第25話 姫とギャルと悪あがき
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SIDE:風川風菜
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「あーもう、どうしてこうなるかな!」
そう叫んだときには、姫チーの部屋の前にいた。
当然部屋にはウチ1人。
ウチの方で一旦ゲームを終了させれば“リビコン”の世界から出られるというルールを利用して、一旦ゲームの世界そのものを止めた。
時計を見ている限りあれから2時間45分が経過している。
どうにも姫チーの家族はみんな出かけたようで、今の間は現実には何の問題も起きていないっぽい。
じゃあ、なんであのタイミングでゲームを終了させたかと言えば、今回のラスボス戦が全てにおいて予想外だったから。
ただ“ゲーム神”のリーオは、本来この力を他人からの手助け等に役立てて欲しいって旨で与えてくれたはずだし、利用しない手はないよね。
「よしっ、じゃあまずは何をするべきなのか決めよう」
少し大きな声で独り言をした。
自分しかいなくても声を出して目的を見失わない為の儀式のようなモノで、実は自分でゲームをやるときはこんな感じでいつも独り言を喋っている。ダメージを受けたらいちいち「痛い!」って言うのと同じ感じ。
考えろ、考えるんだ風川風菜17歳のイケイケギャル。
敵はDLCの追加ボスかつ対人戦のように人間が操っている。
覚えゲーには強い分、こういうプレイヤー同士の対戦要素はからっきし苦手で、AIに存在するルーチンを読んで戦うのとは訳が違う。
でも、何か手があるはずなんだ。
おそらく“リビコン”側はラスボス戦が〈リビングデッド・エンペラー〉に差し替わって処理されているだけに過ぎない状態。
だから、ウチにできることは……!
「よし、家に帰ってRTAを走ろう!」
そう、出来る限り姫チーと一緒に辿ってきた道をそのまま通る事に徹した安定チャートを走ってみればいいんだ。
ラスボス戦前に迂回して、DLCダンジョンへ出向いて、今の状態で何が出来るのかを考え直す。それだけじゃん。
いくら記憶力がいいからといって、自分が直接操作していないプレイは目に焼き付いても体には身につかない。大事なのは記憶じゃなくて体験だから。
だったら思い立ったが吉日。まずは自分の家へ帰ろう。自転車で来たので、事故らないように急ぎながら安全運転で。
***
自宅に到着すると、すぐに自室へ向かい、そこで“PM4”を起動した。
中にはちょうどリマスター版の“リビングデッド・コンティネント”のディスクが入っているから、すぐに遊べるんだよね。実は昨日も遊んでた。
コントローラーを握りながら気を引き締めて……なんて緊張感はいらない。
うん、そう、遊ぶんだ。姫チーが言った通り、ゲームは楽しんでもらうために作られているんだから。
ゲームが起動すれば早速『NEWGAME』を選択する。
初期クラスは〈ナイト〉にして、キャラの顔クリエイトは昔姫チーを再現しようと頑張った奴の各種パラメータの数字を覚えているからそれにしてゲームスタートだ。
ゲームが始まれば、早速草原地帯を走り抜けて〈屍人神殿〉へと向かう。
なら、直ぐにバグの時間だ。襲いかかってる〈神殿騎士〉は無視して壁に体を擦り付けながら走り、ジャンプをしたら壁をぬけて暗黒空間へ移動する。
「1.2.3.4.5.6.7……」
それからは口でカウントしながら数分間真っ直ぐに走り続ける。
「よし、今!」
そうすれば、プロロだ。
たどり着くは“屍石”を前にした石の前。なら、目の前にある宝箱2つを開けて【エンチャント・雷】と【逆転の指輪】を回収する。
あと、防具を全て外して全裸になっておこう。
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〈神殿騎士〉との戦闘だ。
HPを残り1割に調整してエンチャントもした、後は勢いで攻め切るだけ。
『神殿騎士撃破!』
『入手:1,000G、10,000デッド』
やっぱり弱攻撃連打で倒せるのでこのチャートの〈神殿騎士〉は楽でいい。
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〈蛇之巣塔〉へ移動した。
ここではまず、ドアを利用して硬直したまま無敵になるバグを使う。このバグがなくてもウチなら走り抜けられるけど、これは必要な儀式なんだ。
後、忘れちゃいけないのが【姫装備】の回収。
最悪防具なんて考えないで全裸のまま走り抜けてもいいけど、今は姫チーと一緒に歩んだ道にこだわりたいんだ。
