Phase.20 〈冒険鉄車〉
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「そこは、ほら、この世にも珍しい発明ですよ!」
武村兵曹は澄ました顔で続けた。
「私だって、そんな無鉄砲なことは言わない。このアイディアは大佐閣下もなかなか巧妙だと感心したほどです。〈冒険鉄車〉――そう、自動仕掛けの鉄檻の車を製造して、それに乗って山奥に出かけようということです」
「鉄檻の車、だって……?」
私は額を叩いた。この時、武村兵曹は大佐の許可を得て、隣の部屋から一面の設計図を携えてきた。それをテーブルの上に押し広げて指さす。
「自動冒険鉄車の仕組みはこうです――まず、木牛流馬にも似ているこの鉄檻の車は、長さが六・六メートル、幅は四メートル、高さは木牛の形をした頭部において三・六メートル、後部の端において三メートルある。
その四面は、その名のごとく堅牢な鉄の檻で囲まれている。下床は弾力性を有するクロム鋼板で、上面は半分を鉄板で多い、残りの半分を鉄檻で作る。鉄車は十二の車輪を備え、その内、六個は歯車で、この車輪を運転する動力は物理学上の様々な原則を応用した、極めて緻密な自動運転の仕組みが組み込まれている。車内の前部に位置する機関室には、ドイツ製のエンジンを彷彿とさせる非常に頑丈で緻密な機関が設けられていて、大中小の三十七種の歯車が互いに噛み合い、ピストン、クランク、ダイレクターに似た各種の部品が複雑に連動し、まるで組み立て式の蒸気機関を見ているかのようだ。
今、水兵の一人が運転席に座って、右手でレバーを握って駆動輪を回しつつ、徐々に足もとのアクセルを踏んだとすると、たちまち傍らに備えられた呼び鈴がリンリンと鳴り出して、下の駆動軸が静かに回転を始めるとともに、その動力が第一の大歯車及び、第二の歯車に移り、同時にピストンが上下し、目にも止まらない勢いでクランクが動く。
かくして、その動力が第三十七番目の歯車に及ぶ頃には、その回転速度と運動力は、非常に強烈なものとなる。これはほとんど四四〇馬力の蒸気機関に匹敵し得るほどで、この強力な動力が車外の車輪を動かして、ついにこの重い鉄檻が出発する。もちろん、極めて重い構造になっているので、速力の点ではあまり速くない。平野であれば、平均時速は三十キロ以上も出るだろうが、勾配が激しい坂道では、辛うじて十キロ以下の速力になる。しかし、言うまでもなく、水中を除いたいかなる悪路でも進むことができるのだ。
この〈冒険鉄車〉の特色は険しい山を登る時に使用される通常の車輪、六個の強力な歯車と車両の前方に設置された螺旋形のウィンチ、及び後方に設けられた押し出し器にある。まず、登る山道にある大木や大きな岩などに螺旋形の打ち込み器の先端をネジのように打ち込み、車内の巻き取り器の運転とともに、その螺旋が自然と収縮して、次第に鉄車を引き上げるのだ。後方の押し出し器はウィンチとは反対に、後方の岩石などを支えとして弾力性のある支え棒の伸び縮みによってひたすら鉄車を押し上げる。
――おお、そうだ。鉄車がジャングルをいく時には、より一層巧妙な仕掛けがある!
それは鉄車の前方、木牛頭の上下に突出している二十一のチップソー(刃)を有する四個の大きな回転ノコギリと、昔、フランス革命時代に一日に一万三千人もの首を刎ねたと言われる、世にも恐ろしいギロチンの形を彷彿とさせる、八個の鋭利な自動伐採機だ! これで行く手に立ち塞がる巨木を、幹から引き倒し、小さな木は枝もろとも切り倒して猛進する。いかなる険しい山や深い森林に出くわしたとしても、進行を停止しなければならない憂いは、まったくないのですな。
鉄檻の車の出入口は、不思議に思われるだろうが、車両の天井に設けられていて、鉄はしごを使って屋根から出入りするようになっている。それは四面の堅牢な鉄檻をさらに補強するためであって、いかに力強い敵が襲ってきたとしても、決して車内の安全が損なわれることがないようにするための特別の措置なのだ。
乗組員の定員は五人。車内には機械室の他に二個の区画が設けられている。一方には雨風を凌ぐために厚いガラス版でもって綺麗に覆われ、床の上には絨毯を敷くもよし、毛布ぐらいで済ますもよし、そこは乗組員の勝手次第というもの。もう一方の区画は、弾薬や飲料水、缶詰や干し肉、その他の旅行中の必需品を蓄えておくところで、固定トランクの形を成している。……どうです、このようなものが完成すれば、じつに立派なものでしょう!」
武村兵曹は鼻を動かしつつ、私を眺めた。
「見事! 見事です! いや、じつに驚くべき大発明ですな!」
私が膝を叩いて頷くと、兵曹はなおも威勢よく言った。
「そうでしょう、この装甲自動車が出来上がってしまえば、どんな危険な場所も平気なものですぞ。ゴリラやライオンが行列を成して襲ってきたところで、こちらは鉄檻車の中から猛獣どもの悪相をめがけて、鉄砲玉でもごちそうしてやればいい。この鉄車に乗って、朝日島の名を刻んだ記念塔を携えて、ここから三十里ぐらいの深い山に踏み入って、猛獣毒蛇の真ん中に、その記念塔を建ててくるのです。なんと上手い工夫だろう! いや、自画自賛ではないですが、こんな工夫をするぐらいですから、この武村新八もあまり馬鹿にはできないでしょう!」
そのように目を丸くして一同を見回したが、たちまち声を低くして苦笑した。
「だが、あまり威張ってはられませんな……。こんな車を製造してはどうでしょうと、ここまで発案したのはこの私だが、肝心な機械の発明はみんな大佐閣下なのですから……」
そう素直に白状したので、櫻木海軍大佐をはじめ、一座の面々はあまりのおかしさに一度にどっと笑った。
その間に、武村兵曹は平気な顔で私に向かって言った。
「そこで、あなたにこう勧めているのです。あなたは石炭焚きだの、料理係だのって、そんな馬鹿な真似をするよりも、この〈冒険鉄車〉の製造に着手なさってはいかがでしょう? この計画は前からあったので、大佐閣下もすでに製図まで手掛けていますが、海底戦闘艇のほうが忙しいので、手を回すことができずにいます。船の完成後にいずれ製造に着手しようと仰っていたのですが、海底戦闘艇が完成したら、一日も早く日本に帰ったほうがいいでしょう。
……そこで、あなたの出番というわけです。やってみるつもりはありませんか?
