第2話 晴海遊善2

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 遊善はアパートを飛び出すなり、石造りの階段を下り、中心街の方へと駆け出した。

 十内流市とないながれしは関東圏の一都市であり、港町であることから漁業が盛んに行われている。アスファルトで舗装された細い路地が迷路のように広がり、白を基調とした家々の間に昔ながらの家々が点在している。

 午後八時を迎えると、街は未知の世界へと早変わりした。ゲームセンターもショッピングモールもファストフード店も、全てが新鮮に感じられた。

 土曜日の夜だからか、街は活気づいていた。同年代の少年を見かける度に、遊善は自身が街に溶け込んでいることを実感する。

 勢いで飛び出してきたものの行く当てもない。普段であれば、幼馴染の槙乃燈代まきのとうだいの部屋へと転がり込むのだが、今日に限って剣道部の合宿で不在だ。遊善は漠然と彷徨さまよい歩き、ひとまず目に入った書店で立ち読みを始めた。

 三十分が限界だった。店員から胡乱うろんな目を向けられ、遊善は逃げるように書店を退散する。

 次に入ったのはゲームセンターだ。財布には数百円しか入っていないため無駄遣いできない。四方八方から鳴り響く爆音に身を任せ、鼻歌交じりに店内を徘徊する。昼間に来る時よりも腕の良いプレイヤーが散見された。


「君、中学生? 親御さんと一緒?」


 九時を回った頃だろうか。中学生と思しき少年を訝しく思ったのだろう、男性店員が遊善へと声をかけた。


「あ、いえ。もう、帰ります」


 平静を装い、遊善はまたもや逃げるように店を退散する。


「ぎゃはは! タキレン、マジアホ過ぎっしょ! チョーウケる!」

「馬鹿、んな笑うなよ! あの女、ちょっと俺が――」


 正面から柄の悪そうな集団が近付いてきた。ゲームセンターを目指しているのだろう。遊善は本能に従い、細い路地を抜け出て大通りへと入る。

 街はまだ賑わっている。車通りも少なくない。そのせいか本日二度目のパトカーを目撃した。それは遊善の横を通り過ぎたかと思うと徐々に速度を緩め、やがて前方で停車した。中から二人の男性警官が現れ、遊善を待ち受ける。


「ちょっといいかな? 年齢が確認できるものを見せてもらえるかい?」

「今、ちょっと切らしてて」

「名刺じゃないんだから」


 警官は目を細め、遊善の姿を爪先から頭頂部に至るまでじっくりと観察した。もう片方の警官は遊善に背を向け、無線でどこかと連絡をとっている。


(マズい。補導される)


 危機感を抱いた遊善は、警官二人が互いに会話している隙を見計らい、その場から逃げ出した。


「あ、ちょっと! 君!」


 警官は駆け出そうとしたものの、既に遊善の背中が遠くなっていることを把握するなり、パトカーへと飛び乗った。助手席の警官が無線で誰かと連絡をとる。


「中学生と思しき少年が逃亡しました。今、追いかけます」


 遊善の後方でサイレンが鳴り響く。背中に冷や汗が噴出するのを感じつつ、遊善は来た道を引き返し、ゲームセンター裏の路地裏へと飛び込んだ。入り口付近には一方通行の標識が見える。たとえ居場所が知られたとしても、すぐには追ってこれないだろう。

 一定間隔に並ぶ街灯がチカチカと明滅する中、遊善が一方通行を忍び足で逆走する。しばらくすると背後から警官の声が聞こえた。


「こっちに行ったと思うんだけど」


 足音から逃げるように、遊善は早足で路地裏を出る。すると、丁度入り口に差し掛かったところで遊善は何者かと衝突した。


「あっと」

「あああッ!」


 ぶつかった相手に大声で叫ばれ、遊善は目を丸くする。よもやこの時間帯に路地裏から人が飛び出してくるとは、夢にも思わなかったのだろう。遊善は咄嗟とっさに背後を振り返り、警官が追って来ていないことを確認する。


「すみません」


 遊善はぺこりと会釈し、どこにでもいそうな中年男性の横を通り過ぎる。しかし、男性は先回りする形で遊善の前へと立ちはだかった。顔面には恐ろしいほど穏やかな微笑がたたえられている。


「死ぬよ、君」

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