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エンチャントしたこの状態で〈大蛇〉に落下攻撃を加えれば……よし、飛ばされてワープしてあっという間にAIが停止した〈八岐大蛇〉が目の前で棒立ちしている。
どれだけ大きくても、何も気にせず弱攻撃連打だ。
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〈雪の城〉のボスは位置調整をして、第2形態の飛び上がりでそのまま落下死させればOK。
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〈天界〉では、まず序盤は雑魚を走り抜けてスルーしつつジャンプ台を踏みつけ、〈大天使〉のいる神殿へと向かっていく。
敵と顔を合わせれば、攻撃の範囲外になる一定の距離を保ちつつ【火炎爆薬】を投げ続けてさっさと倒す。ここもウチの実力なら普通に【ロングソード】1本で倒せる相手だけど、大事なのは再現性だ。
〈大天使〉を倒せばステルスボディを使いつつ、その先の“屍石”に触れながらL1ボタンを押し込み続けチートコマンドを入力する。
ここでしか使えない隠しモードだけど、空を飛んでの移動の方が圧倒的に早いし楽なんだよね。
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〈大神殿〉のバグショートカットをやろう。
あーダメだ、姫チーにキスされたことを思い出してイマイチ集中できない。
でも、あの時は背後霊として肌が触れ合う感覚のないキスになっていたんだ。お互いに“生身の姿”で、今度こそ正真正銘のキスをするためにも、このチャートを走り抜けよう。
……よし、ショートカットも1発で成功した!
〈ラファエル〉戦は……“従者”召喚がマルチプレイに突然なったのもあって再現性がないんだった。ここだけは割り切ってソロで倒しきってしまおう。
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〈大神殿〉から〈深淵の中の深淵〉へ宝箱バグを利用して移動した。
このバグを最初に見つけてくれた“M”氏には感謝してもしきれない。なんてたってリマスター版限定のバグだから。普通はこういうところにバグがあること自体みんな想定しないんだよね。実際、ゲームの画質に加えて一部の仕様にアレンジがかかっているリマスター版のRTAの方が無印版より最速タイムが早いまであるし。
それで、このダンジョンはジャンプショートカットがあるので大体の面倒事はスルーした。
ボスの〈メリモとマラム〉は姫チーが音ゲー感覚で対処する術を見つけたように、ウチも敵の行動ルーチンを予測しながらノーダメージで押し切るだけ。第2形態の〈メリモマラム〉なんてほぼワンパターンだから何も怖くない。
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次のダンジョンの〈達人との決着〉も走り抜けて、ボス戦は行動ルーチンを読んで真面目に戦う。それでノーダメージクリアは簡単だ。
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〈屍人神殿(真)〉に到着した。
ここまでくれば、DLCダンジョンへ向かうだけ。
と言っても、DLCダンジョンへの移動は簡単で、ここに入ってすぐの“屍石”にはレベルアップやアイテム強化とは別に、
・更なる試練に挑戦する
という項目を選択できるので、これを選ぶことで1本に繋がった3つのダンジョンによって構成される“真の試練”〈ヴァールハイト・リビングデッド〉に挑戦することが可能になるから、実行するだけだ。
各ダンジョンに配置されたボスはどれも強力で、言うなればゲームをクリアできる実力を持つプレイヤーへのチャレンジステージ。
その中でも、最後に待ち構えている〈リビングデッド・エンペラー〉は本編のラスボスである〈ノーライフキング〉の同一グラフィックな強化版であり、強化された攻撃範囲やAIによって経験者でも苦戦必至な最強のボス。
しかもこのDLCダンジョンに配置されている“屍石”には常に本編のラスボス戦前の“屍石”に戻れる項目があるので、いつ諦めてもいいようにという配慮までついた高難易度ダンジョンとなる。
ま、ウチはDLCダンジョンだって隅から隅までMAPや雑魚エネミーの対処まで暗記している上にボス達も同様。今のステータスのままでクリアするぐらいなら簡単な作業にしかならないけどね。いぇーい。
