第21話 姫とギャルと戦場音符(バトルフィールド・ノーツ)

・現在のプレイヤーの状態

レベル:65

HP:10/100

MP:60/60

最大スタミナ:380

武器:右手【ロングソード+8】(エンチャント適用中)、左手【ナイトシールド】

防具:頭【なし】胴体【姫のドレス】腕【姫の手袋】足【姫の靴】

アクセサリー:【逆転の指輪】(効果適用中)

所持アイテム:【エンチャント・雷×2】【エンチャント・闇×1】【ショートボウ】【自血刀】

装備重量:28%

攻撃力:430(【エンチャント・闇】を適用)

防御力:ダメージ5%カット

所持金:38,193G

保持経験値:3,966デッド



***



 ある程度歩くと視界の自由が利かなくなる。ムービーの処理だ。

 横幅にして5m程度の一本道になった岩崖で、中央だけ円型の半径6m程の広間になっている通路がある。まず、ここがボス戦のフィールド。


 

――〇――



 要するにこういう形ね。

 そして、中央の円に向かって、2の強者がどこからか飛び降りてくる。

 一見すると瓜二つな、背が2mの灰色の猿。


 名は〈メリモとマラム〉、〈メリモ〉は右腕に、〈マラム〉は左腕に直剣ほどの長さを持つ刃で作られた鉤爪を装備している。

 設定上の立ち位置は、具現化された悪夢の世界で“屍人”を喰らう暴食の悪魔と言えるボスで、ある意味では“リビコン”がダークファンタジーというジャンルの世界観であることを最も印象づけてくるボスと評価されている。



「「ウキー! ウキー!」」



 と鳴きながら爪を見せつける姿はまるで私を威嚇しているようにも見えた。

 ここで、視界の自由が戻る、ムービー終了だ。


 

「めんどくさ♡」



 2匹のボスを前に、私は可愛い声を出しながら舌打ちをした。正直イラつく。



「ちょっと言葉選び間違えてない?」



 うるさいわねもう!

 私はこのボスが本気で嫌いなのよ!

 ただでさえ2対1だし、2匹とも攻撃が激しくてタイマンでも充分強い相手なのに立ち回りをミスったら落下死する狭い崖の上での戦闘を喜ぶワケないでしょ!


 

「まあまあ、気を取り直して戦うわよ〜♡ それじゃあ早速指示をお願ーい♡」


「オッケー。じゃあ、まずは盾をかまえて直進!」



 そんなこんなで戦闘は開始した。

 いいのよ、別に、覚悟は決まってるもの。

 指示通りに動くと、ある程度接敵した〈メリモ〉が鉤爪を振って攻撃してきた。



「回避! からの弱攻撃!」



 それを受け止めると次は左手によるパンチ。更に続けてぐるっと横に体を回すなぎ払いの攻撃。それに対して前に緊急回避を行って受け流し、立ち上がる瞬間に【ロングソード】を斬り上げた。

 〈メリモ〉と〈マラム〉は闇属性が弱点。中々のダメージが出てくれるはず。



 404ダメージ!



 予想通り、私の体はスラスラ動く。

 状況に対してこの実際に求められる操作の少なさは間違いなく女児向け筐体の音ゲーらしい低難易度の譜面のソレ。

 だから、風菜の指示を全て音楽に合わせて流れてくる音符ノーツだと考えると焦ることなく全てこなせる。


 タン、タン、タン。


 簡単にリズムに乗ってボタンを押すだけね。今の私にボタンの概念はないけど。


 

「1回歩きながら前の細道に移動、その状態で5秒待ったら弱攻撃2回でいいよ☆」



 また言われた通り動いてみせると円型の足場で2匹が同時に両手を振り回して攻撃する乱舞のような動きをするものの、そこに私はいないので当然ノーダメージ。

 更に〈マラム〉が攻撃終了後にこちらへ向かってきた。でも移動モーションの間は攻撃しないのか丁度5秒後に接敵した状態になり攻撃する猶予があったから、それなら攻めあるのみ。



 404ダメージ!


 405ダメージ!


