99.9%の確信

だい

さよなら

 私には好きな人がいる。


 その人とは、高校の入学式の日の朝に通学路で出会った。

 自転車のチェーンがはずれて困っていた私に声をかけてくれた。


「どうしたん?大丈夫ですか?」


「え?えっと、あの、チェーンが外れたみたいで。」


「あ~…、それ、俺直せます。」


 外れたチェーンを歯車に引っかけ、ペダルを手でまわすと簡単に直った。


「これ、だいぶチェーンがゆるんでるから、自転車屋さんに持っていってちゃんと直してもらった方が良いですよ。」


「あ、ありがとうございました。ごめんなさい、手真っ黒…」


「ん?あ~これくらい大丈夫です。じゃ、お先に。気をつけて。」


 そう言って彼は行ってしまった。

 その時の彼の笑顔は今でもよく覚えている。


 同じ学校の制服だったので、もう一度会ってきちんとお礼を言いたいと思っていたら、なんと隣のクラスの同級生だった。

 何度も声をかけようとしたけど、彼は全然私のことに気付いていなかった。



 休み時間やお昼休み、私は頻繁に隣のクラスの仲の良い子に会いに行き、こっそり彼のことを見ていた。

 彼は、男女関係無く誰にでも優しかった。

 重い荷物を運んでいる女子がいたら、当たり前のように持ってあげてたし、おとなしくて皆から浮いている男子がいたら話しかけに行って皆の輪に入れてあげたりしてた。


 1年の間は、そんな感じで遠くから見ているだけで精一杯だった。

 彼のことを観察すればするほど、どんどん意識しすぎてしまって話しかけることが恥ずかしくなってしまったから。



 2年になった時、彼と同じクラスになれた。

 奇跡が起きたと思った。と同時にこのチャンスを逃したくないと思った。


 これまた奇跡的に、彼と仲の良いグループの女の子の一人が私と同じ中学出身で、よく知っている子だった。

 その子と仲良くなり、グループの一員として彼、大地と友達になれた。


 最初はガチガチに緊張して、話しかけることができなかった。けど、彼はやっぱり優しくて話し上手で聞き上手で、すぐに彼の前でも普段通りの私になれた。


 相変わらず、大地のことばかり目で追ってしまっていたけれど「憧れ」が「好き」に変わったんだと自覚した頃、大地もある人のことを見ていることに気が付いた。



 今年から同じクラスになった優ちゃん。女の子の私から見ても、可愛くて性格も良くて、魅力的な人だった。

 何かの話の流れで、大地と優ちゃんが幼なじみだということは聞いていた。だから幼なじみとして、他の人達よりも少し気にかけているのかな、やっぱり大地優しい、好き。なんて考えていた。


 ところが、優ちゃんのことを目で追っていて、目が合いそうになると慌ててそらす。無意識にボーっと見ていて、ふと我に返って目をそらす。他にもいろいろ…この行動パターン、私と同じだ…。疑惑はどんどん膨らんでいった。


 そして、高校2年のバレンタインデー。

 この頃には、大地とはふざけあって軽く叩いたりするくらいのボディタッチもできるようになっていた。

 私は覚悟を決め、バレンタインというイベントに乗じて、大地に告白しようと決めていた。


 放課後、先に帰ってしまった大地を追いかけて校門を出たところで決定的なものを見てしまった。

 優ちゃんからチョコを受け取る大地。このチョコにどんな意味があったのかはわからない。でもこのあと二人が付き合ったりしたわけじゃないから義理だったんだと思う。

 問題は、チョコを受け取った時の大地の恥ずかしそうな嬉しそうな笑顔。

 優ちゃんが帰った後も一人ニヤニヤしながら大事そうに貰ったチョコをしまう姿。


 あ〜そうか…。やっぱり大地は優ちゃんのことが好きなんだ。


 疑惑は確信に変わった。


 でも、と少しポジティブに考えてみる。

 大地に確認してないし…いや、できないけど…、確信は100%じゃない。99.9%かもしれないけど、賭けてみる価値はあると思う。でも、それは今じゃない、うん今じゃ無い。


