最終章 ハグ・バグ・ラブ

第23話 姫とギャルと種明かし(後)

 〈達人〉を倒したことで先の道が開き、そこを歩んでいくことになった。



〈屍人神殿(真)〉



 視界に表示されるダンジョン名の通り、ここの外観は最初にチュートリアルで来た〈屍人神殿〉によく似た石造りの遺跡だ。

 風菜の安定チャートに従っていたら、いつの間にかもうラストダンジョン。


 この冒険も長いようで多分まだ2時間半ぐらいしか経っていなくて、ストーリーの7割は台無しにしてきたんだなって途方に暮れてしまうわ。

 もちろん、自分の命がかかってるんだから、卑怯な手に躊躇なんてないしないけどね。


 にしても、2時間半かぁ……。


 そんな短時間で私はなんか、段階的に、風菜のことがテンションの合わない嫌いな相手から、一緒にいると息の合うパートナーであり話してるだけで癒される相手という認識に変わっていったのよね。チョロいってレベルじゃないわ。

 この感情を恋だと言うなら何も否定できないし、何なら肯定したい気持ちの方が大きい。つい2時間半までは嫌いだった人間相手なだけあって、素直に自分の気持ちに従うには心の準備もできてないけど。


 でも、それでも、このまま行けばなんだかんだ恋人いない歴=年齢だった私にとって初めての彼女ができるのだ。それが死ねない理由になるなら、ラスボスもさっくりと倒してやるだけよ。



「じゃ、油断せずに行こっか☆」


「青春学園テニス部部長?」


「ごめん、元ネタわかんない」


「そっか、ごめんなさいね♡」



 それで〈屍人神殿(真)〉についてだけど、まずストーリーとしては悪夢とも強敵とも向き合い、あらゆる試練を乗り越えてきた“屍人”がついにリバーデス大陸の王である〈ノーライフキング〉と戦う。

 って内容で、チュートリアルの〈屍人神殿〉に限りなく近い建物を巡って黒幕の元へと進むってダンジョン。


 攻略に関して言えば、限りなく一本道なダンジョンなものの、全て手数が多く攻撃一つ一つを捌きずらい〈ソルケン〉という背中から羽を生やした全身西洋甲冑の騎士が雑魚エネミー扱いで徘徊していたりと、いちいち配置されてるエネミーの相手をすると非常にめんどくさいMAPになっている。


 ラストダンションなだけあって、楽に攻略させる気はない調整だ。

 その反面、実は全てスルーしても全て問題ないのだけど……そんな安易な手を使わないのが“リビコン狂人”の実力!


「ここは落下グリッチがあるんよね☆」


「よくわかんないけど、姫は風菜ちゃんのこと信じてるから、全部任せるね♡」


 ダンジョンに入ってすぐの所に“屍石”と大きな崖がある。

 その真下からはなんとボス部屋前の場所が見えることを踏まえると、恐らくはここを上手く移動してしまおうという魂胆なんでしょうね。

 ただ、このゲームは落下地点から見て着地した場所までの距離によってダメージが発生し、大体10mは下にある目的地へそのまま落ちればどれだけHPがあろうとも即死してしまうのは必至。


 一体何を企んでいるのやら。



「とりあえず“屍石”で回復したらウチが指差す位置の崖際まで移動してみて☆」


「はぁ〜い♡」



 風菜の記憶力ほど信用できるものはない。

 言葉の通りに“屍石”に1度触れると、それからすぐさま指定の位置まで移動した。

 足元は断崖絶壁で、高所恐怖症の人間なら喚き散らす程度には景色が小さく見える。

 まあ私は全然怖くないけど? 本当よ? 本当なんだからね?



「ジェスチャーの〈全否定〉をやるよ☆」



 飛んでくる風菜からの指示。

 何にせよ、とりあえずやればいいのは確かだ。

 指定位置に着くと、風菜はタッチパネルを操作し始める。

 手をバツに組みながら1歩前進した。すると、足が微妙に前に進んだ。そうなれば当然、私自身が崖の下へと落下していく。



「ひ、ひぃ!」



 落下による強い風に当たり続けるようは空気抵抗が襲いかかる。



「……ッ!」



 私の心はそれこそ落ちるタイミングを知らないジェットコースターに乗っているときのように窮屈さと恐怖に支配され、上手く声が出なかった。

 大丈夫なのはわかっている。でもこれは半分ゲームである以上もう半分は現実なのだから、本能が命を危機を察知して怖がるのは仕方ないこと。



「痛ったぁっ!」



 落下が急に止まり、同時に足から全身に伝うように痛みが走った。タンスの角に小指をぶつけたような激痛だ。

 崖の中にある小さな出っ張りで、そこに片足が上手く着地したようね。

 片足さえ接地できれば落下はしない、ゲームの世界だからね。



 30ダメージ!


