第83話

 騎士団見習いになってから二ヶ月が経った。12才になると同時にレベルが一つ上がった影響は僕の心を軽くした。


 辛かった訓練も相変わらず大変だけどステータス値上昇の影響か随分と楽になっていた。領軍部隊長コンドは僕の変化に驚いている様だった。


 領軍の兵士達は厳しい訓練に耐え続ける僕の姿を見ていて何か思う事があったのか表立って僕を蔑む様な事を口にしなくなった。相変わらず僕に向けられる視線には侮蔑が込められている様に感じるけど理由は分からない。


 礼儀作法や歴史の学習については一ヶ月を少し過ぎた頃に免除となった。騎士団見習いとして必要とされる知識を全て習得出来たと判断されたようだった。


 これについても騎士達に随分驚かれたけど、免除された代わりとして訓練時間が伸びてしまい更に大変になってしまった。


 馬の世話については相変わらず上から目線の馬達だけど、一生懸命お世話していたおかげか最近は僕が移動なんかをお願いすると、しゃあねぇな、とでも言ってそうな目で僕の言うことを聞いてくれる馬が数頭現れた。


 それと大きな変化として同じ騎士団見習いの先輩ガルグと少しだけど話をする様になった。馬に言う事を聞かせようと毎日悪戦苦闘していると、ある日ガルグの方から話しかけて来てくれて助言をもらった。それから会う度に二言三言話をする様になった。どうやらガルグは人見知りする性格で話をするのが苦手って感じだ。


 辛い、逃げ出したい、そんな気持ちはふとした時に心から湧き上がってくる。だけど少しだけ自分の中に生まれた余裕がそれを抑え込み前向きに変えてくれていた。今日頑張ろう、この一瞬を頑張ろう。父ちゃんと母ちゃんと幸せになる為に。



「馬はさ、人の気持ちに敏感なんだ。怖がっていたりするとどんどん調子に乗ってくるぞ」


 馬の世話にも随分と慣れてテキパキと作業をこなせる様になった。大体の馬達も言う事を聞いてくれる様になったけど例外がいる。


 厩舎の中でも一際ガッチリしている二頭の馬は未だに全く言う事を聞いてくれない。団長と副団長の馬らしい。


 僕が近づくと鼻息を荒くしたり噛みついてこようとするのが副団長の馬で、僕の事を完全に無視していて近づいても微動だにしないんだけど体に触ろうとすると蹴ってこようとするのが団長の馬だった。飼い主ってか、持ち主によく似てるわコイツら、ほんと。


 副団長の馬と睨み合っているとガルグが近づいて来て助言をくれた。要は怖がるなって事だと思うけど中々どうして馬は体が大きいからなぁ。特にこの二頭は威圧感が凄い。伯父さんの馬のチルルが懐かしい。可愛かったぁチルル。


 睨み合って先に進まない僕を見かねていつもの様にガルグが世話を代わってくれた。馬達はガルグの言う事はすんなり聞く。なんか腹立つなぁ。


 ガルグの補助に回って作業を行なってた時、以前から疑問だった事を尋ねてみた。


 「ガルグさん、前から気になっていたのですけど騎士見習いってガルグさん以外の人達はどちらにいらっしゃるのですか?」


 ガルグは急に僕に振り返った。


 「ネールは何も聞かされていないのか?」


 「えっと、どういう意味でしょう?」


 「いや、いい。聞かされていないのであれば俺からは話せない。騎士見習いは俺とお前の二人だけだ」


 えっ?どういうこと?って思ったけど、この話はこれで終わりだと言わんばかりにガルグは僕に背を向けた。気になる、気になるけどこれ以上はやめとこう。知らなくていい事は知るべきじゃないと思う。


 馬の世話を終えてから、宿舎の清掃、騎士団演習場の整備、昼食を取った後は領軍の演習場へ向かった。相変わらず周りからの視線が冷たい。


 部隊長のコンドの所に行くと今日から訓練内容を変更すると言われた。武器を使っての対人戦闘の訓練に移るとの事だった。


 訓練では木製の武器を使うとの事で用具置き場から好きな物を選べと言われ、隅っこに置かれていた棍棒を手に取ると近くにいた兵士達に笑われた。


 うん、なんだかしっくりくるな。これを持つとマチカネ村の森で魔物と戦っていた時を思い出す。誰に笑われようと何を言われようと今の僕にはこれなんだと思う。ふと視線が気になってそちらを見ると真剣な顔つきのコンドが僕をじっと見ていた。


 コンドの指示で呼ばれた一人の兵士と手合わせする事になった。急所以外であれば遠慮なく打ち込めとの事だった。


 鑑定するまでもなく目の前の兵士は平民だろう、見た目の見窄らしさ以上に卑屈な雰囲気とその下びた笑みが印象的だった。


 兵士は手に持つ木剣を構えた。下びた笑顔を崩さず剣を振りかぶった。......隙だらけなんだけど打ち込んでいいんだろうか?まぁ、怒られるのは今更だし、と思って木剣を高く振りかぶった兵士のガラ空きの土手っ腹を叩いた。


 叩いた後反撃を警戒して素早く二歩程後ずさって距離を取り棒を構えたけど反撃が来ない。来ないどころか目の前の兵士は呻きながらその場で蹲って動かない。


 近くで訓練している兵士達がざわついた。あんなガキが?嘘だろ?農民の子供って噂は間違ってんじゃないのか?なんかヒソヒソと聞こえて来たけど、コンドが次の兵士を指名するでかい声でかき消された。


 「次っ!」指名された兵士が僕の目の前に立った。結果、また目の前の兵士が蹲った。


 「次っ!」蹲る。

 「次っ!」蹲る。

 「次っ!」蹲る。

 「次っ!」蹲る。

 「次っ!」「次っ!」「次っ!」......。


 結局26人と手合わせし、その全員が蹲った。


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