第26話 姫とギャルとアッセンブル
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SIDE:太田姫子
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瞬きする間もなかったかのように意識が戻る。
私の視界はボス戦部屋の扉の前だった。
「さ、さあ、やるよ〜……姫チ〜」
背後の風菜は……何故か疲れ気味。
こっちからするといざ最終決戦が始まったと思えばその直前にタイムリープしたような感覚なんだけど?
「ひとまず、何をしたのか説明してほしいな♡」
「まず、ボス戦中にプロロすると、1回ボス戦がなかったことになって戦闘直前のエリアに戻されるんだよね」
「それ、昔姫も試したことある〜♡ けどね〜、姫はどうして風菜ちゃんがそんなに疲れてるのか教えて欲しいんだ〜♡」
で、ここで状況を確認するまでは良かったわ。ええ。
「――ウチん家のホットプレートを運んできて、今姫チーの“PM4”を温めてる」
その答えはこれまで見てきたバグよりも遥かに意味不明で、
「は?」
としか返事のできない、私物に明確な危害が加えられているというおぞましい内容だったから。
「待ちなさい、私の“PM4”はお小遣いをやりくりして買ったものなのよ! それを壊すようなことするなんてどういうつもり!? 一応セーブデータは常時オンラインストレージに保存されるようにしてるからまだいいけど!」
「ごめんごめんごめん! バイトして弁償するし完全には破損はしないと思うから許して!」
「でもそうしないと私が勝てないって判断したのよね! 命より高いもんなんて無いんだから許すわよ!」
「キレながら許してくれる姫チー、なんか可愛いね。マジ卍」
「うるさい! 許された瞬間平然とギャル語使ってんじゃないわよ!」
「ぴえん」
命の瀬戸際になっても維持できていた姫モードがこんな形で崩れるなんて、現金にもほどがあるわね。
「コホン。それで〜、なんでここに戻ってるの?」
「ボス戦中にプロロしたらボス戦がなかったことになって部屋前に戻るってテクニックを使ったって感じ」
それに風菜はいつだって真剣だ。
気持ちと口調を切り替えてここから続く彼女の話をしっかりと聞こう。
「んでどうやって〈リビングデッド・エンペラー〉に勝つかについてなんだけど」
「なにー♡」
「この世界そのものを破壊するの☆」
「……そっかぁ」
なんと、風菜の出した結論はバグを起こしてどうにかするなんて生ぬるい内容ではなかった。
言っていることの意味か分からない。彼女の言動や思考を少しずつ理解していっていると思い込んでいたけど、それは単なる思い違いだ。
風川風菜は“リビングデッド・コンティネント”の全てを記憶しているある種の神のような存在。それをただの人間である太田姫子の知識程度で思考を理解しようなど
「オチは実物を見るまで取っておくね♡」
「おっ、それなら壊し甲斐があるある!」
だからこそ、目の前で起きることを見届けることを選んだ。風菜がやろうとしている悪行はもはやひとつの楽しみである。
なにより、間違いなく、そう割り切れるだけの冒険だって積み重ねてきたんだからね。
「それじゃあまず、“従者”を召喚しちゃおっか。3人」
そうして、風菜の世界破壊大作戦が始まった。
このラスボス戦前の周辺には、“従者”を召喚するための魔法陣が3つ地面に描かれている。
元々このゲームでの協力プレイ人数は召喚する側のホスト含めて最大4人までであり、最後のボス戦なだけあって彼ら全員から手を借りられるという配慮だ。
基本的にソロで戦うことにこだわった方がかえって敵の行動パターンを読めて楽だと言う風菜が、あえて彼らを活用しようとしているのは間違いなく『世界を壊す』なる言葉に掛かった理由が含まれているはず。
「よし、これでどう♡」
私は、連続して魔法陣に触れて“従者”を召喚する処理を行った。
召喚するのは、以前マッシュが憑依して手を貸してくれた“流離の剣士”ヤーギュウ、大きなとんがり帽子にローブを着た女性の魔法使いで遠距離支援に長けた“魔女”ハートゥカナダ、回復魔法ならなんでもござれな真っ白な服装で身を包む聖職者の“神官”ミマ=ゴウの3人だ。
皆、体の肉が焼け爛れた“屍人”であり、同じ立場であるプレイヤーに手を貸してくれる。私は“生者の姿”のままだけど。
恐らくヤーギュウにはマッシュが憑依するとは思う。もしかするとほかの2人にも何かあるかもしれないわね……。
なんとも言えない予感を覚えつつも、召喚の処理が終わるまで待つと、3人は一斉に喋り出す。
「んん、ここに来たってことは」
「マジじゃん、本当に“リビコン”の世界じゃねぇか」
「夢の異世界転生が叶ったぞー!!!!」
その声は、明らかに己の知る人物達だった。
ヤーギュウからはマッシュの大人しい声が、ハートゥカナダからはマシュマロ体型なガイアの声が、ミマ=ゴウからは勇ましいオルテガの声が聞こえてきた。
「やっべ、俺の体が女になってる」
「TSじゃん。“屍人”だからヨボヨボのバーちゃんにしか見えないけど」
「はいはい、真面目にやってくださいねー」
うん、そう、実際のところこいつら3人の仲の良さは相当で、3人寄るとずっと喋り続けられるザ・オタク同盟だ。
今思えばよくこいつらの関係に割って入ってるわね私……。
それはともかく、マッシュ自体は真剣に他2人をまとめる気みたいだから、ある程度は任せましょう。
「見てる限りもう私の事情も知ってそうな感じだけど、何かあったの〜?」
「はい! 僕の方で2人に全ての事情を伝えました。最初は信じてもらえるか心配でしたが僕自身あまり嘘を言う人間でもないのもあってかすんなり受け入れてもらえて、その間にもしかしたら3人揃って呼ばれるかもと思っていろいろ打ち合わせしてたんですよ」
マッシュは本当に優秀ね。
まさしく姫に忠実な
「あ、姫! リア充化おめでとうございます!」「以下同文!」
「だから生還するまでは付き合う訳じゃないって言ってるでしょうが!」
「えへへ、オタクくん達全員に認められてるなんて照れちゃうなぁ〜☆」
「あんたはあんたで真面目にやんなさい!」
流石に茶番気味な雰囲気になってきた。
話を戻して本題に移らなきゃ。
「コホン、ねぇ〜続きは部室で良くない〜?」
「「「「それもそうですね」」」」
その後は風菜とマッシュがうまい感じに落ち合って話をまとめてくれた。
「とりあえず何故僕達を召喚したかについてとか、その辺の現状を教えてもらえませんか?」
「あーそうだねー、例のバグをやるつもりなんだ☆」
「……全て理解しました」
話の中で、マッシュは妙に落ち着き出す。同様に、他の2人も少し引き気味。
恐らく私以外のみんなが知ってるバグで、それも余っ程ヤバいヤツをやるようね、覚悟しなきゃ。
「それじゃあ全員、準備はいいかしら?」
そうして私は、いい加減動かなきゃずっとぐだぐただべっている状態になりかねと考え、思い切ってもうラスボス戦を再開してしまおうと全員の意思を確認した。
「「「「イェーイ!」」」」
風菜までオタクくん達とノリノリで声を返す。
……やっぱりオタサーの姫よりオタクに優しいギャルの方が強いじゃないの! 今更予想が当たって悔しい!
まあいいわ、今から始まるのは正真正銘の最終決戦。
絶対に生還してやるんだから!
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