第3話 晴海遊善3
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突如、謎の中年男性から気味の悪い忠告を受け、遊善は戸惑いを露にした。本能的に一歩後ずさり、視線を右往左往させる。
「すぐに帰らないと、不良グループに
街灯がチカチカと明滅し、中年男性の輪郭が徐々にはっきりとしてゆく。中肉中背の特に目立たない容姿に、疲労感と寂寥感の滲む微笑が貼り付けられている。人混みの中にいればおそらく誰の記憶にも残ることがないだろう。穏和な雰囲気が薄気味悪さを助長している。
「僕にはわかるよ。だって――予言者だから」
遊善は背後を一瞥した。前門の不審者、後門の警官。苦渋の選択を迫られている。
眼前の男性がじりじりと遊善との距離を詰める。
「それとも、おじさんが保護してあげようか?」
身の危険を感じた遊善は
「少年、発見しました」
先ほど接触した警官二人組だった。助手席に座っていたほうが無線で何者かと連絡をとり、もう片方が自然な動作で遊善の背後をとる。
取り囲まれる形になった遊善は、しかしホッと胸を撫で下ろした。
「君、どうして逃げたの?」
「ちょっと、気が動転して。それよりも」
遊善は警官へと先ほど不審者と遭遇したことを伝えた。
外見の特徴を聞き終え、警官が帽子のつばをくいっと持ち上げる。
「わかりました。周囲にそれらしい人物がいないか見回りましょう。君はもう遅いから帰りなさい。いいね?」
「はい」
厳粛な態度で対応され、遊善は不承不承警官の要求を呑んだ。
保護者を呼ぶため、警官が遊善から聞き出した電話番号へと電話をかける。コール音が鳴り響くこと十数秒、留守番電話サービスへとつながった。機械的な音声から耳を遠ざけ、警官がスマートフォンの画面を凝視する。
「出ませんね」
警官が遊善へと注意を向ける。
「親御さんはお仕事?」
「いえ、母親は家にいます。寝てるんだと思います」
「親御さんは君が出かけていることを知っているのかな?」
「はい」
「だとすると、帰りの遅い君を心配して探しているのかもしれない。ケータイは持ってる?」
タイムリーな話題に遊善の顔が強張る。
「いえ、持ってないっす」
「わかりました。なら、親御さんには私から留守電を入れておきます。迎えは知り合いの教師に頼んでみよう。
「はい」
警官がズボンのポケットからもう一台のスマートフォンを取り出し、誰かと電話を始めた。
「探してるわけねェじゃん」
遊善がぼそっと呟く。その声は誰の耳にも届かなかった。
十数分後、白のセダンがパトカーの後ろに停まった。運転席から現れたのは担任教師の
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
六葉は警官に向かい深々と頭を下げた。六葉の真摯な態度に遊善が目を丸くする。三十代前半という比較的若い年齢のおかげか、六葉は学校で親しみやすいキャラクターとして定着している。ゆえに、遊善の中で普段の六葉と眼前の担任教師とがうまく結びつかなかったのだ。
警官は六葉へと「上げてください」と促し、遊善の顔を一瞥する。
「休日に、しかも夜分遅くにお越しいただき、ありがとうございます。事情は先ほどお話ししたとおりです」
六葉が隣の遊善を横目に見る。
「詳しい話は車で聞く。いいな?」
遊善は黙って
「念のため、今から家に送り届けると私のほうからも留守電を入れておきます」
六葉がスマートフォンを取り出し、巴瑛の携帯電話へと連絡を入れる。その後、警官からの『ご忠告』を聞き流したところで、遊善はようやく自由になった。
セダンの助手席に乗り込み、遊善がシートベルトを締める。車内には淡い柑橘系の香りが漂っていた。
「六ちゃん、ごめん」
「先生、な」
六葉がエンジンをかけ、車を発進させる。会話もないまま走ること数分、赤信号に引っかかった。
「夜の街は楽しかった?」
六葉が正面から視線を逸らさず口にする。
遊善は両指を組み合わせ、つまらなげに答えた。
「別に。昼とあんまり変わらなかった」
「そうだろうな。夜の街は大人にとって都合がいいだけだよ」
「どういう意味っすか?」
青信号になり、車が再発進する。
「いろいろ隠してくれるってことだよ」
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