もし、あなたが主任となって、一生懸命にやるつもりなら、私たちもニ、三人ずつであれば交代しながら、休息時間をなくしてでも働きますぞ。そうすれば海底戦闘艇が竣工するまでに〈冒険鉄車〉も完成するでしょう。私たちはすぐにそれに乗り込んで山奥の深くまで行って、立派に記念塔を建ててくることができます」
「おもしろい! これは愉快だ!」
私は両手を挙げて賛同した。
櫻木海軍大佐は微笑を浮かべて私に向かって問う。
「君は自ら進んで、この任務を担当するかね?」
「やります! 無論です!」
私は断言した。自動冒険鉄車! ああ、この前代未聞の自動車の製造は容易なことではないだろうが、私も一人の男子である。これから何年、いや、ひょっとすると十数年になるかもしれないが、大佐たちがあの驚くべき海底戦闘艇の製造に着手している間、私の心身を込めて従事すれば、できないことがどうしてあろうか! やろう、やろう、見事にやってみせよう!
この返事に、櫻木大佐はいたく打ち喜んだ。
「君にその決心があるのならば、きっとできるだろう。鉄車の製造所は、我が秘密造船所内のどこかに設け、私のほうから充分な材料を供給するとしよう。また君の助手として、毎日午前と午後の交替時に二名ずつ水兵を遣わすことにする。私も及ばずながら、万事について助言しますよ」
「こうなったら、命懸けでやりますよ!」
私が腕を叩くと、武村兵曹は頬ひげを撫でて手を叩いた。
「面白い、面白い!」
日出雄少年は先ほどから櫻木大佐の傍らで、行儀よく我らの話を聞いていたが、幼心に話の筋道がわかったと見え、この時、可愛らしい目をこちらに向けた。
「あの、おじさんが、てつのくるまをつくるんだったら、ぼくもいっしょにはたらくよ!」
「こいつはいよいよ面白くなってきた!」
武村兵曹は大声で笑って、いきなり少年を抱き上げた。
櫻木海軍大佐は微笑みながらも、武村兵曹の膝の上の少年のふさふさとした髪を撫でた。
「日出雄君は鉄工となるよりも、立派な海軍士官となる支度をせねばならんよ」
そう言うと、私に目を向けてしかと頷いた。
「彼の父、濱島武文氏と春枝夫人に変わって、今後は日出雄少年の教育の任を不肖ながらこの櫻木重雄が引き受けるとしよう」
私はこの一言で、たちまちナポリの親友や春枝夫人のことを回想した。日出雄少年の海軍軍人の手に委ねようとした彼の父の志が、今や意外な場所で、意外な人によって達成させることになったのだ。
この嬉しい運命に、思わず感謝の涙が両眼に溢れた。
しばらくして、室内がしんとなると、この時、誰とも知れず『君が代』の斉唱が静かな浜辺の風に連れて微かに聞こえてきた。
おやと思って、窓の外を眺めると、今宵は陰暦の十三夜、月が明るい青水白沙の海岸には、大佐の部下の水兵たちが、昼間の疲れをこの月に慰めようとしてか、一団となっていた。
そこかしこにひと群れ、詩を吟じる者もあれば、剣舞する者もある。その中にいる三、四人の水兵たちが、波に突き出された磯の上に仲良く輪を成して、遥か遠くの故国の天を望みつつ、声を合わせて喉を震わせて、君が代の千代八千代の歌詞を歌っていた。
「ああ、これは爽快! 爽快だ!」
私が思わず叫ぶと、櫻木海軍大佐は静かに立ちあがった。
「さあ、それでは我らもあそこに行って、ともに大日本帝国の万歳を唱えましょうか」
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