第2話 やる気のない朝礼

 そして、到着するのは〈女王の靴レギーナ・スカルペ〉本部の食堂。ここでは長テーブルがいくつも置かれ、局員たちが朝礼のため皆、思い思いの席に座っていた。〈女王の靴レギーナ・スカルペ〉はこの本部の他に、東西南北に四つの支部を持つが、規模はそれぞれ小さい。ゆえに本部の建物自体も二階建ての旧オフィスビルを多少改築しただけの雑多な代物。そのため、局員が集まるべき朝礼時などは、常にこの食堂が使われている。


「はーい注目。こいつが今からうちの最終選考を受ける馬鹿だ」

「フェイ=リアでっす! どーぞ宜しくお願いしまっす‼」


 ゼータの投げやりな紹介に対して、めげることなく元気な挨拶するフェイ。それに対して、十数人いる局員たちはだんまりだった。


 イヤホン付けて音楽を聞いている者。携帯情報端末機モバイルを目にも留まらぬ速さで操作する者。タバコを吹かす者。眠そうな目であくびをする者。ネイルを塗る者――全員男ながらも、年齢は下は十代後半、上は四十代後半までと、それなりに広い年代層が、前に立つ二人を無視して、好き勝手し続けている。


 だけど、そんなのはいつものことなので。

 ゼータは何も気にすることなく言葉を続けようとするが、一応隣の馬鹿を見やる。……まぁ、ウズウズとワクワクが半分半分といった顔をしているので、気にしてやった俺が馬鹿を見た――と、手に持つ書類を確認する素振りをしながら、言葉を続けた。


「まぁ、この馬鹿そうなのが本採用されるかどうか決まるのは、知っての通り今日の働きぶり次第なんだが……今年はどうするかな。アキラ、お前後輩が欲しいとか言ってたな?」


 その疑問符に、席から飛び上がったのはくすんだ金髪の少年。年はフェイよりは上の十七歳。入職歴もまだ二年で、まだ〈女王の靴レギーナ・スカルペ〉では下っ端がゆえ、先輩たちの細かい雑用に追われているらしい……ので、渡りに船だろう、とゼータは口角を上げる。


 だけど、二年目のアキラ=トラプルカは眉尻を上げた。


「言ってないっすよ! オレは下僕がほしいって言っただけで……絶対、嫌っす! 最終選考に同行するなんて面倒、ぜったい嫌っすからね!」


 その全力の拒否に、その他十数名はせせら笑うか無関心のみ。

 その中で、ゼータはアキラの顔すら見ず淡々と続ける。


「まぁ、俺が命じた以上、お前に拒否権などないんだがな。当然、最終試験には俺も同行する。それまでの面倒は任せた」

「げ~っ。アドゥル副長もいるとか、もっと面倒じゃないっすか……」

「喧しいわ。とにかく、今日の朝礼のビッグニュースはこんなもんだな。後は――」


 その後、ゼータは今日の配達スケジュールと担当局員のみを口述。毎日これといった伝達事項などない。むしろそんなモンが毎日ある方が困る。ゼータは平和主義なのだ。

 

 そして、最後に今日の一大イベントのみ復唱。これぞ模範的な朝礼である。


「じゃあアキラ。出立は一二〇〇。それまでに隊全員分の用意も頼むな」

「……了解っす」

「それじゃあ、解散!」


 その言葉を待ってましたとばかりに、一斉に局員たちが立ち上がった。散り散りに去っていく同志たちを見届けながら、こういう時ばかり仲が良くて何よりだ、とゼータが胸中で物寂しく感じていると。


「新人候補生く~ん。コッチっすよ~」


 アキラに手招きされて「うっす」と挨拶するフェイ。そして彼の元へ行く前、「行ってきます!」と自分に会釈してくる律儀さよ。


 ゼータがシッシッと追い払えば、フェイはゼータの悪態など気にすることなく、スタスタと「元気だけはいいっすね~」と苦笑するアキラの元へ。


 アキラはやる気のない態度全開ながらも、見習いに手を差し出していた。


「じゃあ面倒っすけど……きみの面倒みることになったアキラ=トラプルカっす。短い付き合いかもしれないけど、どーぞよろしく」


 二人の握手を見届けて、ゼータは踵を返す。

 まぁ、あいつに任せておけば見習いが死ぬことはないだろう。

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