Phase.81 バーバラ奪還作戦
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一八九六年七月一七日、午前四時前に南軍は撤退していき、フォート・グラント防衛戦は、圧倒的な戦力差を跳ね返して北軍の勝利に終わった。
死闘から一夜明けると、ウォッシュアウト丘には大量の死体が残された。南軍側の損害は、確認されただけでも三五一人で、負傷者はその倍に上ると推定される。これに対し、北軍側は死亡十一名、負傷十五名だった。
この戦いに偶然居合わせた従軍記者のウィンストン・チャーチルは、ロンドンに帰った後にデイリー・グラフィック紙に寄稿した記事の中で、このように述べている。
〈日が昇って、私は塹壕から這い出した。右を見て、左を見る。どこもかしこも、死体の山。山ばかり。オクラホマの辺境に星条旗がはためき、斃れた者たちの上には、新しい朝を告げる『ヤンキー・ドゥードゥル』の音色が降る。これが、アメリカなのだ〉
〈
― ― ―
勝利の余韻に砦中の男たちが湧き返る中、避難先の宿場町から、女性と子どもたちが続々と引き上げてきた。
コゼットは砦の中庭に知った顔を見つけて、嬉しそうに飛びついた。
「リジルお姉ちゃん!」
「コゼット……」
リジルは飛びついてきたコゼットに目をやると、屈んでぎゅっと抱きしめた。
「どうしたの、お姉ちゃん……震えてるの?」
「ううん。なんでもない……」
「お姉ちゃん、バーバラお姉ちゃんは?」
「バーバラは……ちょっと、遠いところにいるの」
「そうなの?」
「大丈夫……必ず、必ず連れて帰るから」
赤と銀の瞳を怒りに燃やして、リジルはギリっと奥歯を噛みしめた。
― ― ―
「奪還作戦だ! 飛行船は無事なんだろ、今すぐに向かうべきだ!」
「落ち着け、武器商人」
「奴らが人質を取る必要はない。利用価値があるから連れ去ったとすれば、手荒な真似はしないはずだ。例のバーバラとかいう娘は、アンダーシャフトの娘だそうだな?」
「そうだ。畜生、目的は英国政府とのパイプ役か!」
「……あるいは、身代金でしょうね。つまらない理由ですが」
葉巻の切れたチャーチルが、紙たばこを不味そうにくちゃくちゃやりながら言った。
「勘違いするな、武器商人。我々の目的は人質救出ではなく、敵の巨大砲台を破壊することだ。敵は窪地を要塞化している。斥候によると対空砲台も備えているようだ」
「そうそう、砲台でガチガチに守られてたぜ。ありゃ飛行船でも容易には近づけねーだろうな。あっという間に蜂の巣さ」
テーブルに脚を投げ出したビル・ドゥーリンは、爪楊枝で歯に引っかかった干し肉を取りながら同意した。
「敵の砲台は無人の荒野のど真ん中だ。まともに陸上から行くとすれば、それこそ大隊規模を動員する必要がある。……だが、そんな時間はない。こうしている間にも、南軍は砲撃準備を進めているだろう。ワシントンや前線の陸上戦艦を破壊されれば、戦局がひっくり返されん」
「まあ、そうなったらもう仕方ないんじゃねーの? なんつったっけなー、ああ、そうそう、『南北融和』ってやつ? 北と南で仲良くすりゃいいじゃん。同じアメリカ人なんだしー」
その平和的な意見に、ピンカートン探偵社の部隊長は眉をひそめた。
「……気軽に言ってくれるが、いいのか? 無論、そうなれば、お前も絞首台に送り返されることになるぞ」
「げっ、なんだよ、畜生! おいおい、俺みてぇな愛国者になんて仕打ちをするんだ! 前言撤回だ。南部連合滅ぶべし! 今すぐにぶっ殺そう! おい、お前、なんつったか忘れたが、英国の敏腕武器商人なんだって? なんかねーのかよ、案はよ!」
「そう言われてもな……」
頭を抱えて叫ぶ無法者に、カネトリは腕を組んで唸った。
「空からも、陸からも潜入が難しいとすれば……一体、どこから……」
「砲弾」
その発言に、その場の全員の視線が少女に集まる。身の丈に合わない〈ワン・オブ・ワン・サウザンド〉を背負った護衛を見て、カネトリは顔を上げた。
「リジル、今なんて言った?」
「その、大砲ってことは、飛ばすための砲弾が必要なはず……。それをどうやって運んでいるんだろうって、思って……」
「……そうか。さすがだ、冴えてるな、リジル」
「どういうことだ、武器商人?」
カネトリはシグルドを睨みつけ、「約束しろ」と言って立ち上がった。
「俺たちも連れていけ」
「……勝手にしろ」
返答はシンプルだった。
武器商人はぐっと拳を握ると、手帳から防水ペンを取り出し、机の上に広げられたラブレス・バレーの地図に向き直った。
「水や食料なら、
カネトリはテキサス州の鉄道路線図と合わせて、ヒューストンとラブレス・バレーを結ぶ路線図を書き込んだ。
「確実じゃないが、この辺りのどこかだ。飛行船で空から見れば、すぐにわかるはずだ。俺の言いたいことはわかるだろ?」
その場の全員が頷いた。西部中にその名を轟かせる無法者集団〈ワイルドバンチ強盗団〉の元首魁は、獰猛な笑みを浮かべてみせる。
「いいね。楽しくなってきたな……これぞ、西部の醍醐味ってやつだ。そんじゃ、後のことは俺に任せてもらおうか。こちとら列車強盗のプロフェッショナルだぜ?」
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