第7話
それからというもの、本当に私たちの関係はおかしくなってしまった。
以前ならば、藍が無理やり迫ってきて私が引き離す・・・。
という流れだったが、目が合えばお互い、まるで獣のように激しく抱き合った。
ただ、こんなことは正しいとは言えない。
そういう常識はまだ私の頭の片隅にはいかばかりか残っているようで、それが時々重くのしかかってきた。
これが恋愛感情とは呼びたくはないが、もしそうだとしたら、それは厄介なものでしかない。これからどうするかのビジョンなんて全く見えてこないし、考えたくもない。
本当にこういう類の感情は、人生における障害でしかないのだと思う。
誰が恋は芸術の肥やしになるというようなことを言ったのだろうか。
「私は厄介者なの?」
私の心を読んだかのように隣で藍がそう言う。
「・・・どうして?」
「戀さんの眉間のシワと止まった絵筆がそう物語ってる。」
本心を見透かされたのだからここは本心を言わざるを得ない。
「だってそうじゃない、貴女がいなければ・・・。」
そう言おうとしたとき、唇を塞がれた。
「いなければ・・・何?」
「・・・こんなことにならなかった・・・。」
「こんなことって、何。」
そう改めて言われ口ごもる。わかっているくせに、この子はわざとそういうことを聞きたがる。嫌な女。
「離れてよ、美紀が帰ってくる。」
「今日は遅いって。ねぇ、だから・・・。絵、描くより楽しいこと・・・しよ?」
時間が時間だったが、今日は美紀は遅いと言っていた。
それならば、まぁいい。
最近は何も否定しなくなった。
むしろ望んでいる自分がいつもどこかにいた。
全く厄介なことだ。
そんなことを考えながらいつものように抱き合っていると、何やら玄関で音がした。
いけない。
そう思ったときには既に遅かった。
「・・・なにしてんの?」
美紀の唖然とする表情。
藍の呆然とする表情。
それが見えたと思うと、美紀は藍の腕を思いっきり引っ張った。
「藍、来なさいよ!!」
「美紀っ!!」
私が慌てて引きとめようとしたものの、美紀は聞く耳を持たずで、藍をそのまま引っ張り自分の部屋に連れて行った。
それから二階の部屋の扉を閉める音が嫌に響いて、今更悔いてもどうしようもない想いが私の頭にどっと溢れ出した。
あの時・・・とか、どうして今日断らなかった・・・とか、なぜ・・・とか、色々思い返してみたけれど、全て、それらは遅く。
足の先に重たいものが流れ込んできて、その場に座り込むとしばらく動けなかった。
しばらくすると、美紀が部屋から出てきた。
もっと感情的になって怒られるかと思ったが、意外と冷静で、私に頭を下げた。
そして、ゆっくり口を開く。ただやはり怒ってはいるようで、目はずっと私を睨みつけていた。
「私は、戀さんに感謝している。急に居候させてもらって、面倒見てもらって。普通ならありえないだろうし。迷惑かけているってのもわかっている。でも、だからって、それとこれとは違う。」
「・・・・・。」
「藍から話は聞いた。どこまで本当かは知らないけど、藍が言うには、戀さんは悪くないの一点張り。それを信じたとしても、やっぱり、こういうのは・・・どうかと思う。」
「そうね。私も否定しない。」
「勝手ばかり言って悪いとは思うけれど。私たち出ていくことにするよ。」
「その方がいい。」
本当に勝手だが、私にも非はあるので何も言わなかった。
美紀はそのあとなんだかんだと文句を言った後部屋を後にした。
私はただ何も答えず静かに座っていた。
ほら、結局こうなる。
厄介なことに巻き込まれた。
そう、ため息をついていると、今度は藍が部屋に入ってきた。
泣きはらしたのか、赤い目と、頬が赤くなっていた。
「・・・美紀に・・・?」
「叩かれちゃった。でもいい・・・私が悪いから。」
私が藍の頭を撫でてやると、藍は珍しくその手を払った。
「もういい。」
「そう・・・。」
もう、厄介な遊びは終わったんだと私はそのやりとりで実感した。
あんな嫌がっていた厄介事だったのに、藍に素直に否定されると不思議と寂しさに似た不気味な不安におそわれた。
でも、もうすべて、遅い。
「ごめん、戀さん。やっぱり迷惑かけたね。私、厄介ものだったね。」
「いや・・・。それより・・・藍はどうするの?美紀は出て行くって言ってた。ついていくの?」
すると、藍は目線をそらして笑った。
「ん・・・。美紀ちゃんは私の運命だからね。」
本音なのか、皮肉なのか。
それが私には測りかねたので、ただ相槌を返す。
「・・・そう。」
「ね・・・わかったでしょ。私ってそういう奴なの。どうしようもない奴なの。『ヒドイオンナ』なの。それを分かってくれるのはきっと美紀ちゃんだけなの。」
「・・・そうか。確かに厄介であったけど。でも・・・。・・・藍には美紀がいるなら大丈夫でしょう。」
何を言っていいか分からず、しばらく二人して黙り込んだ。
藍を止めたいのか、行かせてやりたいのか。
どれが藍にとって・・・いや私にとって最善なのか今の私にはわからなかった。
すると、藍が下を向いたままポツリとつぶやいた。
「ねぇ、私は・・・何にでもなれる?」
いつか聞いた言葉。
あの時言ったように「なれる。」そう言ってやることができたらよかったのに、なぜか最後に意地悪なことをしたくなり、私はそうは答えてやらなかった。
「それは・・・藍次第。」
藍はそれを聞いて寂しそうに笑った。
「そっか・・・。」
私に背を向け、部屋を出ようとする。
引き止めても良かった。
だが、そんな権利、私にはない。
もし引き止めたとしても、藍が首を振ったら?
思いのほか私は臆病だったらしい。
その結果、私が出した言葉はこれだった。
「・・・ありがとう。」
それを聞いて、藍は立ち止まる。少し肩が震えている気がした。
「やめてよ、今更、そんな、はじめて。」
藍はしばらくその場に立ち止まっていたが、消え入りそうな声でつぶやき始めた。
「・・・美紀ちゃんに、お前はどうしようもないやつだから、私がいないとダメだって言われた。お前は何もできないって。・・・だから、私、美紀ちゃんと一緒に行く。ね、そうでしょ?」
そう言われ、つまらないプライドと馬鹿げた臆病な心のせいで私は引き止めることができず、ただ頷いた。
「そう・・・。なら、美紀といけばいいよ。藍が・・・それを望むなら。」
「だよね・・・。」
そうやって、その日は顔を合わせることなどなく次の朝早く藍と美紀は出ていった。
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