第6話 下っ端がするもんっしょ



 逃げるが勝ちという言葉があるらしいが、それはどこの世界の話なんだろう。

 少なくとも、一度〈女王の靴レギーナ・スカルペ〉に踏み込んだが最後、逃げたら負けだ。


「このまま逃げ切るっていうのはダメなんですか?」

「一度認知したモンスターは倒すか死ぬかするまで追ってくる。モンスターを連れて街に入ろうとする者は容赦なく全員射殺……て、入職試験にも出ないくらいの常識じゃないっすかねぇ」


 前にも背中にも荷物を抱えて隣を走るかわいい新人候補生。そんな彼の一見素朴な質問を、アキラは一蹴した。足腰は立派だが、やっぱり馬鹿なのかも。そう判断しかけていると、ゼータが追撃をかけてくる。


「あ~。こいつは機械人形オートマトンだから、人間の常識に疎いようだ」

「……なんでそんな痛い子を最終試験に残してるんすか⁉」


 機械人形オートマトンとは、今じゃ寓話の中の産物である。

 かつて人間は神に抗い、自らの手で『命』を作ろうとした。その作ろうとした生命体が機械人形オートマトン

 しかし、神はそれを見逃さず、天罰として世界エクアに呪いをもたらした。

 その呪いとして生まれたのがモンスター。別称〈世界の呪いエクアージュ〉。人間は今、その時の過ちを償うため、モンスターの驚異に怯えて生活をしなくてはならない。償いが終わった時〈世界の呪いエクアージュ〉から解放される。


 ……なんて、あの胡散臭い教会集団は言っているらしいけど。

 神だなんだなんて全く信じていないアキラは、そんな寓話を信じない。それでも実際に前世紀、減りつつある労働人口を補填するため機械人形オートマトンが作られていた歴史もあるらしい。しかし開発途中、無駄に歴史の長い教会からの弾圧で、中断してしまったと。これらは入職試験の際に勉強したこと。


 しかしそんな雑学を、モンスターに追われている最中に使いたくなかった。

 全速力で走りながら頭を抱えるという器用な技をこなすアキラに、やっぱり隣に走るゼータも器用に肩をすくめてみせる。


「筆記で基準点クリアしたの、今年はこいつだけだったんだよ」

「……テストはできるってタイプ?」


 反対側のフェイに尋ねれば、彼は「はい!」と元気よく応えた。


「過去問は全部記憶したんで!」

「いるっすよね~。気合と根性で暗記して、理論と常識無視してくるやつ」

「お前も人のこと言えんだろ」

「おお~、崖」


 ちょうどその時、三人は揃って足を止める。

 目の前には、断崖絶壁の砂の滝。ギリギリまで近づき見下ろしてみれば、高さはざっと五十メートルほどだろう。ザァーッと砂が落ちる音は、後ろから迫るワームの音すらかき消してしまうほど。

 

 ――さて、ここらが潮時っすかね~。


 ここから飛び降りても、ワンチャン生き延びられる。だけどそれは、モンスターに追われてない前提だ。


 こんな仕事を始めた以上、いつでも死ぬ覚悟はできている。

 そう口角を上げたアキラだが……考えることは上司も同じだったらしい。


「お前らは荷物を抱えて滝に飛び込め。俺がここで引き止める」

「やだな~、そういうのは下っ端がするもんっしょ」


 右手にライフル。左手にマシンガン。そんな無茶な格好をしようとするゼータの肩を思いっきり掴むも――ゼータはやっぱり眉尻ひとつ動かさない。


「ここは上司に格好つかせろ。……“家族”が泣くぞ?」

「副長が死んだら、局員全員……いんや、全世界が泣きますね。年増はさっさと下がってください」

「年……⁉ そ、そんなこと言うなら、活躍の場こそ年長者に譲るべき――」


 ――あら、年齢気にしてたんすか?


 なんて、敵前で揉めつつ笑うところではないのだが。

 これじゃあますます死なせられないな~、面倒だけど。


 なんて、アキラが無理やりゼータを滝に突き落とそうとした時だった。

 一番の下っ端が、アキラに箱を押し付けてくる。


「荷物、持っててもらっていいですか――おれ、囮になってくるんで」

『は?』


 二人は同時に疑問符をあげた。

 いや、そりゃあ死ぬのも覚悟しろなんて言ったけど。でも本当にまだ入職もしてない素人を見殺しにするつもりなんてないってば。


『面倒みろ』と言われた時点で、その覚悟はできていた。

 自分に何かあっても、この副長なら自分の“家族”をそのまま路頭に迷わせないだろう。そんな確信があるから。だから安心して、自分は命を賭けられるんすよ。


 なんて本音を吐露する暇もなく、フェイは背中のリュックを下ろした。その顔は笑ってもなく――心底それが当然だと、真顔で理由を述べる。


「だって、おれが狙われているんですから。おれが走り回ってくるんで、その間に二人が仕留めてください。それが一番、仕事の成功率が高いです」

「だけど、見習いくんを死なせるわけには――」

「足には自信があるんですよ。それにおれ、死なない・・・・んで!」


 アキラの引き止めようとする手を、すり抜けて。


 赤毛の少年が、ひとりでデスワームに突っ込んでいく。何回かは攻撃を避けて見せるものの……モンスターにも知恵がある。地面に潜らせていた尻尾でフェイの着地地点を払っては、彼が体勢を崩した直後。


 二人の目の前で、フェイの頭部が食べられた。

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