第3話 面倒くさがりな先輩
◆
アキラ=トラプルカは面倒くさがり屋である。
「最終試験は毎年同じなんすよ。実際の仕事にチームの一員として同行する――それだけ。しかも見習いくんの仕事はただの荷物持ちっす。当たり前っすけど、難易度自体も低い仕事だから。ま~死なないとは思うんすけど……でも『何でもない場所』に行くには違いないんで。
そんなアキラが頑張って面倒を押し切りながら説明しているのに、
「よっ、せ~んぱいっ!」
「可愛い後輩を守ってやれよ!」
「がんばれお兄ちゃん♡」
廊下から通りすがりの邪魔が多い。そんな先輩たちの野次を「うるさいっすよ!」といなしつつ、彼は倉庫のロッカーから見習い用の予備の制服を見繕う。頭は爆発しているけど……けっこう小柄だな。
「きみ、いくつっすか?」
「十五歳です。たぶん」
「多分? ……もしかして、孤児とか?」
「まぁ、そんな感じですね」
「ふ~ん……なかなか複雑そうで。ま、これ以上は聞かないけど。面倒だし」
自分も十五歳で入職した。だから年齢的におかしなことはないし、とアキラは考えるのをやめる。身長も二年前の自分もこんなモンだっただろ……と、アキラは探す場所を改めた。とりあえず今日だけだ。自分のお下がりを貸してやればいい。
そして「はいこれ、すぐ着替えて」と少し色褪せたSサイズの服を渡しつつ、アキラは説明を続ける。
「基本は三人で一チーム。たまに応援入ることもあるけど、大体固定メンバーっすね。残念ながら、オレはアドゥル副長と一緒のチームっす」
「あと一人は?」
「……まぁ、面倒なのであとでおいおい。あ、今日はこれも持って行くっすよ」
「黒い……スカーフですか?」
「そう、今日の特別アイテムっす。使う時、ちゃんと言うから」
着替え途中の見習いに、黒いスカーフを渡しつつも、自分も着替え始めるアキラ。といっても、ジャケットまでは朝から着てきていたので、赤いマントと帽子を装着するだけだ。それと――ヒップホルスターには銃も入れて。
着替え終わった二人は、移動する。準備と言っても、今日はそう遠くに行くわけでもない。だからあとは水と最低限の非常食を……と他の部屋へと向かっていると、見習いは目ざとく腰に差したそれに目を付けてきた。
「それが先輩の武器なんですね! モンスターに狙われないために、特殊加工がしてあるっていう」
「そ。オレは普段中衛だから威力重視でマグナム愛用してるんすけど……今日は前衛いないから。きみはアドゥル副長の後ろにでも隠れててね」
通常の銃だと機械故、一発で機械を食べるモンスターの餌になってしまうが――〈
その中でも、アキラの愛用は自動式拳銃のデザートイーグル。拳銃と呼ばれる部類の中では大型のものになるが、見た目の割に軽く、スコープなどのアレンジもしやすい代物。中衛といいつつも前衛よりに近い、なんでも屋に等しいアキラにとっては都合の良い銃である。……入職時、副官がこれを渡してきた理由は『
そんな真面目なようでいい加減な副局長の名前が出た時、見習いフェイが珍しく眉根をしかめていた。
「ところで先輩……あの人は何をしているんですか?」
「あ~、アドゥル副長? いつものお祈りっすよ」
廊下の先。コンクリート打ちっぱなしの灰色だらけのこの建物において、唯一ピンクの扉を開けながら。上半身だけ部屋の中に入れた副館長の尻が廊下でふりふり揺れていた。なぜ、尻の持ち主がゼータ=アドゥルとわかったかといえば、その尻尾のような長い黒髪と声故だ。
「あぁ、麗しの我が女王陛下。残念ながら、ぼくはこれから仕事で外に行かなくてはならないんだ……。そうだね、寂しいよね。ぼくも寂しいよ。でもすぐに帰ってくるから、いい子で待っててね。お土産は何がいいかな。花でも咲いてたらいいんだけど……」
一人称すら『俺』から『ぼく』へと変えて。
舌っ足らずで話すゼータ=アドゥルの姿(見える範囲で言えば揺れる尻)に対して、アキラは頭を掻きむしる。副長のあんな姿に幻滅して、この見習いくんが帰っちゃったらどーするんだか。去年入職した新人くんも早々に退職しちゃったのに。
――まぁ、可愛いところもある人なんだけどね。
後輩は面倒だけど、かといって永遠の下っ端も面倒である。
その両天秤に決着が付かないまま、とりあえずアキラは最低限の説明だけをすることにした。
「あの尻が我らが副長なんすけど……ほっといてやってください。局長である〈
「いいですね! そういうのを『らぶらぶ』って言うんですよね?」
――あれはラブラブというよりも……。
その実態を知っているアキラからすれば、そのお祈りが『らぶらぶ』なんて可愛い恋慕とは程遠い“狂愛”だと知っていながら。
それを見習いに説明するのは面倒なので、テキトーに流すことにする。
「ははっ、副長が元気なさそうな時、それ言ってやるといいっすよ。副長あんがい単純だから……一気にきみの評価が暴上がりっす!」
「覚えておきます!」
だってそれを知ったとて、現実は何も変わらないのだから。
夢見ていることがあの人にとって幸せならいいのではないか――面倒くさがりの二年目局員アキラは、そう思う。
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