第8話 晴海遊善2-4

 4


「ユーゼン?」


 渋々学校に戻ると、体操服姿で走り込みをしている愛夏と遭遇した。隣には一年生と思しき長身の少女がいる。目元がキツく、ショートカットの愛夏からはさばさばとした印象を受けるが、目が大きく、背中まで届く長い髪を一つに束ねている一年生からは清廉な印象を受ける。

 愛夏が立ち止まると、一年生もそれにならった。


「何してんの? のぞき?」

「ざけんな、興味ねェよ」

「ダウト〜! 見栄を張っちゃいかんぞ〜?」

「うっせ」


 間隙かんげきのない二人の会話劇に一年生がおろおろとする。遊善が彼女を一瞥し、愛夏がその視線に気付く。


「ん? ああこの子、一年の下葛籠凛しもつづらりんちゃん。ヤバくね? このかわいさ、マジエグいって」


 愛夏は背後から凛に抱きついた。凛のほうが背が高く、愛夏からの重圧で屈む体勢となっている。


「ちょっと、先輩……!」

「おい、嫌がってんぞ」

「マジ節穴。すげえ仲良しじゃん。ね〜?」


 凛が戸惑い気味に「はい」と頷く。満更でもなさそうに見えるので、これ以上何か言うのは野暮というものだろう。

 遊善が時計台を見上げる。短針は既に四時を通過している。


「おーい、愛夏ー! 集合だってー!」


 体育館の方で一人の女子生徒が手を振っている。愛夏が声の主を一瞥し、凛から離れる。


「ヤッベ! じゃね、ユーゼン! コージョリョーゾクに反することはするなよ〜?」

「するかよ」


 愛夏が手を振りながら去ってゆく。凛も律儀にお辞儀をして、遊善のもとから去っていった。

 体育館の前では愛夏が同じバスケ部のメンバーと楽しそうに笑い合っている。羨望の眼差しに自分自身気付いたのだろう、遊善は自然と体育館に併設された武道場へと足を向けていた。

 武道場では、剣道部と柔道部がスペースを分けて練習していた。剣道部は面を被っている者が多かったが、遊善は手を振ってくれている人物が友人の燈代とうだいであるとすぐに把握した。前垂れに彼の名前が刺繍ししゅうされている。

 遊善が燈代へと手を振り返す。練習に戻った友人は顧問教師の指示に従い、練習試合を始めた。

 竹刀の張り裂けるような音が道場内に鳴り響く。同時に気合のこもった叫び声が耳に突き刺さり、遊善は自分の知らない友人の一面に圧倒された。

 一方、反対側の耳には柔道部の掛け声がとどろいた。気合という点ではこちらも負けていない。額に玉のような汗を滲ませ、部員が乱取りを行っている。


「お、見学?」


 武道場に一人の男子生徒が上がってきた。背が高く、身体つきも良い。半袖シャツが窮屈そうにしている。整っているとは言い難いが、人の良い顔立ちをしている。

 遊善は右隣に並んだ男子生徒へと会釈する。


「そんな感じっす。でも、入部希望ではなくて」

「そうか。残念無念また来年。俺は来年いないがな! がははッ!」


(きっつい)


 男子生徒は腕を組んでまじまじと遊善の顔を見つめた。


「二年?」

「はい。晴海はるみっす。二年三組」

「おう、よろしく。俺は日下部将一朗くさかべしょういちろう。三年三組。見てのとおり柔道部の元主将だ。ってわからんか! がははッ!」


(つれーわ)


 将一朗が威風堂々としたたたずまいで柔道部の練習風景を眺める。


「引退した身だが、こうしてたまに見に来ているんだ。ま、一、二年からすればやりにくいだろうが、やるのも見るのも好きな性分でな。晴海もそうか?」

「まあ、そうっすね。剣道好きなんで」

「柔道じゃないんかーい!」


 将一朗が遊善の肩を叩いた。大きなモーションに反して痛みは全くない。

 つまらないギャグの連投が面白く感じられたのか、遊善は思わず吹き出した。その様子に気を良くした将一朗が遊善の背中をバンバンと叩く。


「ま、武道に興味があるなら見学も大歓迎だ! 短い間だがよろしくな!」


 将一朗は天井を仰ぎ、懐古するように呟く。


「三組ってことは、江原と同じクラスか」

「知ってるんすか?」

「有名人だろ。変わってるって」


 江原團士えはらだんしは文武両道を絵に描いたような人物だ。目鼻立ちも整っており、入学時に多くの部活動から勧誘されたが、その全てを断ったというのは最早伝説になっている。


「俺も去年勧誘したがフラれてしまったよ。『家の手伝いがあるので』とか言われてな。なのに美術部に入ったもんだから、ビックリ仰天目ん玉ポーン! って感じだったなぁ」


 将一朗があごを擦る。一連の動作が身体つきと相まって彼を大人に感じさせる。


「うちの妹も美術部に入っているんだが、やはり変わってると言われてるらしい」

「妹さんいるんすね。日下部、っすか」


 思案する遊善の隣で将一朗が手を横に振る。


「知らんと思うぞ。あいつは一年だし、引っ込み思案だからな。他人と接点をつくるタイプじゃない」


 どこか神妙な面持ちで将一朗が続ける。


「だが、江原とは話せるらしい。話し方や話す内容が大人びているというか、不気味というか、説明が難しいと言っていた。まあ、それが変わってるってことなんだろうが」

「妹さん、江原ちゃんが好きなんすか?」


 将一朗の目がカッと開く。遊善は瞬時に己の発言を後悔した。


「まさか! 有佐ありさはもっとたくましい男が好みなんだ! あんな優男、好きなわけがない! あり得ない! 許さない!」


 ヒートアップする将一朗を遊善が「まあまあ」と宥める。


「江原ちゃん、変わってるかもしんないっすけど悪いやつじゃないっすよ?」


 将一朗がムッとした顔で遊善を睨みつける。一瞬臆しながらも、遊善はフォローを続ける。


「確かに距離はあるっすけど、話すと意外と落ち着くっすよ? 変わってるって言ったって、何か気に障るようなことしました?」

「むう、俺も聞いただけだからな。同じクラスの晴海がそう言うなら、悪い男じゃないのかもしれんが、しかし……」

「なら、ちょっとのぞきに行きます?」

「ん? どこに?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る