Phase.4 シデナムの水晶宮
4
ガシュガシュガシュガシュ、タタン、タタン――車輪を回すピストンと一定のリズムで
初夏の気持ちのいい晴天がどこまでも広がる田園風景。
羊たちが放牧されている緑の丘には、天気予報のための観測気球が係留されており、その遥か向こうの青空には鋼鉄の機体に太陽を反射させてきらきらと光る大きな飛行軍艦の姿があった。
ちょうど演習中なのか、周りには無数の〈M1フライング・マシーン〉が展開されている。
「あれは?」
「ロンドンに駐留するミドルセックス
「空賊って?」
「
「カネトリは空賊に会ったことある?」
「ないな。もし旅先で会ってたら今頃はここにいないかもしれん。……おっ、あれだ。見えてきたぞ!」
リジルは顔を上げ、カネトリが示す窓の外に視線を移した。それを見て、思わずあっと息を呑む。
次第に近づいてくる丘の上に建つのは、まさしく巨大な宝石に違いなかった。
古より人類が愛してきた人工の宝石――ガラス。当時、最新の工法であった
「
「『
「――そんなことより、早くポップコーンを食べに行こう!」
カネトリは解説を遮る相棒に苦笑して言う。
「お前、そればっかりだよな。カラスのくせに光ものに興味ないのか?」
「カラスだけど、
「リジル、こういうのコトワザで何て言うか知ってるか? 『
「鳥だけに?」
「鳥だからさ! 大体、鳥の歌なんて大体音痴だもん。人間には違いがわからないかもしれないけどさ、ほとんど聞けたもんじゃないよ」
「そうだったんだ……」
「
「
胸を張って言う一羽に、二人は笑った。そうしている内に、列車はクリスタル・パレス駅に到着した。
駅から出ると、文字通りの
直後、少女は周りの空気が変わったことに気づいた。
「! 花の匂いが……」
「クリスタル・パレスは世界最大の温室なんだ。北側にヤシやバナナなんかの熱帯植物、南に温帯植物が配置されてる。ほら、天井を見てみろ」
「すごい……」
リジルは美しさに目を奪われ、その大きさに圧倒された。天井は教会の大聖堂よりも高く、内部はアーケード状に広がって奥に続いている。磨かれて鏡のようになったガラス一枚一枚が、それぞれ角度をつけて鋳鉄の
一体、全部で何枚あるのか想像もつかない。鑑の中では何人かのリジルがいて、等しく目を丸くしてこちらを見ていた。
「中心の大廊下は長さ三八四フィート、幅が一二八フィートで、天井は五階まで吹き抜けで、一六八フィートある。もはやちょっとした街だな」
「相変わらず、広いねぇ」
「まず何から見たい? ギリシャ・ローマ館、エジプト館、中国・アジア館に……とにかく、古今東西のありとあらゆるものがある」
「わからない……広すぎて」
「そうか。じゃあ、中心に向かってゆっくりいこう」
「カネトリ……手……」
さっさと歩きだす男に、リジルはそう言いかけて顔を赤くした。もじもじと手持ち無沙汰についていく少女に、クローはため息交じりに助け船を出す。
「カネトリさー。デートなんだったら、ちゃんとエスコートしなきゃ」
「ん? ……ああ。まあ、迷子になると困るしな」
カネトリは数秒遅れて意味を理解し、気恥ずかしそうに頭を掻いた。一礼して
(……クロー、ありがと)
(まあね)
声は出さず、口パクで告げる少女に、白カラスはウインクで応じた。
ガラスの天井から直射日光に晒されているにも関わらず、館内はひんやりとして涼しかった。所々に観葉植物の日陰があり、備え付けの噴霧器が作動して快適な室温を保っているためで、それ以上に目と耳を心地よい気分にさせてくれるのが、目の前の大噴水だった。
「水晶噴水だ。万博では一番の人気だったらしい」
「確かに、頷けるよねぇ」
バーミンガムのオスラー社が、じつに四トンものクリスタル・ガラスを使用して造り上げた産業美術建築の大傑作。その高さは全長二七フィートにも及び、シャンデリアを逆さにしたような三段重ねの噴水盤から滝のように水が噴き出している。
「きれい……」
その弾けるような水飛沫を肌に感じて、リジルは夢見心地だった。
最近子ども向けの絵本で読んだ、王子様に手を引かれて宮殿に迎えられる
――
物語の終わりに書かれた一文を思い出し、そうであればいいなと思ったが、シンデレラ姫がもし獣人であったなら、ガラスの靴を履いても宮殿に入れてもらえないだろうなと思った。
……ただ、もしそうだったとしても、この
そう考えて、リジルはくすっと笑った。
「こっちがビザンチンで、向こうがロマネスクか。リジル、建築美術に興味は……」
「カネトリ」
「ん?」
「ありがとう」
その言葉に、カネトリは何と返したらいいのか判断に困り、視線を逸らして「おう」と合図するだけに留めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます