第4章 ギャルといえば学生、それと覚醒で踏める
閑話 姫とギャルよりちょっと前
***
SIDE:
***
「新テニの新刊読みました?」
「ずっと壮絶な展開だよな……。あんな漫画この世で唯一無二」
「ドイツ戦入ってからがマジでずっと熱い。今話題になる切り抜き大体ここからだし」
僕は
太っちょの
彼らは小学生時代からの幼馴染で、うちの高校は2人いれば部活が成立するのもあり、学校内に自分達だけの居場所を作ろうと考えたところ運のいいことに部室も手に入り楽しくのんびり放課後は遊んでいた。
今回の話は、そんな中で起きた僕達の環境を覆す2つの事件の話だ。
***
最初の事件はだいたい半年前に起きた。
それは、突然放課後の部活時間に現れたに1人の女をきっかけに始まる。
「今ってぇ♡ 新人部員募集してるのぉ〜?」
彼女の名は
この高校の中でもひときわ存在感を放つが、同時に
そんな彼女がアニメ研究会に興味を持って現れるとはどういう風の吹き回しなのだろうか?
「募集はしてませんけど、何か興味があってここへ来たのでしたら話は聞きますよ」
「姫ぇ、部活に入ったことがなくてねぇ、ここなら知ってる分野だししっかり活動できるなぁって思ったのぉ♡」
実際に話してみると思った以上に痛いヤツで会話が続けば続くほどなんだか精神的に疲れてくる。それに、喋り口調が妙に演技かかっていて、何か企みまでありそうな雰囲気だ。新人部員は募集していないし、何か企みがあるのは間違いない。
だけど同時に、僕達は皆……異性と会話する機会が乏しい人間だった。だからと言って困ったことはこれまでなかったけど、それでも彼女も僕達も同じ2年生だ。同年代ともなれば、彼女を受け入れることでなんというか未知の世界を切り開けるように思えた。
「「「喜んで!」」」
だから、揃ってこう答えてしまった。
なんだかんだ、僕達からすれば姫はスタイルも良くて可愛かったんた。
僕達は仲良し3人組。声の重なった返事。考えることは皆同じ。
きっと、心のどこかで日常に変化を求めていた。
***
太田姫子がアニメ研究会に加わってから、僕達の日常も大きく変化していった。
「イベント周回めんどくさいからやっといてくれなぁ〜い?」
「お任せを!」
「マジパラはおすすめだよー」
「見ます!」
「焼きそばパン買ってきて♡」
「はい!」
そう、太田姫子は……姫は……オタサーの姫になった。
まともに異性と会話することのない僕達が近い距離感で接することのできる機会をありがたがっているのだと早期に理解した彼女は、パシリ同然にコキ使い始めた。ソシャゲの周回はもはやオタク同士でのみ行われる新手のパシリとして妙な新鮮さまである。
しかも僕達は揃いも揃って、『もしかすれば恋人ができるかもしれない』という淡い期待を寄せていたのも事実であり、それがより環境の変化を促進させていた。
反面、もし誰かが太田姫子――姫と恋愛関係になったとき、僕達の10年続いている友情に亀裂が入ってしまう問題も無意識に感じており、それぞれどこかで自重しているところもある。
オタサーの姫といえば人間関係をややこしくするサークルクラッシャーとも呼ばれている死神の通称。自分たちがその被害者となる可能性が今目の前にあるのだという自覚だけはなんとかあった。
ある意味では、異性に触れ合いたい気持ちと、そこに自分達の友情が天秤にかかることで妙なバランスがとれて、いい意味でどっちつかずな状態と化しているのだ。
「姫、疲れちゃった。肩を揉んで欲しいなぁ♡」
「「「やります!」」」
いや、本当にこのままでいいの?
