第4話 『何でもない場所』
働かざる者食うべからず。
食べ物がなければ生きていけない――いくら面倒くさがり屋でも、その現実だけは誰よりも理解しているアキラである。
「お前の役目は、ただその荷物を死守することだけだ! いざとなったら、俺らを見捨てて逃げろ! 仲間より荷物を優先してこその〈
「はいっ!」
本部のあるアガツマの街を一歩外に出た荒野にて。
〈
今回運ぶものは大きな白い
――なかなか有能な新人候補だこって。
元気がいい。やる気もある。足腰もしっかりしている。
そして最終試験まで残る程度の知識もある。
〈
そんな一次試験を突破できるのは、毎年百人くらい受験者がいて五人いるかどうか。そして二次の基礎運動能力試験を突破できるのが、そのうち一人か二人。アキラが試験を受けた時は二人だけだった。去年は一人。
そして、今年は――
「ほんと、元気はいい新人候補っすね~。それだけじゃないといいけど」
アキラが手近な岩に座って頬杖付いている間にも、今年唯一の候補生への確認作業は続く。
「ここから先は町の外――通称『何でもない場所』だ。その特徴は?」
「はい、モンスターがいることです!」
「モンスターと動物の一番大きな違いは⁉」
「機械だけを食べることです!」
それらは別に〈
「そうだ! どこから生まれたかは知らない化け物、モンスターは機械だけを食べる。つまり、人間が普通に歩いているだけでは、よほど尻尾を踏むなりしない限りは襲われない――今回の荷物は
――念入りな確認だなぁ……。
三年前の時、自分もそうだったが。
このゼータ=アドゥル副局長、一見『俺がクールで知的な一匹狼だ』的な素振りをしているが、なんやかんや物凄く面倒見が良い。たいてい下っ端の自分となんか組みたがらない局員が多い中、ずっと自分と組んでいるのが良い証拠だろう。……ただ心配性なだけかもしれないけど。あの人、潔癖症でもあるし。
そんな教官兼上司に、フェイはまっすぐ手を上げた。
「質問です! 今日運ぶコレの中身はなんですか?」
「宛名以上のことは知らん! というか、知ってはならない――これが〈
「いや、それは知ってるんですけど……でも副局長さん、さっき『
――あ~、墓穴掘ったっすね。
アキラはせせら笑う。通常なら掟通り、〈
だけど、ゼータは表情を動かさなかった。
「それは、俺が依頼主だからだ。あくまで試験用だ。気にするな」
「はあ……」
アキラが初めて見るフェイの不満顔だが、やっぱりゼータは見て見ぬ振りらしい。そのまま地面に置いていた自分のライフルと弾倉とサブマシンガン等々を背負った。
「よし、それじゃあ出発するぞ!」
目の前には、だだっ広く続く砂の地面。背の低い草木が点在する様は、すべて計算しつくされたような芸術感まで醸している。そんな『何にもない場所』に、道などない。昔使われていた道の残骸のようなものがある場所にはあるが――モンスターが世界に蔓延るようになった以上、街の外である『何にもない場所』を行き交う馬鹿は〈
そんな砂漠の真ん中で。
大きな荷物を背負って抱えた新人候補は、とても嬉しそうにしていた。
「へぇ、こっちの方初めて来ました。砂漠なのに……綺麗な場所ですね!」
「過去の森林伐採により、氷河が下に隠していた砂地が露わになってできた場所だそうだ。綺麗な砂と一緒に……モンスターも出てきてちまったんだがな」
「でもモンスター、見当たりませんけど?」
キョトンとした顔で周囲をキョロキョロしたフェイに、アキラは暇つぶしがてら世間話を返す。
「新人候補生くんは今まで、どんなモンスター見たことあるんすか?」
「一匹も見たことないですよ」
「ないの⁉」
思わずアキラは驚くが、一歩後ろを歩くゼータは水を飲んでから鼻で笑った。
「まぁ、街から出ない都会人は見たこと無いやつも多いだろ。食べ物探して村の外に出てたお前んちが貧乏なんだよ」
「そりゃあ悪ぅございましたねぇ。おかげさまのお給金で、今じゃあ家族みんな街でぬくぬく暮らさせていただいてますよ」
「おー。これからもその調子でせっせと働け」
「へ~い」
振り向きながらだらしなく敬礼してみせるも、ゼータは素知らぬ顔で空になったペットボトルを両手で潰し、腰のバッグの中にしまう。
――これなら見習いくんと話している方が、まだ楽しいっすかね。
と、アキラは再び前を向いて、隣を歩くフェイをからかうことにした。
「油断しない方がいいっすよ?」
「?」
「
その時、地面を揺れた。同時に砂漠から這い出てくるのは、巨大すぎる赤ミミズ。
後ろのゼータから嘆息が聴こえた。
「ほーら、誰かさんがフラグ立てるから」
「オレのせいっすか⁉」
その地面から出ているだけで体長五メートルはある巨大な赤ミミズの正式名は、ブエンドデスワーム。その大きな口からは紫色の唾液と、無数に並んだ鋭い歯が惜しげもなく披露してくれている。この唾液は勿論猛毒で、この毒で金属を腐食させつつ消化しているのだとか。習性として、黄色いものを狙って襲うと言われている。
――まぁ、黄色いって言ったらオレの髪くらいっすか?
でもどーせくすんでるし、と。
そのひときわ巨大なワームに、アキラは飄々と口笛を吹く。
「ひゅ~。また今回は一段とよく育ってるっすね~」
「馬鹿なこと言ってないで迂回するぞ。手出ししなけりゃ何もしてこない――」
ゼータは言うよりも早く、アキラはフェイを誘導して迂回しようとしていた――が、ワームはその大きな口からいきなりフェイに向かって毒を吐き出してくる。
『なっ⁉』
驚きの声を漏らしたのは、アキラとゼータ、ほぼ同時だった。
肝心の狙われたフェイのみ黙ったまま、その場を大きく飛び退く。その跡には紫色帯びたおどろおどろしい粘液が小さく泡立っていた。
「うお~、びっくりした~」
ワンテンポ遅れて目を見開いたフェイをよそに、ワームはそのギラギラした歯を露わにしながら、フェイを食らいつこうと突進する。
――なんできみが襲われてるんすかっ⁉
モンスターが食らうのは機械だけ。あと強いてあげても黄色い物。
何もしてない人間が襲われることはない。それに彼は赤髪だ。持っている物だって白い箱は木製だし、中身も
だけど、即座にアキラが撃ったマグナム弾が、ワームの横っ面で爆散する。
「ほら、新人未満くん。とっとと隠れて隠れて」
考えるよりも前に、動いていた。
だって、動かざる得なかったのだ。たとえ彼が見習いとて――同じチームになってしまった以上、思わず手を伸ばしてしまうのが自分の
アキラは愛用のデザートイーグルを持った手で、指をクイッと動かす。
「へいへいミミズさん、こっちっすよ~。……ったく、だから新人のお守りなんて面倒だっつったのに……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます