第18話 姫とギャルと深淵への穴

***

SIDE:太田姫子

***


 〈ラファエル〉を倒した直後、風川はこう言った。



「ちょっと休憩にする? ここからも連戦続きだし辛いっしょ」



 その言葉は素直に嬉しいものだった。

 ゲームらしく体は疲れないけど、精神的な疲労感は確実に溜まってきてたしね。



「まだ大丈夫よ。今の勢いに乗ってる精神状態のまま先へ進まなきゃ、どこかで集中

力が切れちゃうわ」



 なのに、何故か強がった返事をしてしまう自分がいる。多分、早くこの命の危機が

続く状況から抜け出したいって本能が悲鳴をあげているんだと思う。

 もちろん、この程度の返事に対して姫モードが崩れてきている辺り多分大丈夫じゃない。

 実際、それは風菜にバレバレだった。



「無理はしなくていいよ。ささ、座って座って」


「なんていうか、あんたにそう言われると適わないわね」



 まあいいわ、風菜がそう言っているもの、諦めてゆっくり休んじゃいましょう。自分1人の考えじゃ不要に無理しちゃう。バカみたい。

 それからはしばらく、地面に座って背後霊な風菜とダラダラ何気ない話をした。



「姫チー、どうして私の告白受け入れてくれたの?」


「吊り橋効果」


「つまんない答えだね」


「いいじゃない。それに、“リビコン”をクリアするまでは別に付き合うワケじゃない

んだからね」


「今どきそんなに古典的なツンデレ発言する人いたんだ!?」


「うるさいわねもう!」


「あー、話題変えよ。姫チーって女の子と付き合うの本当にOKなの?」


「同性に恋したことはなかったけど、昔から最後は何となく男か女かで相手を選ぶとかじゃないんだろうなぁって感覚はあったわね。アニメとか見てると女の子がその作品じゃ一番の推しになることも多かったし。でも、もし凄いイケメンに告白されたらあんたから乗り換えるかもしれないわよ」


「それはマジ困る。ぴえんを通り越してパオン」


「まっ、そのときまでに上手く関係が続いてればいいのよ。そしたら、どんなヤツが相手でも乗り換えたりしないから」


「オッケー、だったらウチ、姫チーにとって最高の彼女として振舞ってみせる!」


「勝手に言ってなさい」


「そうだ、この戦いが終わったらさ、そっちの部活に遊びに行っていい?」


「急にどうしたの? 死亡フラグ?」


「違うよ、負けられないように、自分を縛りつけておきたいだけ」


「急にしんみりした言い方しないでよ、貴女らしくないわよ。あ、もちろんOKよ。来てほしくない理由はなくなったし」


「はーい」



 何かずっと風菜と話をしていた気がする。もっと言えば、私は彼女とゆっくり休みながら会話することに癒しを感じていた。

 なんでしょうね、こんなにあっさり人って堕ちるものなのか……。

 姫モードが崩れていることを指摘してこないあたり、気を使ってもらっている分そこから余計に優しくされている実感が補強される。

 しかもそこに嬉しさまで感じてしまっているのは、なんていうか、もはや風菜の虜なのかもしれないわね……。



***


 30分ほどゆったりしていたけど、流石にそろそろ休憩も終わりだと判断し、動き出した。

 敵が出てこない場所にいる限りは死なないと言っても現実の時間は進んでいるはずだし、何より休みすぎで緊張感を失なくしたせいで凡ミスを起こして死ぬ可能性だってある。



「風菜ちゃ〜ん、次の場所に案内して♡」


「まっかせて☆」



 で、案内されたのが、〈ラファエル〉と戦う前の四方に道がある正方形の広間。

 今出た通路に本来の通り道の通路とエレベーターの通路を除いて最後の1つの通路を通るみたい。

 鍵のかかった扉がそこにはあって、〈ラファエル〉がドロップした【宝物庫の鍵】を使用することで開くことができた。

 先へ先へと歩いていくとその先は少し広めな一室で、中央にはレッドカーペットが敷かれ最奥には1つの宝箱が置いている。じゃあ、カーペットユーザー向けの視線誘導なのかしら。このゲームってMAP確認機能ないし。


 

「とりあえずアレを開ければいいの〜?」


「ノンノン、それは違うよ姫チー」


「そうだったわね〜、バグを起こすんだ♡ 理解した♡」



 私も慣れてきたのか、この部屋の構造とある点について1つ気になっていた。

 そう、宝箱の設置部をよく見ると、それを立てるための台座から微妙にズレているのだ!

