第4話 『何でもない場所』


 働かざる者食うべからず。

 食べ物がなければ生きていけない――いくら面倒くさがり屋でも、その現実だけは誰よりも理解しているアキラである。


「お前の役目は、ただその荷物を死守することだけだ! いざとなったら、俺らを見捨てて逃げろ! 仲間より荷物を優先してこその〈運び屋スカルペ〉だ!」

「はいっ!」


 本部のあるアガツマの街を一歩外に出た荒野にて。

 〈運び屋スカルペ〉の三人は街を取り囲む高い外壁に見下されながら、見習いに仕事の最終確認をしていた。


 今回運ぶものは大きな白い風呂敷スカーフで覆われた木製の四角い箱だ。サイズは頭部より少し大きい程度。重さはそこそこ。見習いフェイは背中に携帯食料などが入ったリュック。前にはその箱を抱えて。見てくれは小さな身体が押しつぶされそうにも見えるが、今も足場が悪い岩の上でしっかり二本足で立っている。


 ――なかなか有能な新人候補だこって。


 元気がいい。やる気もある。足腰もしっかりしている。

 そして最終試験まで残る程度の知識もある。


女王の靴レギーナ・スカルペ〉の入職試験は甘くない。三年前、アキラだって毎日夜な夜な泣きながら勉強して、ようやく入職できたのだ。試験内容は世界各国の地理、法律。重火器の歴史や扱い方法、またそれに関する法律。そして発見されたモンスターに関する知識。それらの学者レベルの細かな知識を求められつつも、しっかり世界情勢や一般教養まで求められる始末。


 そんな一次試験を突破できるのは、毎年百人くらい受験者がいて五人いるかどうか。そして二次の基礎運動能力試験を突破できるのが、そのうち一人か二人。アキラが試験を受けた時は二人だけだった。去年は一人。


 そして、今年は――

 

「ほんと、元気はいい新人候補っすね~。それだけじゃないといいけど」


 アキラが手近な岩に座って頬杖付いている間にも、今年唯一の候補生への確認作業は続く。


「ここから先は町の外――通称『何でもない場所』だ。その特徴は?」

「はい、モンスターがいることです!」

「モンスターと動物の一番大きな違いは⁉」

「機械だけを食べることです!」


 それらは別に〈運び屋スカルペ〉のみならず知っている常識だが、ゼータは生徒が難解な問題を解いたかのように、大きく頷いた。


「そうだ! どこから生まれたかは知らない化け物、モンスターは機械だけを食べる。つまり、人間が普通に歩いているだけでは、よほど尻尾を踏むなりしない限りは襲われない――今回の荷物はNoM機械ではない! つまり、普通に移動するだけなら俺らはモンスターに襲われないわけだ。そのため、今回の仕事は難易度が一番下のEランク任務になる」


 ――念入りな確認だなぁ……。


 三年前の時、自分もそうだったが。

 このゼータ=アドゥル副局長、一見『俺がクールで知的な一匹狼だ』的な素振りをしているが、なんやかんや物凄く面倒見が良い。たいてい下っ端の自分となんか組みたがらない局員が多い中、ずっと自分と組んでいるのが良い証拠だろう。……ただ心配性なだけかもしれないけど。あの人、潔癖症でもあるし。


 そんな教官兼上司に、フェイはまっすぐ手を上げた。


「質問です! 今日運ぶコレの中身はなんですか?」

「宛名以上のことは知らん! というか、知ってはならない――これが〈運び屋スカルペ〉の掟だが……よもや、知らないとは言わないだろうな?」

「いや、それは知ってるんですけど……でも副局長さん、さっき『NoM機械ではない』って言ってたから。宛先は書いてあるけど、品名は空白だし」


 ――あ~、墓穴掘ったっすね。


 アキラはせせら笑う。通常なら掟通り、〈運び屋スカルペ〉は宛先伝票に書いてあること以外には関与しない。今日運ぶ荷物の中身を、アキラも知っているが……それは、彼に言うことじゃないだろう。


 だけど、ゼータは表情を動かさなかった。


「それは、俺が依頼主だからだ。あくまで試験用だ。気にするな」

「はあ……」


 アキラが初めて見るフェイの不満顔だが、やっぱりゼータは見て見ぬ振りらしい。そのまま地面に置いていた自分のライフルと弾倉とサブマシンガン等々を背負った。


「よし、それじゃあ出発するぞ!」




 目の前には、だだっ広く続く砂の地面。背の低い草木が点在する様は、すべて計算しつくされたような芸術感まで醸している。そんな『何にもない場所』に、道などない。昔使われていた道の残骸のようなものがある場所にはあるが――モンスターが世界に蔓延るようになった以上、街の外である『何にもない場所』を行き交う馬鹿は〈運び屋スカルペ〉くらいだ。


