第82話
「おっ!気がついたみたいだな」
目を覚ますとアドルがいた。どうやら医務室に寝かされていたようだ。体を起こそうとしても体のあっちこっちが痛んで起き上がれない。
「とりあえずこの後予定してた礼儀作法の学習は中止にしたから」
明日もあるんだからゆっくり休んでおきな、と言った後アドルは部屋を出て行った。明日も、か......。
翌日も早朝よりガルグと一緒に馬の世話を行った。相変わらず馬は僕の言う事を聞いてくれない。
昼食を取った後、昨日とは違い礼儀作法を習うことになっていた。算術については不要だとアドルから副団長に進言があり、算術の時間を取り止め礼儀作法に充てる事になったらしい。
アドルとは別の騎士から挨拶の仕方や貴族間での仕来り等を学んだ後、歴史について学んだ。
その後は、僕一人で領軍の演習場へ向かった。理由は分からないけど周りからの冷たい視線を受けながら部隊長の所まで行き、昨日と同じように怒号を受けながら走り、鎖を振り、意識が無くなるまで訓練を行った。
次の日もその次の日も更にその次の日も変わらない、長い一日を繰り返した。辛い、苦しいと言う気持ちは段々と心を重くしていった。
朝起きて部屋を出る時、扉のノブに手をかけるのを一瞬、躊躇する。
一瞬だった躊躇が徐々に数秒、数分に伸び日を追うごとに扉を開けたくない、逃げ出したいと言う気持ちが膨らんだ。
訓練で疲弊した頭と体はその他の事にも影響を及ぼしていた。
訓練でまた吐いてしまうのではないかと言う不安で食事が喉を通らなくなり殆ど食べられなくなった。
馬の世話は上手くいかず、言う事を聞かない馬の目にイラつきを覚えた。
騎士から教わる礼儀作法や歴史について全然頭に入らず騎士から叱られる事が増えた。
領軍の演習場へ向かう距離が短く感じられ一歩踏み出す毎に憂鬱さが増していった。周囲の目、怒号、体への負荷、それらは僕に強くストレスを与えた。
なんでこんな事しないといけないんだろう。なんで僕がこんな目に遭わないといけないんだろう。
考えても考えても考えても、いくら考えても鈍った頭では答えは見つからず、ただただ時間が過ぎるのを耐え忍ぶだけの日々を過ごした。
騎士団見習いになってから十日程が過ぎた。一日を終え、這う様に自分の部屋に入り、倒れ込む様にベットに身を投げた。限界だった。
ただただ苦しい、辛いといった気持ちがぐるぐると頭の中を回った。逃げたい、逃げ出したい。だけど、父ちゃん母ちゃんの顔を思い出した。逃げたい、逃げられない。
今逃げ出せば父ちゃん母ちゃんを少しでも楽にさせて上げることが出来ない。お世話になった叔父さんや獣人親子に顔向けできない。だけど......。
「父ちゃん、母ちゃん、会いたいよぅ」
冷たい涙で濡れたシーツの感触を頬で感じながらゆっくりと目を閉じた。
体の異変を感じて目が覚めた。まだ夜の深い時間だと思う。辺りは暗く静かだった。
ゆっくりと体を起こしたけど、寝る前に体にまとわりついていた痛みや怠さ、火照りなんかがなくなっていて、体が軽い。その影響なのか頭もスッキリしていた。一体どうしたんだろう?
name:ネール
age:12
job:農民 (29/100)
lv:38
exp:2748/726000
skill:投石lv.3 棒術lv.3
HP 77/77
MP 0/0
STR:58
VIT:49
INT:19
RES:17
AGI:38
DEX:40
あっ、そうか、今日は誕生日だったんだ。
少しぼっーとしてふと自分を鑑定してみた。一才年齢が上がって、それに合わせてレベルも一つ上がっていた。体が軽くなったのはレベルが上がった影響だろうか。
なんだか嬉しかった。レベルを上げて魔物を倒してお肉が食べたかった。レベルを上げて父ちゃん母ちゃんを守れるようになりたかった。今は父ちゃん母ちゃんの為に騎士団見習いになって働いてお金を稼ごうとしている。父ちゃん母ちゃんの為に。
そうだ、そうだった。僕には僕なりの理由があってここにいる。少しづつだけど、一歩進めているんだ。辛くて苦しいけど時間は過ぎていく。頑張ろう、頑張ろう。父ちゃん母ちゃんと一緒にまたマチカネ村で農家をやって、幸せに。頑張ろう。
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