第6話 晴海遊善2-2
2
朝に目撃した人影が気になり、
昼休みになり、遊善は居ても立っても居られず中庭へと出た。だが、不審者を見つけることはできなかった。それでも、遊善は諦め切れずに南校舎を迂回し駐輪場へと向かう。
駐輪場には自転車が整然と並ぶばかりで人の気配が感じられなかった。学生の姿すら認められず、遊善は
「やあ」
その時だった。背中を駆け抜ける悪寒に突き動かされ、遊善は振り向き様に飛び退いた。眼前には、夜の街で遊善に死の予言を突きつけた中年男性が立っている。
中肉中背。胸ポケットがついた白のTシャツに黒のアンクルパンツを履いている。どこか見覚えのある顔をしているようにも思えるが、どこにでもいる顔のようにも見える。
「あ――」
遊善が叫び声を上げる刹那、眼前に男性が迫った。口を塞ぐ形で手を差し出され、遊善は身動きを封じられる。
「お願い。危害は加えないから静かにしてくれる?」
遊善がこくこくと頷くと、男性は安堵した様子で口元から手を離した。
「おーいッ! だーれかァーッ!」
「ちょっとォッ!」
遊善の大声に臆したのか、男性が背を向けて逃げ出す。遊善は
「こんにちは」
振り返るとスクールカウンセラーの
「ど、ども、こんちは」
遊善がハッとして前方を向く頃には、既に不審者の姿は見当たらなくなっていた。一気に緊張の糸が解け、遊善は緩慢とした動作で和樹へと向き直る。
「誰かいたのかな? 大きな声が聞こえたけど」
「さっき不審者がいて」
和樹は首を捻り、遊善の向こう側を見つめる。
「ついさっき?」
「はい」
「見かけなかったな。入れ違いかな?」
和樹が遊善の身体を爪先から頭頂部に至るまで観察する。
「何かされた?」
「いえ、特に何も。ただ、前に会ったことがあったんで」
「そっか。怖かったよね。とりあえず中入ろうか。ここ暑いし」
今日は真夏日だ。日差しが直撃しているこの炎天下では、アスファルトの照り返しも相まって、体感温度なら四十度は下らない。
冷房のよく効いた保健準備室に入ると、遊善は途端に背中が汗ばんでゆくのを感じた。シャツをぱたぱたと
デスク上に鞄を置き、和樹がハンガーに掛かった白衣を羽織る。
「痛むところはないかな?」
「はい。大声上げたら逃げてったんで平気っす」
和樹が遊善の手足を軽く揉んでゆく。こそばゆさに遊善の顔が
「中村先生、保健師さんなんすか?」
「ううん、見よう見まね」
「え、こわ」
「そうだよね、いきなり変質者が現れて怖かったよね。学校には僕のほうから報告しておくから、少し休んでいくといいよ」
和樹は保健室につながる扉を手で示し、準備室から出て行った。他の教師へと報告に向かったのだろう。
「ラッキー」
浮かれ気分で保健室に入り、遊善は窓際のベッドのカーテンを開いた。
「うわ!」
ベッドには
「すみませんでした~」
小声で謝罪し、遊善は保健室を後にする。
結局、あの不審者は何者だったのだろう。恐怖よりも疑問が晴れず、遊善は放課後までもやもやが消えなかった。
「じゃあな」
帰りのショートホームルームが終わると同時に、クラスメイトが次々と教室を後にしてゆく。
「初日から部活? ご立派ですねェ」
「そんな大層なもんじゃないさ。ただの気晴らしだよ」
夏は日が高く、まだまだ暮れそうにない。遊びたいのは山々だが相手がいない。
「ごめん、もう部活始まるんよ~」
別クラスまで
「そっか~。残念」
海沿いの帰宅路から浜辺ではしゃぐ学生の姿を眺め、遊善は一人であることを噛み締めた。
十内流中学校では部活動に所属していない生徒数のほうが少ない。更に、二年にもなると大会へ向けて練習量が増すため、帰宅部の学生は一人の時間を過ごしがちになる。
「炎天下 影と二人で 海なぞる」
アパートへ向かう石造りの階段へ差し掛かったところで、不意に頭上より川柳を
遊善と目が合うなり、男性はひらひらと能天気に手を振った。しかし、次の瞬間放たれた言葉はその行動に反して物騒なものだった。
「急だけど このままですと 君死ぬよ」
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