、その先で様々な出会いと別れを繰り返して、〈運び屋〉たちが成長したり己を貫いたり……そんな楽しいだけじゃないストーリーを想定してます。勿論、たまには『ただ俺の描いた最上のエロ本をオタク仲間に届けるだけ!』みたいな熱い()話も挟みたいですが。勿論話が進行するにつれて、フェイが開発された経緯や〈女王〉がどうしてモンスター化してしまったのかなど、世界の謎にも触れていければ、と。


名前や描写はほとんど書いていませんが、作中メインの三人以外にもたくさんのイケメンたちの登場を想定しています。語尾に♡が付いてネイルしているのはオネエだったり、厨房を任されている調理人は元ゼータの上司で、ロケットランチャーが似合う肌が黒い寡黙なオジサマだったり。一見仲が良いけどみんな腹に逸物抱えているような……そんなイケメンたちの生き様が書けたらな~と思っています。


……と、選考者さまへのアピールはこれくらいでしょうか(笑)

カドカワBOOKから本を出してみたいです! 顔だけじゃないイケメン大好き!!

『戦うイケメン』って、いいですよね(真顔)


さて重ねてになりますが、読者のみなさま。

最後までお読みいただきありがとうございました! もし本作が少しでも面白いと思っていただけましたなら、感想やレビューを頂戴したいのは勿論のこと、下記評価欄のお星さまをお好きなだけ……できたら三回、押していただきたく思います。

コンテスト抜きにしても、読者さまからご反応いただけることが、書き手として最上の喜びです。


それでは、本作があなたの有意義な暇つぶしになったことを願って

ゆいレギナ

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「女王の靴」の新米配達人 しあわせを運ぶ機械人形(受賞作中編版) ゆいレギナ @regina

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