***
だが、この変化した環境も、3ヶ月程続いたことで更に変わる。
「おいオタク共、カツパン買ってこい!」
もう1つの事件は、ある日、
いきなり現れてはパシリな要求ででは少なくともそのタイミング断ることができなかったから指示通り走ったけど、可愛い姫ならともかく、特に縁もないNTR本に出てきそうなチャラ男の言うことは極めて不服だ。でも、何か暴力を振るわれそうだったので、断るに断れなかった。
その日はちょうど姫が風邪で休んでおり、絶妙に声をかけやすかったのだろう。
「オタク共、サンドバッグになれ」
そして翌日、また部活にヤツはやってきた。
今日は今日で姫は職員室へテスト前に色々先生に聞きに行っているせいで部室にはおらず、男子しかいない部室では尚更声をかけやすかったようにも見える。
ちなみに、勉強周りで僕達はサポートしていない通り、実際のところ姫は自分の事は自分でできる行動力ある人間だ。つまり、僕達を利用して楽していることは、無理にやらなくてもいい案件がほとんどである。これに関しては、僕達はそれはそれで楽しいと思ってしまえているからそこまで気にしてないけど。
話を戻すと、このチャラ男は最近できた彼女に早々振られたことをきっかけに憂さ晴らしとして僕達を標的に選んだようだ。
ここで断れば部室に置いてあるオタクグッズや備品を破壊してくる可能性だって考えられる。
推しのアクスタを破壊されるとかなり精神に来るのでかなり狼狽えてしまう。
特に、家から持ち出したプロジェクターやノートパソコン等、仮に退学に追い込めても弁償が泣き寝入りになりかねない物まであるので、少なくとも今日だけは殴られてしまうしかないのだろうか。
というか、オタサーの姫が実際にオタクと真面目に恋愛することはなく、最終的にはこういうチャラ男と付き合うなんてザラだ。
彼の日常への介入は、きっとその展開への前触れなのだろう。自分達が非力なのが本当に悔しい。
「嫌だ」
「嫌」
「嫌です」
だから、せめてもと抵抗の意思で答えを返した
どうせ殴られるのならば、そこで立ち向かったという事実を僕達は求めたんだ。
――その時。
「あ、チャラ男くんじゃない♡」
部室に姫が現れた。
妙に好意的な態度だ、もしかすると既にグルなのかもしれない。オタサーの姫なんだぞ?
僕達は揃って苦い顔をした。
彼女の行動を見るまでは。
「そうそう、日曜日のラブホに連れ込もうとしてた動画、結局あとからムカついてきてさっき先生に提出してきたよ♡ 明日には職員会議で処罰が決まるって♡ よくて停学悪くて退学だね♡」
ニタニタとした笑顔で携帯を見せつけながらそう主張する姫。
それを前に、チャラ男は狼狽えるような表情を見せてこう言う。
「や、約束が違うじゃねぇか!」
すると、姫は突然普段の姫モードを崩してこう返事をした。
「力任せに女抱こうとする奴に人権なんてないのよ、この腐れゲス野郎が!」
突き出した親指を下に向けて威嚇までしている。
こんなに機嫌も態度も悪い姫を見るのは初めてだ。
「もう全部が全部どうでもいいぜ、お前の顔面を破壊してやりゃあ!」
煽られたことで、仕返しにとチャラ男はボクシング部で鍛えたその拳を姫の顔面に向かって放った。
もしそれが命中すれば姫の可愛い顔に傷がついてしまう。
それを理解した僕達は『姫を守らなければ』と思い、動き出した。
「「「うおおおおおお!!!!」」」
全員で瞬時に動き、体を3つに重ねて壁になる。ジェットストリームディフェンスだ!
