第24話 姫とギャルとラストバトル?

 女神は伝えるべきことを伝え終えると、“巫女”への憑依を解除した。

 すると、正しいイベントとして改めて会話できるようになった。



「ぎ」


「ri(“屍人”よ、ついにここまできたのですね)」


「や」


「I(私は貴女を含む〈リビングデッド・レジスタンス〉の戦いをこの日まで見届け

てきました)」


「る」


「lf(ここで勝てば“生身の姿”に……人間に戻れるのです。諦めず、折れない心で頑張ってください)」



 こんな一大事にストーリーを楽しんでいる余裕なんてないわ。戦闘で精一杯なのよ。

 会話が終わると、以下の選択肢が現れた。



『最後の決戦の前にレベルアップをしますか?』

・はい

・いいえ



 これは、ラスボス戦前にプレイヤー側のやり残しが起きないよう、“屍石”に触れずレベルを上げられるイベントで、ストーリーとしては、プレイヤーを影で見守ってきた“巫女”が最後に見送りしてくれるというシチュエーションだ。

 私はもちろん、ここで『はい』を選択する。

 この瞬間だけは自分の判断で全てが決まるもの。

 


・現在のプレイヤーの状態

レベル:71

HP:10/100

MP:60/60

最大スタミナ:380

武器:右手【ロングソード+8】(エンチャント適用中)、左手【ナイトシールド】

防具:頭【なし】胴体【姫のドレス】腕【姫の手袋】足【姫の靴】

アクセサリー:【逆転の指輪】(効果発動中)

所持アイテム:【エンチャント・雷×2】【ショートボウ】【自血刀】

装備重量:28%

攻撃力:360

防御力:ダメージ5%カット

所持金:118,193G

保持経験値:100,942デッド



 それで、今回上げられるレベルは4だけ。

 


HP(ヒットポイント):12

MP(マジックポイント):8

ST(スタミナ):38

STR(筋力):30+4=34

DEX(器用):30

MAG(魔法適性):14



 なので、もうこんな感じでとりあえずダメージを増やすことだけ考えた。



『現在攻撃力380』



 今更ながら、成長後の攻撃力の伸びは30を超えると均等な割り振りより片方に偏らせていく方がいいことを思い出したから、今回はこのステ振りにしたわ。34ってのまたサメと読めるし、強そうでいい数字じゃない。



「それじゃあ、開けるわよ」



 レベルアップも終わった、後は【自血刀】によるHP削りも済ませたことで準備は完了した。落下ダメージで7割型HPが減っていたのでササッと終わったのは楽だったわ。

 今から始まるは、“屍人”であるプレイヤーが“生者の姿”に戻るために、最後の試練としてこの世界の王である〈ノーライフキング〉を倒す戦い。覚悟は出来てるわ。



「何だかんだラスボス戦はステージギミックを解いて倒すってコンセプトだし、楽だよ☆」


 

***


 プレイヤーは、ついに最後の試練にまで辿り着いた。“生者の姿”に戻るための戦いも最後だ。敵はこの世界の死を司るネクロマンサー。戦いの火蓋は切って落とされた。



***


 大扉の先は、円の形で無数の砲台が頂上に設置された城壁に囲まれた庭だった。

 その中央には、黒く枯れた木の枝をつむぎあわさたようなローブを身にまとい、下半身のスカートだけでも通常の人間と同格のサイズを持ち、上半身も同様という巨大な人物が佇んでいる。

 露出しているのは両手の拳と頭部のみ。しかも、それらは骨だけで皮膚を持たないスケルトンな容姿だ。

 この敵と対峙したその瞬間、私は大きな違和感を覚えた。



 ――ムービーがなかったから。



 このラスボス戦は、それこそこのゲームの最後を飾る敵なだけあって1分ほどの長いムービーを持ち、静かながら今目の前にいる〈ノーライフキング〉が地面に発生した闇のモヤと共に漆黒のオーラを放ちながらゆっくりと現れていくという構成なのだけど、何故かそれがない。

 しかも、このボスは〈メリモとマラム〉が〈メリモマラム〉になったように、1度HPを0にすると全回復して第2形態に入るという仕様の中、いきなりその第2形態の状況になっている。


 本来第1形態との戦いがあって、周囲の城壁の上からより巨大で18m近くある〈ノーライフキング〉に対して大砲で攻撃を加え続ける方式で、第2形態に入ると背が今のサイズに縮んで本番勝負という実質的なイベント戦闘が挟まるものなのに、それがない。

 いや、それだけじゃない。本来〈ノーライフキング〉はあくまでボロボロの木の杖を手に持っているはずなのに、それが死神が持っているような大きな鎌になっている。これはつまり、私が知らないボスなの……?