「後ろに向かって2回の回避、続けて攻撃1回☆」



 言葉に従うと、次は〈メリモ〉が飛び上がって私に向かって着地すると同時に両手を地面に叩きつけてきた。

 だけど、緊急回避ローリングのタイミングでその攻撃は避けつつも【ロングソード】のリーチの中で相手を捉えている。そこでやるのは、思いっきり振りかぶった刺突攻撃!



 505ダメージ!



 見える、敵の動きがまるで全て譜面の中の音符ノーツ。それもゆっくりで数も少なく、フルコンは音ゲー初心者でも困らない程度の密度。

 私はサルでもゴリラでもない、姫よ。

 相棒パートナーのエスコートの元、あんたらを蹂躙してやるだけ。

 それに、風菜も指示を出すことに対してノリノリになってきてるじゃない。お互いに楽しいならナイスな作戦よね。


 

「1回ダッシュで円形の床に入っちゃって!」


「風菜ちゃんの指示譜面、わかりやすいわぁ♡」



 指示通りの移動をすればあっさりと2匹の攻撃を掻い潜れた。

 うん、やっぱり姫モードのまま焦らず戦える。

 そうだ、今の私は“マジパラ”の世界のアイドルとしてお姫様コーデを着込んで楽曲のリズムに乗って踊っているんだ。

 今まで生き残るための戦いだったものが楽しいのだと認識を変えることができている。完璧じゃない。



「弱攻撃2回☆」



 まるで都合よく2匹揃ってこちらへと接敵してきたことで、すぐさま対応して【ロングソード】を横に振り回した。



 406ダメージ!


 409ダメージ!


 401ダメージ!


 402ダメージ!



 丁度2匹ともグラフィックが重なっているのか同時にダメージが入る。これは美味しい。

 こうなってくるともう、このボスは怖くないわ。


 

「右に回避、ガード、弱攻撃3回」


「これ、だいぶ楽ね〜♡」


 406ダメージ!


 403ダメージ!


 405ダメージ!



 〈メリモ〉が鉤爪を振り下ろして来たところで横に躱し、次の右手のパンチをガードすれば勢いに任せて攻撃。

 それら全てを実行すると、〈メリモ〉のHPゲージを削り切ることに成功した。



「やったわ♡ これで1対1ね♡」



 〈メリモ〉その場でバタンッと倒れるのだけど……



「まだまだ攻めていくよ☆」


「は、はぁ〜い♡」



 〈メリモ〉を倒したその時、突然視界の自由が奪われ、カメラのような角度になる。ムービーの処理だ。

 そこでは、円型の足場に倒れる〈メリモ〉を前にした〈マラム〉が突然としゃがみ込むところから始まる。


 すると、〈マラム〉は口を餌に喰らいつく獣のように、ガブガブと動かす。

 そう、〈マラム〉は自分と瓜二つな姿を持つ〈メリモ〉を食べているのだ。

 あまりにも残酷な姿だが、同時に相手を倒すために手段を選ばぬ猿人としての誇りすら感じる。



「ウキ、ウキ、ウキー!」



 捕食を終えた〈マラム〉は、筋肉が破裂していくように膨張していき、ぐんぐんと背を伸ばしていく。それに合わせて、手に持つ鉤爪は自然とズレ落ちる。

 そして最終的には5mもの巨人となり、腰を少し降ろし腕を突き出した構えで私の前に立ちはだかった。

 ここでムービーは終了する。



「おー、第2形態は相変わらず迫力あるねー」



 2本表示されていたHPバーが全快かつ1本になり、その上には〈メリモマラム〉とエネミー名が書いてある。

 これが、少し前に話したこのボスの厄介な点の続き。

 ただでさえ強いクセに第2形態があって長期戦を嫌でも強いられる!!!

 しかも、負けるとまた2対1からやり直しになるのだから本当にめんどうなのよねこいつ。初見プレイの時を思い出してまた腹がたってきた。



「とりあえず直ぐにエンチャントして」



 だけどね、今の私には風菜がいる。怖いようで、案外平気になってだわ。

 早速指示通りに【エンチャント・闇】を使用し、【ロングソード】の刃に闇を塗り込む。



「こいつの動きは案外単純☆ とりあえず真っ直ぐに走ってみて、距離が縮まったら直ぐに2回攻撃☆」



 エンチャントが終わったところで、〈メリモマラム〉は両手を重ねて地面に叩きつける動きをとった。

 対して私は愚直に突っ走る。

 そうすると、叩きつけ攻撃を見事にくぐり抜けて敵の足元まで移動することに成功した。



「こう、ってコトね♡」


 409ダメージ!


