第2話
しばらくして。
夕飯の準備ができたので、二人がいる部屋に行ってみる。
二人は使っていない二階の部屋に押し込めることにした。少々かび臭いかもしれないが、凍死するよりはましだろう。この部屋なら暖房器具を取り付けていたし。
そう思ってノックして二階の部屋のふすまを開けると私は絶句した。
なんと、美紀と藍がキスしているではないか。
なんてのんきな二人だろう。いや、突っ込むべきはそこじゃない。私が唖然として立っていると、藍が髪を整えながら美紀を突き放す。
「・・・だから、やめてって言ったのに!!」
「いや、このタイミングで来るとは思わなくて。」
美紀が頭をかく。そしてこちらを見て、あははと笑った。
「隠しても無駄でしょうから、言いますけど、私たち恋人同士なんです。」
まぁ・・・友人でこんな辺鄙なところまでついてくるなんておかしいとは思っていたが。恋人とは。
「軽蔑する?追い出す?」
藍がまたあの上目づかいで私に訴えかける。
「・・・いや、驚いたけど、軽蔑は・・・しない。恋愛なんて人の自由だ・・・から。」
芸術家仲間にはそんな人たちは多いし、私は別に他人の恋愛ごとにケチをつけるような人間じゃない。気にはしてないのは確かだ。だからといって、堂々と見せつけられるのも困るが。
「よかった。理解のある人で。藍は、私が無理言って連れてきたんです。暫くは私が養ってやるからって。」
そう言って美紀は藍を引き寄せる。藍も満足そうに笑顔で「そうなの。」と頷く。
本当に、厄介なものを巻き込んでしまった。
そう思いながらも私は二人を食卓へ案内した。
「美味しい!」
「あまりいいものは作れないけれど。」
魚の煮つけと味噌汁くらいしか出せなかったが二人は概ね満足そうである。
藍はよかったねと美紀に微笑みかける。
美紀も私のおかげと調子に乗って藍の頭を撫でてやっている。
何が、私のおかげだ・・・。全く、被害をこうむっている私のことを考えているのだろうか彼女たちは。
するとこともあろうか美紀はこんな奇天烈なことを言い出した。
「あのぅ・・・こんなにお世話になってて申し訳ないんですけど。やっぱり、しばらく、ここに居させてもらえません?落ち着くまで同居させていただきたいんですけど。」
「はぁ!?」
私は思わず箸を落とす。
「み、美紀ちゃん!?」
「もちろん、家賃は払いますし、これからは交代で夕飯も作ります。今から家さがしというのも難ですし、こんなに私たちのこと受け入れてくれてるし。」
いや、そんなに受け入れたつもりはない。
「見ず知らずの土地でやっていくのに不安で、慣れるまで居させてください。いい物件が見つかったら出ていきますから。ね?藍もそのほうがいいだろ?」
断ってくれ。藍をそんな目で見たがやはり、恋人の意見を尊重するらしい。藍はうんと頷いて手を合わせて美紀と一緒に懇願しだした。
「確かに、美紀ちゃんの言うとおり!!なんか住みやすいし、ここ。お願いします。昼間、私、掃除とかしますから・・・!!お願いします。」
どうしてこうなる。
人と関わるのが最も嫌いな私がなぜこんな羽目になる。
しかし、ここまで言われて断ることも私にはできなかった。鬱陶しいという以外は特に断る理由もなかったからだ。多少鬱陶しいが、藍は仕事をしていないようだし、私が昼間絵を描いているとき家事をやってくれると助かるのは事実だ。
「・・・できるだけ早く家を探してよ。あくまでも一時的だから。」
と言ってやると、また二人は手を合わせて騒ぐ。
「ありがとうございます!!よかったね、藍!!」
「うん!!よかったね!美紀ちゃん!!」
なんて前向きな子なんだろう。尊敬に値する。少し呆れてみていると、藍はそれに気づいたのか、笑ってぺこりと頭を下げた。少々気まずかったので、私は目を逸らし、ご飯を食べだしたのだった。
一騒動も落ち着いて、深夜。
アトリエとして使っている部屋で絵を暫く描いていたが、なんとなく疲れたので今日はもう描くのをやめようと、絵筆を止めた。
はぁ・・・とため息をついて部屋を出ようとしたとき、誰かにぶつかった。「藍・・・?」
それは藍だった。
「こんなところにどうしたの?何か用?美紀は?」
「美紀ちゃんは寝ちゃった。私は、なんとなく眠れなくて水飲もうとしたら、電気がついている部屋があってきてみた。そしたら・・・。」
「そう。」
藍は私の立っている隙間から部屋の中をのぞく。
「すごいね、ここで絵を描いているの?さっき話で聞いたけど、本当に絵描きさんなんだね。」
「えぇ・・・。それより、キッチンにでも行く?お茶でも入れるよ。」
「本当?嬉しい。」
私は藍をキッチンに連れて行く。
ストーブはすでに消えていて寒かったので、もう一度ストーブに火をつけた。部屋がぬくもるまでそこら辺にかけてあったジャケットを藍にかぶせてやる。
「美紀ちゃんもおっきいけど、戀さんもおっきいね。」
そう言って藍は笑ったが、私はどう返せばいいのかわからず、そう・・・言って藍に背を向けお湯を沸かした。
藍は立ち上がると、横に立ちじっと私の顔を見る。
「戀さんって、なんかかっこいいよね。私の好みかも。」
何を言い出すかと思ったら・・・。私は呆れて言葉を返す。
「美紀がいるでしょ、貴女には。」
「うん。美紀ちゃんは特別。でも戀さんもかっこいいの。戀さんは私のこと嫌い?」
「・・・そんな、一日で好きも嫌いもわからない。」
「うーん。ストイック。こうやったら、大体、女の人って落ちるのに。」
何を考えているのかわからないが、藍がつまらなさそうに言った。
「そういうことは私以外の女でやって。」
「残念。」
そう言うと悪びれるそぶりもなく藍はぺろっと舌を出した。
なんなの・・・そう思いながら丁度沸いたお湯を茶瓶に入れて、カップに注いでやる。
藍はカップに触ると、熱いと手を放した。
「そんなに熱かった?」
「手が冷たかったから。」
「まだ寒い?」
だいぶ温もってきたが確かにうすら寒い。ストーブの火加減を見ようと手を伸ばしたとき藍が私の手をつかんだ。その手は氷のように冷たくて、でも普段から暖かい私の手にはどこか心地よいものだった。
「いい。戀さんが暖めてくれればそれでいい。」
藍がぎゅっと私の手を握る。藍の冷たい体温が伝わってくる。
なのにその体温に反して熱っぽい目で私を見つめる藍。
「・・・・・。」
一瞬、雰囲気に呑まれかけて黙り込んでしまったが、何をしていると思い直して、慌てて藍の手を振り払った。
「大人をからかわないで。」
すると藍もいつもの表情に戻り、口をとがらせて言った。
「私も大人だよ!」
「いいから、それを飲んだら早く寝て。」
そう言って藍の頭をポンポンと叩いてやると、私はキッチンを後にした。
それから藍がどうなったかは知らないけれど。
一体何だったのだろう。
女を口説く癖でもあるのだろうか。だとしても、そんな子供の遊び私は引っかからない。するなら、もっと浮かれた子にでもやってよ。
そう思っていたのだ。
一か月前。藍たちが来たときには。
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