「どういう……こと……」



 驚いているのは私だけじゃない。風菜もだった。

 ということは、“リビコン狂人”の想定すら遥かに超える何かが起きていると認識した方がいいわよね。

 これって、散々“リビコン”の世界をバグで壊してきたツケを払えってコト!?

 しかし、何故か視界にボスのHPバーが映らない。まだ戦いは始まっていないと見ればいいのかしら?



「よう、まさかここまで来るとは思わなかったぜ」



 ……更には、困惑しているうちに〈ノーライフキング〉はその髑髏な口を動かして喋り始めた。

 本来は一切のセリフがないボスなのに。



「喋った!?」


「そりゃ喋るさ、ラスボスへの憑依こそがこの世界を支配し続けられる条件だからな、ビチクソ陰キャ女!」



 この喋り方や声には覚えがある。

 他人を見下すように暴言を吐くその人物は……若林茶螺男わかばやし ちゃらおだ。

 話の通りラスボスに憑依していた。

 今日はあんたを殺しに来た。殺すぐらいのつもりでぶん殴りに来た。合法的な暴力を振るいに来た。

 だから、今ここに現れてくれて本当に嬉しい。



「いやぁ、“ゲーム神”とやらが俺の前に現れてよ、そいつの話を聞いてる限り復讐に使えそうであえてこのゲームとお前のディスクを選んだんだ。“リビコン”は俺も大好きでよォ、兄貴が買ってたヤツをひっそり遊んでたらハマっちまったから縁もあったんだよなぁ。しかも、あいつをぶん殴ってみたら少しだけ力を奪えてなァ、基本的にゲームの中身は改造できなかったが、絶対にクリアさせないためにラスボス戦だけDLCと差し替えつつ操作は完全に俺って状態にしたんだよ」


「そんな!?」



 頼みの風菜も、今までにない驚愕を受けた表情をしている。

 風菜の“リビコン狂人”たる所以は完全記憶能力による理屈ありきな予測演算の面が強い。だから、AIではなく人間の思考という法則性のない動きには対応不能なのだ。

 対人戦等のマルチプレイ要素にあまり触れていないのはこの不規則性から来ているような気もする。なら今この場は正しく対人戦そのもの。だとすると、からこその恐怖心に心を支配されてしまったに違いない。



「つーか、なんでチュートリアルで死ななかったんだよ、こっちの世界に来たってわかってからすぐ終わるって安心してたのによォ!しかも風川がなんでいるんだよ! 意味わかんねぇ!」



 一方、〈ノーライフキング?〉の中にいるチャラ男が風菜の存在に疑問視した。

 まあ、そんな奴に素直な返事をする義理は元よりないけど。



「それもこれも全部愛の奇跡だよ☆」


「そーいうこと♡」



 こんな雑な対応で充分。



「まあいいぜ、お前もついでに巻き込みたかったのは事実だ。姫川を殺せばお前も多分現実で死んでくれるだろ。それに、どうせお前みたいなギャルがこのゲームに詳しいワケがない。足でまといとしてここまで来れたのは奇跡なんだろうよ」



 にしても、チャラ男は殺意をむき出しにしている。そこだけはお互い様だ。

 正直、対戦ゲームはあまり得意じゃないから死ぬ気は無いけど凄く緊張する。



「じゃあ仕方ねぇ、すっぱり散らしてやるぜ」



 そして、チャラ男が啖呵を切ると、遂にはHPバーが表示された。

 そこに表示される名は〈リビングデッドキエンペラー〉。本来戦うはずの〈ノーライフキング〉とは全然違う。


 さっきDLCダウンロードコンテンツがどうとか言っていたけど、確かこのゲームのDLCは追加ダンジョンの攻略を楽しんでもらうというゲームの拡張が役割。だとすると、そこのボスが〈ノーライフキング〉のグラフィックスをアレンジした強化版で、おそらく“リビコン”のどのボスよりも強いからチャラ男はラスボス戦を差し替えて自分から憑依したと考えた方がいいわね。


 もう、なんか、ここにきて万策が尽きたって感じだわ。

 でも今まで必死になって戦ってきたんだから、諦めるなんて選択肢は選びたくない。



「風菜ちゃん、とりあえず戦ってみましょう」


「……」



 だけど、立ち向かう決意した私に対して、風菜は無言のままゲームメニューをいじっている。

 いやまさか!?



「ごめん、やれるだけ引き伸ばして勝てるやり方を見つけてくる!」



 風菜のその言葉ともに、一瞬視界が真っ暗になると共に、私の全身の感覚がブツンと糸のように切れた。

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