 そんな砂漠の真ん中で。

 大きな荷物を背負って抱えた新人候補は、とても嬉しそうにしていた。


「へぇ、こっちの方初めて来ました。砂漠なのに……綺麗な場所ですね!」

「過去の森林伐採により、氷河が下に隠していた砂地が露わになってできた場所だそうだ。綺麗な砂と一緒に……モンスターも出てきてちまったんだがな」

「でもモンスター、見当たりませんけど?」


 キョトンとした顔で周囲をキョロキョロしたフェイに、アキラは暇つぶしがてら世間話を返す。


「新人候補生くんは今まで、どんなモンスター見たことあるんすか?」

「一匹も見たことないですよ」

「ないの⁉」


 思わずアキラは驚くが、一歩後ろを歩くゼータは水を飲んでから鼻で笑った。


「まぁ、街から出ない都会人は見たこと無いやつも多いだろ。食べ物探して村の外に出てたお前んちが貧乏なんだよ」

「そりゃあ悪ぅございましたねぇ。おかげさまのお給金で、今じゃあ家族みんな街でぬくぬく暮らさせていただいてますよ」

「おー。これからもその調子でせっせと働け」

「へ~い」


 振り向きながらだらしなく敬礼してみせるも、ゼータは素知らぬ顔で空になったペットボトルを両手で潰し、腰のバッグの中にしまう。


 ――これなら見習いくんと話している方が、まだ楽しいっすかね。


 と、アキラは再び前を向いて、隣を歩くフェイをからかうことにした。


「油断しない方がいいっすよ?」

「?」

アレ・・は、本当にいきなり――」


 その時、地面を揺れた。同時に砂漠から這い出てくるのは、巨大すぎる赤ミミズ。

 後ろのゼータから嘆息が聴こえた。


「ほーら、誰かさんがフラグ立てるから」

「オレのせいっすか⁉」


 その地面から出ているだけで体長五メートルはある巨大な赤ミミズの正式名は、ブエンドデスワーム。その大きな口からは紫色の唾液と、無数に並んだ鋭い歯が惜しげもなく披露してくれている。この唾液は勿論猛毒で、この毒で金属を腐食させつつ消化しているのだとか。習性として、黄色いものを狙って襲うと言われている。


 ――まぁ、黄色いって言ったらオレの髪くらいっすか?


 でもどーせくすんでるし、と。

 そのひときわ巨大なワームに、アキラは飄々と口笛を吹く。


「ひゅ~。また今回は一段とよく育ってるっすね~」

「馬鹿なこと言ってないで迂回するぞ。手出ししなけりゃ何もしてこない――」


 ゼータは言うよりも早く、アキラはフェイを誘導して迂回しようとしていた――が、ワームはその大きな口からいきなりフェイに向かって毒を吐き出してくる。


『なっ⁉』


 驚きの声を漏らしたのは、アキラとゼータ、ほぼ同時だった。

 肝心の狙われたフェイのみ黙ったまま、その場を大きく飛び退く。その跡には紫色帯びたおどろおどろしい粘液が小さく泡立っていた。


「うお~、びっくりした~」


 ワンテンポ遅れて目を見開いたフェイをよそに、ワームはそのギラギラした歯を露わにしながら、フェイを食らいつこうと突進する。


 ――なんできみが襲われてるんすかっ⁉


 モンスターが食らうのは機械だけ。あと強いてあげても黄色い物。

 何もしてない人間が襲われることはない。それに彼は赤髪だ。持っている物だって白い箱は木製だし、中身もNoM機械ではない。彼の背負っている荷物も全部アキラが検分済み。それなのに、どうして――


 だけど、即座にアキラが撃ったマグナム弾が、ワームの横っ面で爆散する。


「ほら、新人未満くん。とっとと隠れて隠れて」


 考えるよりも前に、動いていた。

 だって、動かざる得なかったのだ。たとえ彼が見習いとて――同じチームになってしまった以上、思わず手を伸ばしてしまうのが自分の悪癖・・なのだから。


 アキラは愛用のデザートイーグルを持った手で、指をクイッと動かす。


「へいへいミミズさん、こっちっすよ~。……ったく、だから新人のお守りなんて面倒だっつったのに……」


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