第6話
何もなかったかのように美紀が帰ってきたらおかえりのキス。
美紀に抱きついて、部屋に入っていった。
ただその姿を見て、いつもなら私は何も感じず自分もアトリエに入るのだったが、なぜか心が少しざわついて絵なんてかける気分ではなく、そのまま部屋に入って寝てしまった。
「戀さんって運命って信じている?」
雪原の並木道に行ってからのあくる日、藍が不意に言った。
「そういうものはあまり信じない。」
「もう、絵描きさんなのにロマンがないなぁ。」
「そういう藍は信じているわけ?」
すると、藍は珍しくはにかんだ表情を見せ、下を向きながら口を開く。
「うん・・・信じているよ。」
そう言われると、次に来るこの子の言葉がだいたい読めてきたので私は先にこう言ってやった。
「言っておくけど、私とお前は運命とかじゃないからね。」
「絵描きさんなのにホント、ロマンがない!!最低!!」
やはりそういうつもりだったのか。
私は呆れてため息をつく。
「そう、じゃあ、そのまま私を嫌いになって。」
そう言ってやると藍は慌てて私に抱きついてきた。
「それは嫌!!もっと嫌!!」
「藍・・・離れて。」
「それも嫌!!」
そして藍は唇を重ねてきた。
もうこの行為も当たり前のようになってきていて否定することさえ忘れかけている。
愚かしいことに。
そんな自分に腹立たしくなってきて、私は藍を強引に引き寄せた。
「貴女の言う運命ってこういうことなの?」
藍をソファに押し倒す。藍はじっと私を見つめて少しの間黙り込んだが、すぐに私の首に手を回して言った。
「うん、そう・・・たぶん・・・きっと、そう。」
それから私たちは雪崩のように一気に押し流れたのだった。
夜。
美紀が帰ってきて、夕飯の片付けをしていると。珍しく美紀が片付けを手伝うと言ってきた。
今日は早く帰れたから少しでも手伝うとのこと。
キッチンにでかい女が二人並んで洗い物をする。
特に会話がなく、無言で、それも別に良かったのだが、何となく私は朝の藍との会話を思い出して美紀に尋ねてみた。
「貴女は・・・運命とか信じるの・・・?」
すると私の口からそんな言葉が出たのがよほど意外だったのか、美紀は目を丸くした。
「運命!?どうしたんですか!?急に!?」
それもそうだ、急に・・・しかも私なんぞがそんな言葉を言うなんて・・・私はごまかすようにちょっと嘘をついた。
「い、いや・・・今朝、藍が、美紀が藍の運命だって言っていたから。」
すると美紀は嬉しそうな顔になった。藍は表情が読みにくいが、美紀は概ねわかりやすい。
「藍が?そんなことを?」
「ん・・・、うん。」
「私も信じてるよ。私だって藍は私の運命ですよ。初めて会った時から分かったんですよ。藍と一緒になって。ずっと守っていくって。へへっ。」
嬉しそうに話す美紀の言葉に嘘はないだろう。そして藍は美紀といたほうが幸せなのだろう。
私といるよりも。
私はそんな美紀の言葉に「そう、なら藍を大事にしなさいよ。」とだけ言った。
そんな言葉も珍しかったのか、美紀は少し驚いていたが、すぐに笑って「もちろん!」と答えたのだった。
しかし次の日の朝、美紀が出かけてからも、藍は私の気持ちなどつゆ知らず抱きついてくる。
今まで私は、もう終わりにしよう再三言ってきた。だがどこかその中に期待感があった。だが今日は違う。本気で藍を否定した。
敏感な藍はそれに気づき焦って私の服の裾を掴んできた。まるで、藍と私が恋人かのように。
「ねぇ、どうしたの?私、何かした?何か、戀さんの気に入らないことした?」
その必死な姿は、いじらしいものがあり心が疼いたが、そんな気持ちを振り払い、冷たく接する。
「違う。ただ、おかしいでしょ。こんな関係。藍には美紀がいる。十分じゃない。やめよう。こんなこと。」
すると藍は、振り払う私の手を払い除け、腕にしがみつく。
「美紀ちゃんに何か言われたの?何か気づかれたの?」
「そうじゃない。そうじゃない・・・だけど、こんなことしていたらいずれ気づかれるだろうし、何より・・・。」
「いやっ!!ねぇ、バレていないならいいじゃない!!ねぇ、そんなこと言わないで、そんなひどいこと言わないで・・・。」
涙目になって言う藍を見て、なぜそんなこんな馬鹿げたことに真剣になれるんだろうという冷静な気持ちと、どうしようもなく愛おしい気持ちが混ざり合って心が熱くなった。
心が熱くなる?
そう・・・湧き上がる気持ちが抑えきれない・・・。
・・・おかしいのは藍だけだと思っていたが、私もどうやら相当おかしくなっているらしい。
気づきたくなかったから今まで遠ざけようとしていただけなのか?
「藍・・・。」
「美紀ちゃんも好きなの。でも戀さんとの関係終わりにしたくない。したくない・・・。」
こんなにも私にすがるくせに、この期に及んでまだ、藍は美紀が好きだと私に言う。
私は悔しくなった。藍の全てを自分だけにしたい。
美紀の方が藍を幸せにできる?
そんな善人ぶった気持ちなんてその時の私には全く持ち合わせてなかった。
藍、藍、藍。
藍は私だけを見てればいい。少なくとも美紀がいない、今だけは。
私は藍を押し倒した。
そして今までにないくらい強引に藍の唇に食らいつく。
「戀っさ・・・ん・・・んっ・・・!」
藍もそれに応えるかのように、腕を回し、今度は私の首筋に口づけた。
熱い。
ただ熱い。
何かがおかしくなった、そんな日だった。
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