 あんな光景を見たあとで、覚悟が揺らいだ私は、自分に都合の良い解釈と変な言い訳をして、告白を先延ばしにした。チョコは渡したけど。友達として…。




 そして、あっと言う間に高校3年の3学期。3学期は実質1月いっぱいで終わりだった。


 卒業までの残りの期間、大学入試を控えている人達は自宅や学校で受験勉強の最後の追い込みをすることになる。



 推薦で東京の大学への進路が決まっていた私は、引っ越し準備を進めていた。


 学校へ行かなくなったせいで、友達、特に大地と会うことがほとんど無くなってしまったのは寂しかった。


 2月13日。もう時間が無い。

 先延ばしにした覚悟をもう一度決めるしかない。

 携帯を持ったり置いたり、電話帳を開いたり閉じたりを繰り返し、やっとの思いで発信ボタンを押した。


「はいはーい。久しぶりー。」


 大地はすぐ電話に出た。


「もしもし、大地?久しぶりって、まだ2週間もたってないと思うんですけど。」


「いや、なんか、学校にも行ってないし、みんな受験前で、誰とも会ってないし、電話するのも久々で。」


 大地は、大阪の専門学校に行くことが決まっていた。


「その状況、私も同じなんやけど。」


 いや、同じじゃない。私は…。


「えっと…、早速本題。明日って空いてる?」


「うん、明日はバイト休みで1日フリー。」


「じゃあ、ちょっと渡したい物もあるから、会える?」


「オッケーオッケー。他にも誰か呼んで遊ぶ?」


 え?それは困る。


「あ~…、ゴメン。明日は2人だけがいいかな。私があんまり時間がなくて。」


「うん、了解。」


 待ち合わせの時刻と場所を決めて、電話を切った。



 2月14日の午後1時。待ち合わせ場所である、通学路の途中の川の土手へ向かう。

 3年前、初めて大地と出会った場所。

 


 待ち合わせ場所には、先に大地がいた。姿を見た途端、覚悟がゆらぐ。

 しっかりしろ、里穂。


「お待たせ。相変わらず時間はきっちり守る男なんやね。」


 そう言って大地の隣に座った。


「待たせるより、待つ方がいいからな。」


 温かいミルクティーを渡しながら大地は言った。


「わ、ありがと。…何て言うか、そういうトコやねんな、やっぱり…」


「え?なんて?」


「何でもない、何でもない。独り言。」



 ペットボトルのふたを開け、ミルクティーを1口飲んでからフーッと息を吐き出し、私は話し出した。


「今日は、大地にちゃんと話したいことがあって。」


「うん。…うん?話し?」


「私が大地と遊ぶようになったのって、高2くらいからやん?」


「うん。そうやったな。」


「でもな、でも、私は1年の頃から大地のことは知ってた。」


「え?俺ってそんなに有名人やった?」


「あはは、違うって。…は~、やっぱ覚えてないか…。ここを待ち合わせの場所にした理由わかる?」


「………いや、全然。」


「入学式の日の朝、私と大地ここで初めて会ったんやで。」


 大地はあっという顔をして、

「えっ?えっ?あれって里穂やったんか?ゴメン、今まで完全に忘れてたし、全然気付いてなかった。」


「もうっ!まぁ、そういうトコ大地らしい。誰かに優しくしたことをいちいち覚えてないくらいみんなに優しくて…。」


 そう、大地はみんなに優しい。私にだけじゃ無い。


「どうした?」


 俯いてしまった私の顔を大地が覗き込もうとした。

 泣きそうな顔を見られたくなくてスッと立ち上がり、大地の後ろにしゃがんだ。


 そして、大地の上着の裾をぎゅっと掴み、涙を必死にこらえて続きを話した。


「私、もう1回ちゃんとお礼が言いたかったんやで。制服で同じ学校の生徒やっていうのはわかったけど、学年も名前もわからないし。」


「名乗るほどの者でもないから。」


 脇腹をつねってやった。


「でも、すぐに見付けて、同じ学年ってわかって。でもでも、大地は私とすれ違っても全然気付いてくれなくて。」


「…。」


「でね、悔しいから、これはもう大地と友達になるしかないって思って、いろいろ頑張って、2年になってからやっとつながりができて…。」


「そうやったんか…。」


 もう、止まらない。

 想いが一気に溢れ出す。


「うん。…ううん、違う。本当は友達になりたかったじゃない。馬鹿みたいって思うかもだけど、あの時、入学式の朝に大地に一目惚れした。それからずっと片想いしてた。大地の彼女になりたかった…。」


