Phase.20 抵抗





     20





「ごめん……。カネトリの『投資』、無駄になっちゃった」


 セーフティ・ハウスを弾丸のように飛び出して、ドーセット・ストリートを駆け抜けながら、リジルは外套の下でナイフとナガン・リボルバーを抜いた。


「なっ、お前は――」

「ふっ!」


 酒場の正面を包囲する男たちのもとへ肉薄し、リジルは得意の接近戦へ持ち込んだ。

 真正面にいる男の太股をナイフで削ぐと同時、腕を伸ばして遠心力をつけて上半身を回し、その後頭部にリボルバーの銃床を叩きつける。

 顔の側を銃弾が突き抜け、ひゅんと短い風切り音がした。昏倒する男の身体を咄嗟に盾として使い、次の一人に襲いかかかる。

 パンパンと銃声が響き、足下を銃弾が霞める。射線に捕らわれないように素早く回避行動を取りながら、対複数人の乱戦で銃を発砲できない状態に持ち込む。

 小柄な身体を最大限に生かした〈黒犬ブラック・ドッグ〉の戦い方だった。


「くっ、ちょこまかと……っ! 応援を呼べ!」

「呼ぶ必要はない。明らかに陽動だ。なんだ、大の男が揃いも揃って情けない」

「アイズ軍曹、ですか……」

「これを使って仕留めろ。俺が動きを止める」

了解しましたアイ・アイ・サー!」


 外套を脱いで身軽になる部隊長に、部下の一人は頷いて手渡された武器を装填した。

 シグルドは大型のボウイ・ナイフを抜き、まるで散歩するような足取りで近づいていく。


子犬パピィ! それがお前の選択なんだな!」

「……っ!」


 律儀に一人ずつ殺している暇はない。シグルドの部下を効率よく無力化しながら、リジルはもっとも注意すべき相手の接近を一瞥し、カチリと撃鉄を上げる。屈み込んで男の拳を躱し、男の股の下からシグルドに向けて撃つが、弾丸は空を穿つだけだった。

 シグルドの姿がない。リジルは男の股間を蹴って、脇に逃れるが、その前にシグルドが立ちはだかった。


「ここだ」

「!」


 振り下ろされるボウイ・ナイフを寸でのところで躱し、体勢を立て直して銃口を向けるが、その銃身を掴まれ、弾丸は上向きに逸らされた。ダブル・アクション機構が引き金の復元力を発揮するより早く、シグルドの膝蹴りが横腹に繰り出される。

 リジルは咄嗟に身を縮めて肘をつき出して受け止め、ナイフを振りかざして反撃し、それをシグルドが引き戻したボウイ・ナイフで防ぐ。

 リジルは奮闘した。相手の懐に入ったまま、つかず離れずの至近距離戦を戦う。膂力の差は明白なので、相手の有利な位置に離されたそこでおしまいだ。


「なかなか、だ」

「っ!」


 シグルドは感心したように呟くが、リジルには話す余裕などまるでない。離されまいと相手の動きに対応するだけで精一杯だ。

 なかなか決定打を繰り出せず、次第に焦燥に駆られるが、この距離では周りを囲う敵も銃を使うことはできない。今のところ、それは狙い通りだった。


「ふっ!」


 せめて一撃だけでも与えておきたいと、〈黒犬ブラック・ドッグ〉は牽制の意味合いも込めて、脇腹にナイフを突き出し、


「狙いが甘いな」

「――えっ!?」


 それを待ち構えていたシグルドの手が、ナイフの刃をグッと掴んだ。

 リジルの動きが一瞬だけ止まる。すぐに柄から手を放し、新たな得物を抜くが、それよりもシグルドが散弾銃ライアットガンを構える部下に合図を出すのが先だった。


「……やれ」

「ふっ……」



 ズダンッ! 次の瞬間、真横から放たれた散弾がリジルを吹き飛ばした。



「――がはっ!!」



 全身の骨が軋み、息がつまる。銃弾に射抜かれたものではない。感覚としては懲罰で背中を鞭打たれたあの瞬間によく似ていた。

 瞬きするほどの浮遊感の後、リジルは受け身も取れずに路面を転がっていた。力が入らず、ビリビリと痺れる身体を横たえることしかできない。


「じ、自分ごと……撃つ、なんて……」

「なに、何発か食らったが、非殺傷のゴム弾だ。直撃しない限りは問題ない。スト破りや暴徒鎮圧のための標準装備……我がピンカートン探偵社は人道的でな」

「ぴ、ピンカートン……」


 薄れゆく意識の中、リジルは夜空を横切る白い翼を見たような気がした。



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