 409ダメージ!



 剣を振り下ろし、そして直ぐに振り上げた。

 デカいだけあってすばしっこい動きをしないのはかえって楽な気がするわね。



「こっからは本当にリズムに乗るゲームになるから☆」


「へぇ〜♡」


「このボスは足元に敵がいる限り5秒ごとに1回ずつ左右交互に足踏みをするから、それを利用してこっちの立ち位置を動かしてない方の足に移しながら攻撃するだけで勝てるんだ☆」



 しかも、そこから続くアドバイスは、なんというかいくらなんでも簡単すぎるものでびっくりした。



「えぇ〜? ホントなの〜?」



 少し困惑はしたものの、言葉のとおりに動いて損はない。これまでのことを思い返してみても、風菜は土壇場に嘘やランダム性で覆る話をする奴じゃないってことは理解してるし。

 事実、話の通り〈メリモマラム〉は左足をゆっくり上げ、勢いよく地面を踏みつけた。

 こいつの行動パターンを理解しているから、右足に移動しつつ【ロングソード】を3回振って攻撃と立ち回りの意識は容易い。



 404ダメージ!


 401ダメージ!


 408ダメージ!


 

「感覚、もう掴めちゃったかも♡」


「流石は姫チー☆」



 3回足を斬って逆の足へ移動、3回足を斬って逆の足へ移動、3回足を斬って逆の足へ移動、3回足を斬って逆の足へ移動。




 404ダメージ!


 403ダメージ!


 405ダメージ!


 408ダメージ!


 406ダメージ!


 407ダメージ!


 405ダメージ!


 401ダメージ!



 サクサクと、確実に〈メリモマラム〉のHPを削っていく。後、4割程度だ。

 足を踏み付ける動作しか行わず、まともに怯む様子も見せないせいでうどんを作るために足踏みをしているようにも見えるその姿がシュールで少し笑いそうになる。これは死のうどん踏みウドン・マカブルとでも言うべきね。なんちゃって。


 でも、それにしたってこのボスの行動パターンはシンプルで音符ノーツとして見ると対処するのは非常に簡単。やっぱり“リビコン”は音ゲーとして遊べるわ。

 ……いや、そうだ。



「私、完全に忘れてたことがあるの♡」


「なぁに、姫チー」


「ゲームって、楽しむためのモノだったなって♡ 今、すっごく楽しい!」


「よくできました。姫チーがそれを思い出してくれて本当に嬉しいなー☆」



 今、改めて本質的な部分を思い出すことができた。

 そりゃ、今の戦いに余裕があるからそう言ってられるってのもあるとは思うけど、本来、面白いゲームっていうのは人を楽しませるために色んな工夫を凝らして作られている物。

 じゃないと風菜がこんなに“リビコン”に入れ込むことだってないんだし、今私がこの状態を楽しめていること自体、だって証拠になる。

 いや、世の中には出来の悪いをつまらないと言いながらあえて遊ぶ人間がごまんといるけど、それは一旦置いておくわね。

 だから、



「このボス戦だけでも全力で楽しんじゃおっと♡」


「うん! 今の姫チーは誰よりもかわいいよ☆」



 この気持ちを大事にしながら、死のうどん踏みウドン・マカブルを維持して倒す。それが今私のやるべき事であり、やりたい事!




 403ダメージ!


 411ダメージ!


 408ダメージ!


 407ダメージ!


 413ダメージ!


 414ダメージ!



 同じローテーションを3回繰り返すと、ついには〈メリモマラム〉のHPゲージが空になった。



『撃破:〈メリモマラム〉』


『入手:85,000デッド、30,000G』



 膝をつきながら体の肉が焼け腐っていき、自然と消滅していく。



「勝った勝った♡」


「おっめでとー!」



 なんていうか、姫モードで風菜と話す事も楽しくなってきた。

 オタサーの姫とギャルの組み合わせ、意外とベストマッチな相性なのかもしれない。

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