 大地の背中に、トンとおでこをくっつける。


「ずっと…ずっと、大地の、ことが、好き、やったん、やで。」


 その声はもうとぎれとぎれで、涙声で最悪だった。3年分の思いを込めて、しっかり顔を見て伝えたかったのに…。



 私が落ち着くまで、しばらくそのままでいてくれた。



「里穂。」


「うん?」


「ごめんな、鈍感な俺で。」


「ホントに。私結構、振り向かせようと頑張ってたと思うけど?」


「ははは、今から思えば、思い当たることはあるかも…。里穂が真剣な気持ちを伝えてくれたから、俺も真剣に伝えようと思う。」


「うん。」


 いつまでも、大地の背中に逃げてたらダメだ。

 私は大地の背中からおでこを離して立ち上がると初めと同じ位置、隣に座った。


「里穂の告白、すごい嬉しかった。大げさかもしれんけど、俺の生き方間違ってなかったなって思った。」


「生き方とかまでいうと、すごく大げさ。」


「うん。誰にでもやさしいのって、八方美人とか言われてんのかなとか思うこともあった。でも、やっぱり間違ってないって自信持てた。」


「そこまで言われると、なんか、どういたしまして。」


 これって期待して良いのかな…。


 大地は私の目をしっかり見てはっきりと言った。




「でも、ごめん。里穂の気持ちには応えられない。」



「はぁ~。やっぱりダメか…。」

 奇跡は起こせなかった。

 ダメだ、また泣きそう。


 視線をはずして空を見上げ、

「理由はズハリ、優ちゃん?」

 と聞いてみた。


「うえっ!なんでそれを?」


 ものすごい驚きよう。本当に誰にもバレてないと思っていたのね。


「あのさ、私何年片想いしてたと思うの?大地のことは誰よりも見てるし、それに片想いしてると片想いしてる人が何となくわかる。」


「俺は全然わからなかったけど…。」


「だから鈍感。」


 バスっと軽めに肩パンチした。


「100%の確信があったわけではないけど、99.9%くらいはそんな気はしてた。」


「それは、かなりの高確率だと。」


「残りの0.1%にかけてみたんやけどね…。はぁ~ダメだったか~。」


 もう一つ、言わなければいけない事がある。


「私な、東京の大学行くやんか。」


「うん。」


「実はな、親も転勤で家族で東京に引っ越すねん。」


「え?」


「だから、最後に、もう失うものはないし、たった0.1%のかけができたんやと思う。」


「…。」


「もし、奇跡が起きて大地と恋人同士になったら、私は遠距離恋愛する自信は100%あったよ。」


「…。」


 バシッと、大地の背中に気合を入れる。


「しっかりしろ、大地。私は気持ちを伝えられて本当に良かったよ。大地の真剣な気持ちも聞けたし。」


 私はスッと立ち上り、大地のことを見下ろして


「次は大地の番。」


 大地も立ち上がる。私は右手を出す。大地が右手で私の手を握り握手した。


「それとこれ。上手くいったら本命になったんやけど…。私からの最後の義理チョコ。」


「ありがとう…。ありがとう。」


 最後は泣かない。笑顔で別れるんだ。


「楽しい思い出をいっぱいありがとう。じゃ、お先にね。気を付けて。」



 そう言って私は大地の前から去った。


 少し歩くと私の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった。振り向けない。

 下を向くとその場にうずくまってしまいそう。だから上を向く。




 本当は追いかけて来て欲しかった。嘘でもいいから、やっぱり里穂が好きだと言って抱き締めて欲しかった。

 だから、最後にもう一つだけ大地に伝えていない事がある。


 優ちゃんも大地のことが好きだよ。99.9%の確信がある。

 なぜなら、片想いしてると片想いしてる人がよくわかるから。


 鈍感な大地のことだから、成功確率0.1%なんて思ってるんだろうな。

 

 なにもしなければ0%。あとは大地が行動を起こすだけ。



 さよなら、大地。さよなら。


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