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ゲーム開始から合わせて45分ほどで、DLCダンジョンを最後の〈リビングデッド・キング〉戦前まで進められた。
全てのボスを撃破するタイプのRTAでも、この区間は似たようなタイムで走れているので上出来だと思う。
後はこの先のボスを倒す。ただそれだけだ。
思えば、ウチはあくまで普通の人より記憶力が飛び抜けているだけで、本質的にゲームが上手い人間じゃない。
小学生の頃に“リビコン”に触れたとき、クリアするまでに死んだ回数が何百回という数字になるぐらいには。
死んで覚える。それこそがこのゲームの全てで、自分の実力はそれを繰り返した以上のモノではない。
クリアするまで心が折れなかったのは、常に死亡するときは必ず原因があるように作られていて、そこに理不尽な要素が何もなかったから。(ウチにとってはね)
死ぬ度にそのときの敵の行動パターンも、ダンジョンの構造から雑魚敵の対処方法から受け流し方も全て覚えて、とにかく必死にクリアした。そういう意味では、ウチなんて大して特別な人間というワケでもない。ただ覚えるのが得意なだけなんだ。
でも、今の自分ならこの先にいる〈リビングデッド・エンペラー〉も今このまま戦うだけなら苦労なく倒せる。結局、相手が人間による操作である点をどうクリアするかってだけなんだ。
今この場で姫チーと一緒に走った安定チャートを振り返った。その中にアイツを倒すヒントがあるはず。
……。
…………。
……………………………………………………………………………………そうか。
バグだ。
ひとつだけ確実なバグがある。
ソロプレイでは実現不能な、マルチプレイ限定のバグが。
ただ、それはもはや作り手の不備でもなく起こす側に問題があるようなとてつもないバグだ。やるからにはやるけど、相応の覚悟が必要となる。
作戦は決まった。
スッキリしないのでとりあえず〈リビングデッド・エンペラー〉とついでに本来のラスボスである〈ノーライフキング〉を倒すと、エンディングだけは見ないで家のキッチンへと走っていった。
***
今日は家族がいないから、下手に話を合わせないで自分で持ち運べばいい。
そう考えながら、食器棚の上に無理矢理置かれている“とある物”を取り出した。
大きさはだいたい自分の上半身より少し大きいぐらいはあって、そこまで筋肉がついてる訳でもないし7kgぐらいあって本当に重い。これを姫チーの家まで運ぶのは一苦労。
自転車に無理矢理載せて30分の移動、何も考えずにやることじゃなかったけど……これを持っていかなきゃアイツは倒せない。
***
慎重にゆっくりな安全運転になり、姫チーの家があるマンションにたどり着いたのは倍の1時間後になった。
そろそろ日が暮れる、姫チーの家族が帰ってきたとき急に娘が家から消えてとパニックになられても困るし、なるべく早く今回の事件は解決させないといけない。
「ほんと重いっていうかデカいッ! こんなのギャルがやる作業じゃなくない?」
そう独り言を呟きながら、マンションに向かって“とある物”を運ぶ。
なんと姫チーの家は全30階のタワーマンションの一室で、それも最上階にある。
しかもエレベーターはウチが移動した直後に業者の点検が入ったようで、階段しか使えないときた。タワーマンションの最上階まで己の足でこんな重たい荷物を運ばないといけないなんて中々に骨が折れる。マジウケる。
だけど、諦めるなんて絶対にしない。
ウチを助けてくれたかっこいい姫チーが、お姫様を演じるかわいい姫チーが、楽しそうに“リビコン”を遊ぶ姫チーが、ウチは大好きなんだ。
そんな姫チーを助けられるのはウチだけ。
なら、この“リビコン愛”で、姫チーへの愛の力で、絶対に姫チーを現実に帰してやる! 自分が助けて貰っておいて、何も出来ないのは嫌だから!
***
必死になりながら荷物を運び、姫チーの部屋にまで到着した。
火事場の底力みたいなのが出て何とか這い上がれたけど結局30分近くは階段を登ってた。思った以上に大変な運搬だった。7kgで横に大きい鉄の塊を運ぶのは数字以上の負荷が身体中にかかって本当にしんどい。全身ボロボロだし、明日は筋肉痛地獄だと思う。ぴえん。
なお、鍵を開けっ放しにして出ていってしまったものの空き巣に入られていないことがわかって一安心。
あとは持ってきた“とある物”の上にタイトル画面のまま放置されている“PM4”を置いて、念のためにブレーカーが飛ばないよう周囲の電気を消して……完成!
「よし、セット完了☆」
これで姫チーを助けられるんだ。
何がなんでも全部やり遂げるぞー! えい、えい、おー!
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