第63話

 センテの町を出てナチェス河を目指して歩き始めた。サーロスに抱っこされてるメルルは朝から不機嫌だった。


 昨日の晩御飯を僕と一緒に食べたかったみたいだけど寝過ごして一緒に食べられなかったのが原因みたいだ。


 お父さん何で起こしてくれなかったの!とサーロスにめちゃ怒っていたらしい。塞ぎ込んでるメルルは時々思い出したかの様に抱っこされたままサーロスの肩をぽこぽこ叩いては、うーっと唸り塞ぎこむを繰り返していた。


 苦笑いするサーロスからナチェス河について聞かされた。


 「大きな河なんだが流れが緩やかで舟に乗っても殆ど揺れないから安心しろ。少々の雨でも問題ないしな」


 サーロスは曇り空を見上げた。舟については定期の便はなく河で魚漁を生業とする漁師にお願いして小舟に乗せてもらい渡るそうだ。


 河の両岸には村とまでは言わない規模だけど集落があって主に漁師が住んでるみたい。


 集落の中には商店や立派な宿泊施設もあるそうだが特に宿泊施設については料金がバカ高いらしく主に利用するのは貴族だったりするとの事。


 そしてしばらくして、遠くに河の水面といくつかの建物の姿が見えた。後ちょっとだなと思っていると、ポツポツと雨が降ってきた。


 めんどくさいなぁと思いつつ、急いでポンチョみたいな合羽を袋から出して羽織り、次第にぬかるむ道を進んだ。





 河岸に到着した頃には雨は本降りとなり辺りには誰もいなかったけど、ぬかるんだ地面にはいくつか不自然に何かを引きずった後があった。雨が強く降ってきたから急いで舟を陸に上げたのかな?


河幅は随分と距離があるみたいだけど雨が邪魔してよく見えない。サーロスが言うには向こう岸にも集落があるそうだ。


 「うーん。これだけ雨が強いと、もしかしたら舟を出してもらえないかも知れないな」


 雨を鬱陶しがるメルルを気にしつつサーロスは辺りを見回した。


 取り敢えず誰かに聞いてみるか、とサーロスは建物の扉をノックして回ったが反応がなかった。どの建物からも人の気配が感じられず、暗い。


 ふと、地面の引きずった跡が目についた。複数の跡は一つの建物の入り口の方へ集まっている。


 サーロスもその跡に気づいた様で、あそこなら誰かいるんじゃないかと、その建物に近づき扉を叩いた。すると扉が開いた。


 「あの、なんでしょうか?」


 半開きの扉からこちらを覗くように男が顔を出し尋ねてきた。扉の隙間から視線を中に向けたが暗く、部屋の中の様子は分からない。


 「ああ、すまない。実は河を渡りたいのだが舟を出してもらえないだろうか?」


 「舟......ですか?こんな雨で?無理です」


 そっけない態度の男に、そこをなんとかお願い出来ないだろうかとサーロスは申し訳なさそうな声で言った。


 だけど、声とは対照的にサーロスの顔は何故か険しく、眼光鋭く、お世辞にも人に物を頼む態度、表情には見えなかった。


 抱いていたメルルをゆっくりと下ろし横に付く僕の方へ預けた。


 「舟は無理です。お引き取りを」


 男は扉を閉めよとしたがサーロスが、ガッと扉を掴んでそれを拒んだ。


 「まぁ、そう言わず。頼むよ」


 男は静止した。男はゆっくりと部屋の暗闇に溶け込む様に顔を隠した。そして男の顔があった場所から何かが飛び出してきた。


 それが男が突き出したナイフだと気がついたのは、突き出されたナイフをサーロスが躱し、その腕を掴み背負い投げをして僕の目の前の地面に叩きつけられた男の姿を見てだった。


 一瞬の出来事で何がなんだが訳がわからず混乱したけど、背にいるメルルが僕の合羽をぎゅっと掴んだ感触で我に返り、混乱しつつも何か異様な出来事が起きている事に警戒した。

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