『HP:70/100』



 大体崖の半分ぐらいの場所に配置にいる。

 意外とダメージが少なかったけど、10mの落下はダメージが発生しての死亡ではなく確実に死ぬという判定になっていて、この出っ張りに止まる程度なら30ダメージで済んだってところかしら。なら、次の一撃でも同じぐらいで収まるはず。



「じゃあ、また〈全否定〉で足を進めよう☆」


「や、やりまぁ〜す♡」



 よし、怖がらないでやってやるわ。



「痛ぁ〜い!」



 32ダメージ!



『HP:38/100』



 目的地点への着地はこれで完了。

 死ぬよりマシなぐらいのダメージなら我慢できる。そういう変な慣れが確実に生まれてきてるわね。

 結果、あっさりと〈屍人神殿(真)〉の道中攻略を終わらせることに成功した。



「な、中々スリルにあったなぁ〜♡」


「期待通りのリアクションありがとね☆」



 着地した先には、幅にして5m、高さにして8mはある巨大な大扉がある、言わばラスボス戦前の部屋。

 大扉を通ればついにラスボスである〈ノーライフキング〉との勝負だ。それさえ乗り越えればエンディングを迎えて私は現実に帰れる。やってやるわ!

 ……と、その前に、大扉の前で立つ1人の人物を見つけた。

 顔含め肌を隠した衣装から、醜い屍人であることを忘れさせるその姿でわかる。彼女は〈巫女〉だ。

 確かここでラスボス戦前の会話イベントがあるんだったわね。ついでにレベルアップの処理も彼女を経由して行うこともできるからそれも兼ねられるし、無視せず話そう。



「あ」



 会話するという意思を持ちながら一言何か発声。これでOKのはず。

 だが、ここで私は肝心なことを忘れていたことに気がつく。



「ついにここまで来たのですね、太田姫子」



 優しく穏やかな女性の日本語を喋った。つまり……この“巫女”には“ゲーム神”のリーオが憑依していた。

 実質的にゲームのNPCではないし、ちゃんとコミュニケーションをとらないといけない。



「貴女がここに来たってコトは、なにか伝えることがあるのね♡」


「えっなんですか? その他人に媚びてるような台詞回しは」


「ウチがこの喋りで行くように頼んでるだけだよ」


「2人ともいつの間にかすごく仲良くなってますね……。良いことですけど」



 私も私で姫モードを継続しすぎて正しい会話をする能力を失ってきている。家以外ではずっとこの喋りなので高校の先生やゲーセンの店員を幾度となく困らせた経験は何度かあるけど、一応この人は私の為にずっと動いている神様なので素直に申し訳ない。でも、歯止めが効かないから状態になってきている。諦めたい自分がそこにはいた。



「まあいいでしょう。いくらか伝言があるのです」


「なぁ〜にぃ〜♡」


「確かにここから先を乗り越えれば貴女はこの世界から解放されるのは間違ありません。ですが、に伝えておきたいことがどうしてもあるのです」


「はぁ〜い♡」


「まず、貴女をこの世界に引きずり込んだ“彼”の正体が分かりました。自分に対してゲーム神パワーを色々試行錯誤していたら局所的な記憶喪失が改善したので」


「えっ、マジ?」


「誰なの〜?」



 そういえばがむしゃらにクリアだけを優先していたせいで、根本的に誰が犯人なのかを考えもせず見失っていたわね。

 何せこの事件に巻き込まれたことより彼女ができた、なんて明確な得をしてしまったせいでこの命懸けの冒険に対して嫌だっていう感情がなくなりつつあるし。

 犯人はオタクくんの中の誰かなんだろうなぁと思うとすごく気が悪い。そういう意味では聞きたくない話ね。

 ただ、その答えは本当に意外なモノだった。



「彼の名は若林茶螺男わかばやし ちゃらお、貴女の盗撮映像によって退学にまで追い込まれた人物です」



 ……えっ、あいつなの。

 あのクズなの!?


 忘れていた訳じゃない。ある意味じゃ、自覚がある相手だからこそ犯人であって欲しくない、自分にも非があることに向き合いたくない、そんな感じで犯人候補から外して考えてしまっていた。

 なのに勝手にオタクくん達に容疑を掛けていたって、私最低じゃないの!?



「……」



 その答えを前に、私は落ち着いて頭の中を整理し始める。突きつけられた事実をどう対処すべきなのか導き出さなければいけないから。



「おーい、どうしたの姫チー」



 1分程無言になっていたところ、風菜に声をかけられた。

 ちなみに彼女も彼女で私同様に神妙な態度で黙っていた中での発言だ。



「ねぇ、もしかしたら風菜ちゃんと同じこと考えてる気がしていたんだけど、一緒に言いたいことを叫んでみない?」



 少し一呼吸置くと私はそう発言する。

 対して風菜は、ウインクしてOKの意を返した。

 それじゃ、あとは実行に移すだけね。



「せーの」



 2人は大きく息を吸い込む。

 そして、吐き出すようにこう叫んだ。



「あのクソ野郎をぶっ殺すわよ♡」

「あのクソ野郎をぶっ殺したいんだよね☆」



 2人とも考えている事は同じ。

 風菜は何でも忘れない力を持っているけど、同時にどんな嫌なことも絶対に忘れられない呪いを背負っているとも言える。だから、アイツへの憎悪は想像の範疇を超えるんだろうなって思う。

 それに、敵があのクズだと解ったのなら、やることはただひとつのみ。

 暴力を当然の手段とするし女を体でしか見てないクソ男に人権なんてないのよ。あんなのは女の敵どころじゃないわ、この世の全ての悪!