 恐らくはグラフィックの配置ミスなんでしょうけど、修正する優先度が低かったのか、発売から1年ぐらいで終わるゲーム側のアップデートパッチで調整する期間が終わっても直ることはなかったって感じかしら。



「じゃあ例えば、あのズレた台座にジャンプ攻撃とかすればいいの?」


「おお、大正解!」



 そこで、当てずっぽうで適当なことを言ったら当たってしまった。

 まあいいわ、それならやってやるまでよ。

 “リビコン”では、武器による攻撃の中に弱攻撃と強攻撃の他に、移動スティックの押し込みと同時に強攻撃をすることで飛び上がって攻撃することができる機能がある。

 恐らく、今の私がその動きを再現するなら、ジャンプしようという意思で足を動かしながらロングソードを思いっきり振り下ろせばいける感じかしら?



「てや♡」



 その思考に合わせ、私は飛びながら落下の勢いで直剣を地面に突き刺した。

 狙った位置は宝箱の設置部に対して置かれている台座の微妙なズレた部分。全ての条件はここに整った。



「バグさんこーちら♡」



 その瞬間、

 私は足元の床にめり込んでいくような動きを見けるとそのまま床ごと抜けていき、100mある高層ビルから落下しているのかとも言える勢いで真っ黒な空間にどんどん真っ直ぐ落ちていく。

 本当にただただ黒いだけで他に何も無い場所への降下となると、まるで光源を持たないで深海を潜るも同然であり己の本能が不安を覚え始める。人は暗闇の中で生きていけない文明社会の生き物だから。

 でも、ある意味期待通り。この光景は慣れた、恐怖はあれど焦りはしないわ。



「プロロするんでしょ~♡ タイミングは任せたわ~♡」


「言い忘れてたけどこれもたまに失敗して事故死する奴なんだよね」


「ま、そんなところでしょうね。覚悟はできてるわ」



 少なくとも今日だけは風菜に全てを託すことに抵抗を感じない。

 信じて、下手に焦らさなければ、こういうチャレンジは大抵成功するもの。



「よし!」






***


〈深淵の中の深淵〉



 風菜の掛け声が聞こえると、私の視界の先は……暗い洞窟に変わっていた。



「えっ」



 このダンジョンは確か、第1の試練〈アインオブソウル〉、第2の試練〈ツヴァイオブヘル〉、第3の試練〈ドライオブヘブン〉、第4の試練〈フィアーオブリボーン〉からなる4つの試練とそこに連なった合計8つのダンジョンのボスを倒す事で移動可能になる最終試練〈レッツトオブライフ〉のダンジョンのはず。

 4つの試練の内後者2つはさっきまで散々やったけど、残り2つは完全にスルーってコト!?


 しかも、その最終試練〈レッツトオブライフ〉は4つのダンジョンを連続攻略する構成なのだけど、本来の攻略するはずの〈ローソ城〉と〈ローソの闘技場〉を完全にスキップしちゃってるじゃない!

 〈ローソ城〉なんて力尽きた奴隷の屍人が何らかの機械とつながった棒をグルグル回している背景をお出迎えする衝撃的なダンジョン攻略なのもあってワクワクしていたのよ!? なんか、なんていうか、味気ないわね!? 奴隷が棒をグルグル回すのってロマンあるじゃない!?



「多分姫チーが見たRTAは古いヤツだからアレだろうけど、今は第3の試練をクリアしたらここへ移動するっていうのが王道って感じ」



 後から聞いたのだけど、このバグは容量削減のために〈大神殿〉の真下に〈深淵の中の深遠〉が配置されているようで、段差に向かって攻撃の当たり判定を与えることによってそのダンジョンに存在しない連結道を発生させて移動してしまうという理屈らしい。タイミングよくプロロすれば着地による落下死まで何故か防げる感じで。



「じゃあなんで第4の試練を攻略したのよ!」


「そりゃあ、あのステ振りなら大して難しい操作なしに経験値を稼げると思ったからに決まってんじゃん」


「はいはいおかげでスタミナに余裕があって楽に攻略させてもらってます私が悪うございました!」



 なお、今問題があるとすればこのダンジョン、とにかく暗い洞窟の中を彷徨いながら毒沼があったり雑魚エネミーが強かったりと決して楽ではないことになる。

 何より光源が少ないということは全面的に目で見て判断できる情報に制限がかかるので、本来は〈屍人神殿〉でのチュートリアル中に拾える【松明】ってアイテムを盾替わりに左手で握って視界を確保する必要があるのだけれど……回収してないわよね、うん。


 一応プレイヤー自身がある程度自分中心に発光してるかの如く微妙に光っているから、足元だけは見える。ちょっと助かったわ。

 考察勢曰く、試練を乗り越えた“屍人”が冒険を進めていく末に闇の中の地下世界を彷徨うという、ある種の具現化された悪夢を舞台にしたダンジョンね。

 ちょうど着地地点から見てすぐのところに“屍石”もある。ダンジョンのスタート地点までワープしたってことなのかしら。



「それじゃあ案内するからウチを信じてね☆」


「流石に光源なしにダンジョンの空間を把握できるほど私はやり込んでないし、任せるわよ」



 こうして私は〈深淵の中の深淵〉を攻略していくことになった。

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