おかげで、チャラ男の拳は戦闘の僕だけに命中し、その痛みも後ろでクッションになってくれたガイアとオルテガのおかげでちょっと痛いぐらいで済んでいる。
「暴力シーンの録画完了ー♡ ワンチャン停学で済んだのに〜♡ これじゃ退学だねぇ♡ 可哀想ぉ〜♡」
しかも、その瞬間を逃さず姫はチャラ男が暴力を振るう一部始終を録画していたのだ。
つまり、チャラ男は社会的な死が確定した。なんと、僕達は勝ったんだ。
「覚えてろよぉぉぉぉぉ!!!!」
逃げ出すチャラ男に対して、姫は笑顔のまま中指を立てている。
「女だからって舐めてんじゃね♡ え♡ ぞ♡」
姫モードのままながら、言ってる内容も動作も全てにおいて汚い。そこには、アニメやゲームの世界だけでは感じる事の出来ない
そういえば、部室に入ってから姫はずっと笑顔な表情を崩さないでいる。
太田姫子は姫であるためにそこまでこだわっているということだ。
***
あの日以来、オタク研究会の人間関係はアップデートされた。
まず、僕たちは姫に対して敬意を持って言うことを聞くようになった。
同じ話題で語り合える異性である以上に、姫であることを望む彼女の要望は可能な限り答える、それは僕達があの日助けてもらった恩義によって行われている。そういう関係だ。
姫ほど強い人間に対等な付き合いをできない。そんな僕たちが彼女を異性として意識することなんておこがましいと理解したのも勿論ある。だから、せめて部活動の中の主従関係として、卒業するまでは彼女に尽くそう。何よりそれ自体やっていて楽しいのだから損得で考える必要もない。
「イベント周回やってくれる?」
「もちろん!」
「売店でリンゴジュース買ってきてくれる〜?」
「お任せを!」
「今度一緒に劇場版マジパラを見に行かない?」
「姫の頼みとあらば!」
僕達は姫にとっての騎士だ。
そう思って彼女に尽くす。そう決めた。
これが、僕達に起きた2つの事件の全容だ。
***
「来なさい、囮の“従者”さん!」
あれからしばらく経ったある休みの日、僕は気が付くと“リビングデッド・コンティネト”の〈大神殿〉というダンジョンにしか見えない場所に突然と移動していた。
目の前には【姫装備】を着込んだ姫がいる。しかもあのギャルの風川風菜が背後霊として浮かんでいるしで状況を理解できない。
「貴方、もしかしてマッシュ〜?」
姫に声をかけられた。だったらこう返事しよう。この状況は整理不能だ。
「やっ、やっぱり姫だったんですか、いつもに増してお姫様な衣装ですね。ところでここどう見ても〈大神殿〉のボス部屋前なんですけどどういうことです? というか
風川さんみたいな背後霊がいませんか?」
この言葉をきっかけに、2人から現状について説明をもらうことができた。
どうにも、僕も含めてラノベみたいな展開に巻き込まれたようで、“リビコン”の世界から生きて帰るための戦いを繰り広げているようだ。
しかも、あのよくいるギャルぐらいにしか思っていなかった風川風菜が“ウインド”氏だったという衝撃の事実まで発覚した。
そこで僕はどうにもNPCのヤーギュウに憑依している状態にあり、戦うから命懸けなのだとも伝えられた。
「分かりました。この命に変えても姫をお守りします!」
なら、返事はこれしかない。
姫への恩返しが部活の中で甘やかすだけで終わらないなら願ったり叶ったりだ。
それに、この“リビングデッド・コンティネト”というゲームに対しては人一倍の自信と慣れがある。
何を隠そう、僕は“M”のハンドルネームで有名な、何年もずっとこのゲームのバグをひたすら検証及び発掘している超ヘビーユーザーなのだ。
昔から“リビコン”シリーズが大好きでずっと遊んできた。ガイアとオルテガにも強く勧めた結果、よくマルチプレイで遊ぶゲームにもなっている。
僕はこのゲームの全てを開拓したいと考えてずっとバグを探し続けている。だって、バグはゲームの可能性を更に広げる魔法だから。
その過程で培った“リビコン”のやり込みテクを今ここで姫を助けるために使うんだ、やってやるぞ!
……それにしても、姫に恋人ができて僕に重くのしかかっていた何かが消えたような安心感がある。
これで姫がサークルクラッシャーとなり僕達3人の関係性を壊す可能性は0になった訳で、安心して姫の騎士として恩を返す為に卒業まで甘やかすことができるんだから。
もちろん姫のために己の技術と記憶力をフルに活用している
だから思うんだ、例え吊り橋効果が強いきっかけだったにしても、風川風菜は僕よりも姫にふさわしい人間だったことには違いないって。
じゃあ後は、今は姫の為に戦うだけだ。
“リビコンバグマニアのM”として、やれることは全部やってやるぞ!
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