 私達は忍者でもイタリアのギャングでもないので、動く前からぶっ殺すなんて宣言するのが甘い三下な考えかどうかは気にはしない。

 それに私達の心は高揚し、仕舞いには2人でハイタッチまでしていた。風菜が背後霊だからすり抜けるけど。


 

「私はその言葉に賛同できません! もうちょっとこらしめるとか、マシな言い方がありませんか!?」

 


 ただ、リーオはこのバカ騒ぎに少し否定気味な様子。



「大丈夫大丈夫、実際に殺すんじゃないんだから♡ 心持ちの話♡」


「そーそー☆」



 あくまでそういう心境ってだけの誇張表現で正直やりすぎなのは認めるし、話をある程度戻さないと失礼よね。

 なので、ひとつ引っかかていた事を質問した。



「ところでぇ〜、憑依がどうこうの話で思い出したんだけどぉ〜、"従者”を呼んだ時にウチのオタクくんがソレに憑依した件について知ってることはないのぉ〜?」



 間違いなく人に物を聞く態度ではない。

 さっきの言葉使いの件も含めて彼女には心の中で100回は謝っているので許されたい。



「おっと、そうでしたね、伝え忘れていました。私の方でせめてなにかお手伝いできないかと色々手探りしたところ、貴女と縁の深い人物を擬似的に“リビングデッド・コンティネント”の世界へ呼ぶ程度なら問題なく可能だとわかりました」


「凄いじゃん! マジ神!」


「理屈的にはゲームの世界を管理する能力で世界そのものを改竄かいざんしたという形になります。ただ、同時に貴女と同じくこの世界での死亡がそのまま現実と連動する問題点も抱えていますので、それを了承して戦ってくれる人がいるなんて素晴らしいことですよ」



 流石は“ゲーム神”を名乗るだけあって、悪あがきで世界そのものに影響を与えるとは正しくチートね。

 ある意味バグ以上の反則だけれど、あくまでシングルプレイを局所的にマルチプレイにしてるだけだから特にゲームを壊しているとかでもないし、ある意味律儀なやり方でもあるけど。



「ところで太田姫子、貴女に言っておかないといけないことがあります。というより、この話の為に再び〈巫女〉に憑依しました」



 そんな感心している私に対して、何やらまだ話したいことがリーオにはあったようだ。

 若干声のトーンが重たい。なんだろう、嫌な予感がする。



「貴女は普段の自分の行いに罪悪感を覚える必要なんてありません! 今日に限らず、部活動で一緒にいる皆さんだって貴女への感謝の気持ちとして奉仕してくださっているんです! 風川風菜だって今助けてくれているのは貴女への恩とそこから生まれた愛があるからなんですよ! 自分が誰かにとって必要な存在で、それに値する祝福を受けているのだと自覚しなさい」

「えっ、えぇ……」

「その自己肯定感の無さが問題なんです! だからオタサーの姫なんてやって承認欲求を満たそうと必死になるんですよ。しかもその中でも結局彼らを救ってしまったのだから尊敬の眼差しで見られるような信頼関係を築けているんですからね? 周りに恵まれていることにも自覚してください! じゃないと“従者”に憑依する人間が貴女に命懸けで手を貸してくれることなんてありえないじゃないですか!」



 学校の先生にもパパとママにもここまで説教されたことはないんだけど……。

 ていうか私って自分が知らないところで無自覚な行動をして愛されるような人間だったんだ。オタクくん達、そんな目で私のこと見てたのね……。多分チャラ男が部室に来た日のことがきっかけだとは思うんだけど、あいつのことを忘れようとしてたせいで完全に気づく機会を失っていたわ。

そうなると多分、あいつらはわたしを狙っているどころか恋愛対象に入れないよう努力してるまである気がしてきた。楽しいからいいけど、それはそれで私がすっごく滑稽じゃない!? 嫌になるわね、ホント。


 それにしても、『罪悪感を覚えなくていい』……か。


 そう言われると、なんか自信が出てきた。

 “ゲーム神”なんて上位者からお墨付きになったもの、現状維持のまま高校も卒業してやろうじゃない!



「ふぅ、落ち着きました」



 こうして、リーオのお説教は終わったようね。

 自分にとってタメになる話を沢山してくれたから素直に得をしたということにしておこう。

 それにしてもなんだろう、この面倒みの良さは本当にお姉ちゃんキャラって感じ。



「な、なんていうか、ありがと♡」


「いえいえ。私としては当然のことをしたまでです」


「つーか、リーオっちってなんでそんな説教臭いの?」


「リーオっちって……。それについては世話の焼ける妹がいるから、ということにし

ておいてください」


「あー、ウチも妹がいるからわかるわ〜」


「風菜ちゃん、妹がいたのね〜♡」

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