第5話 アキラ=トラプルカ

 ※


 アキラは一人っ子として生まれた。とても貧しい村だった。だけど、それなりに両親に守られて、幸せに暮らしていたが――七歳の時に、両親が流行り病で死んだ。その間に両親が産んだ兄弟がいるわけではないが、今のアキラには七人の弟、妹たちがいる。


 それは何故か――天涯孤独になってしまったことによって、アキラの悪癖・・が生じてしまったからだ。


『なに? あんたもひとりなんすか?』


 アキラは自分のような子供を見捨てることができなくなっていた。


 モンスターから人間を守ってくれる外壁すらもない村だから、村人は機械を諦めるしかなかった。機械がない生活は、とにかくひもじい。お金を生むことも難しければ、食べ物を手に入れることも困難だ。だけど、街に移住するためにはお金がいる。お国に収める馬鹿高い『住民税』など、自分たちが食べる分だけ野畑を耕し、物々交換で暮らしている人たちが永遠に払えるわけがなく。


 そんな村で両親を失くした子供がまともに生きていけるわけがない。

 万引して、他人の財布をスッて。『悪童』と石を投げられようとも、仕方ないじゃないか。こんな村じゃ物乞いする相手すらまともにいりゃしない。たまに命がけで町へ行って、危険な仕事の手伝いをして。


 仕方ないじゃないか。そうでもしないと、生きていけないのだから。

 誰も……アキラに手を差し伸べてくれなかったのだから。


 そんな生活をしながら、なんとか十歳になった時。悪童は悪童なりに生活ができるようになった時、ゴミ捨て場の隅でゴミを漁っている、かつての自分のような“ゴミ”を見つけた。


 多少の余裕ができるようになったとて、見知らぬ他人に施せるほど裕福になったわけではない。自分ひとり食わせるだけで精一杯。


 それなのに、アキラは気がついたら手を差し出していた。


『行くトコないなら、オレの棲家すみか来るっすか? 昨日かっぱらったパンなら、まだ余ってたと思うし』


 どうしてそんなこと言ったのか、自分でもよくわからなかった。

 だけど、自分が差し出した手を、嬉しそうに掴む“かつての自分”を、今更振り払うことなんかできなくて。




 ――あ~、面倒くさ。


 そんな“悪癖”を制御できずにいたら、あっという間に“アキラの家族”はそれなりの大所帯になってしまっていた。自分よりも年下のガキの面倒をみるのは、とても面倒臭い。小さな子がさらに小さな赤ん坊を連れてきてしまった時には……もうあまりの面倒臭さで頭を抱えてうずくまった始末。


 まぁ、ゴミはゴミでも集まれば意外となんとかなるもので。食べ物や売り物探して『何でもない場所』を散策したり、捨てられた壊れた腕時計を街に行って売ろうとしたら、モンスターに追われたりなど……それなりに危険で、無駄に賑やかな日々を過ごしていた。


 転機は、とある職業案内のチラシを拾った時だった。


『〈運び屋スカルペ〉ねぇ……』 


 噂には聞いたことがあった。街から街へ、誰かの靴代わりに、どんな荷物でも運ぶ奴らのこと。だけどそんな大層な仕事なんて自分には……。


『給料たっかっ‼』


 だけど、アキラは見てしまったから。

 そのチラシに載っていた、想定よりゼロが一個多い年収。

 学歴・年齢問わず。危険手当込。社員寮あり。食堂無料。家族手当あり。

 ただし労災、退職金、弔慰金なし。


『死んでも知らねーよってことね……』


 それでも、これだけの給料があれば。思わず固唾を呑む。

 自分が抱え込んでしまった『面倒』全員分、街へ移住させてやることができる。ちゃんとした職に就くなんて、それこそ面倒だったが……『家族』を作ってしまったのは自分だ。自ら面倒に首を突っ込んだのは自分。


 ダメ元で詳細を聞きに本部の扉を叩いた時、対応してくれたのが長い黒髪がいけ好かない野郎だった。ボロを着たアキラを一瞥した後、分厚い冊子を八冊取り出してくる。


『これ、今までの入職試験の過去問な。今年の試験は三ヶ月後か……それやるから、まー頑張れ。わからないところがあったら、暇な時なら教えてやってもいい』

『あ、あの……!』

『なんだ?』


 その目はとても冷たかったけど、こいつの言動、どー考えても嫌な奴・・・じゃない。だから、アキラは訊いてみる。


『家族手当って……血が繋がってないとダメっすか?』

『“家族”の定義くらい、自分で考えろ――が、不安なら入職後、全員連れて来い。俺が判断してやる。ちなみに、家族の食堂利用も手当の一部だ』 


 アキラはもう一度、固唾を呑んだ。

 ……面倒だけど、やるっきゃない。


 ※


 無事に入職試験をくぐり抜け、まともな社会人になって。

 少しだけ大人になって、アキラは悟った。

 “面倒”なモノは、始めから見なけりゃいい。……少なくとも、この知的狼などっかの副長のように、毎晩深夜に『過去問教えてくれ』と詰めかける入職希望者のガキの面倒なんて見てはいけない。絶対に。


 だけど今日も、アキラは上手くはいかなかった。


「ったく、だから新人のお守りなんて面倒だっつったのに……」


 己に舌打ちしながらも、アキラはそのまま自動装填されるのを確認しながら、デザートイーグルのレボルバーを立て続けに押す。


 そのまま三発横っ面にマグナム弾を食らわせば、さすがの大ミミズも圧される。

 その隙に、デスワームから距離をとったフェイが疑問符を上げていた。


「どこへ隠れたらいいですかっ⁉」


 ――あ~、律儀な後輩っすね~。


 先輩の指示に不明点があれば、すぐさま確認する。模範的な新人の言動だ。

 こんな砂漠に、隠れる場所なんてない。木々といっても、フェイの身長よりも低い木が点在しているだけ。ガキのかくれんぼにもなりゃしない。でも、そのくらい自分で考えてくれってのが先輩ゴコロ。


「とりあえず後ろに下がって!」


 律儀な新人はしっかりと荷物を抱えたまま、地面にライフルを用意し構えたゼータのそばに下がろうとする――も、起き上がりざまにワームは再び毒を吐く。狙う先は、やっぱりフェイのみ。


 スコープを覗いたままのゼータが声を張る。


「こら見習い! におっているんじゃないか⁉ ちゃんと風呂に入ってきたのか⁉」

「入りましたよ、三日前には!」

「毎日入れ!」

 

 そんなクソどーでもいい問答しながらも、フェイはちょこまかと吐かれる毒や突進から逃げまくっていた。……あ、この新人。威勢だけじゃない。


 少なくとも、一緒に逃げられる程度には。

 景気付けの一発を撃ち込んでから、アキラも急いで踵を返す。そしてゼータの装備の半分を持ちながら、神妙な面持ちで告げた。


「アドゥル副長……貧乏人に、毎日風呂なんて贅沢なんすよ」

「喧しいわ! とにかく今は――」


 ゼータもライフルを慌てて背負い直し、立ち上がる。

 そして放つは、短い命令。


「逃げろ!」


 〈運び屋スカルペ〉の三人(ひとり見習い)は、靴を鳴らして一目散に離脱する。

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