第17話 姫とギャルとダンスフィーバー
・現在のプレイヤーの状態
レベル:57
HP:10/100
MP:20/60
最大スタミナ:300
武器:右手【ロングソード+5】(エンチャント適用中)、左手【ナイトシールド】
防具:頭【なし】胴体【姫のドレス】腕【姫の手袋】足【姫の靴】
アクセサリー:【逆転の指輪】(効果適用中)
所持アイテム:【エンチャント・雷×2】【エンチャント・闇×2】【ショートボウ】【自血刀】
装備重量:28%
攻撃力:350(エンチャント込)
防御力:ダメージ5%カット
所持金:26,193G
保持経験値:41,423デッド
***
大扉を通ると、私の視界が特定の位置をカメラにしたように移り変わる。ムービーの処理だ。
場所は横に広い円形の城の屋根の上のような場所で、雲の上から辿った巨大施設の最下層にソレがあるというのは独特な地図の繋がりを感じさせてくる。
そして、その中央の尖った点に向け突如として光の柱のようなものが落ちてきた。
光の柱をよく見れば、左右に4本ずつ白い翼を生やしながら、股間部にだけ布を纏っているほぼ全裸な筋肉隆々の男が中から出ようとしていることがわかる。
腕もまた左右に2本ずつ生えている人ならざる姿をしており、肩から生える腕には直剣を、背中から生える腕からはハルバードを元より双剣として造られていたかの如くそれぞれ二刀流状態で握っていた。
自然と光の柱は消え、屋根の上に男だけが残る。最後に彼が雄叫びをあげることでムービーは終わった。
***
「やっぱりリアルな感覚だと威圧感すごいわねこのボス」
「姫モードが崩れてる!」
「ごめんなさぁ〜い♡」
このボスの名は〈ラファエル〉。
神様のような風貌ながら、人に救いなどは与えんばかりに襲いかかるボスで、考察勢曰く厳密には神ではなくソレを模した怪物らしい。そんなヤツまで襲われる“屍人”というのは本当に嫌な立場ね。
なお、ボス性能としては薙ぎ払い型の攻撃を多種多様に使ってくることから攻撃を避けるにしても塞ぐにも覚えるべきタイミングが複雑な挙動もあって、風菜が言うにはソロプレイだとノーバグによる正々堂々な勝負しか許されない。
そのために“流離の騎士”ヤーギュウに憑依したマッシュが囮役を買ってくれる訳だけど、何度も言うように彼も彼でゲーム内での死が現実と連動している可能性も捨てきれない。それらを考慮した上で、素早く倒す必要がある。
「姫チー、こいつは雷に強くて闇に弱いから!」
「はぁ〜い♡」
こら、マッシュ、微妙に茶番臭い会話を見せられてるなって顔をしないの! 確かにそんなことを気にしている余裕なんてないけどねぇ、これ普通に恥ずかしいのよ!
……まあいいわ、流石にちゃんと指示通り動きましょう。
「まずは僕がヘイトを稼ぐので、回り込んでください」
正直なところ、未だマッシュが命を懸けて私のために戦おうとしてくれている理由を理解できていない。
彼自身薄々分かっているはずなんだ、私が私利私欲の為にアニメ研究会のオタクくんとして見下しているって。
その理由を聞くのは間違いなく野暮だから今聞くつもりはないし、細かい事は気にしないで彼の勇気を尊重して戦うことが先決。
色々と気になるけど、これだけはゲームクリア後にでも直接聞こうかしら。それでいきましょう。
もちろん、あれそれと考えているうちにボス戦は始まる。
最初はマッシュが〈ラファエル〉に向かって走り出して、左手に盾を構えながら右手の【刀】を縦に思っきり振り下ろした。
ボス戦にせよ雑魚戦にせよ、“リビコン”のエネミーは自身を最後に攻撃したエネミーを中心にして攻撃を行うAIになっている(※これらを意識的にコントロールすることをヘイト管理と呼ぶ)。
なので、最初にマッシュが攻撃するのは作戦通り。
102ダメージ!
火力が頼りないのはマルチプレイ寄りに処理されているとはいえあくまで基本的に攻撃能力を弱めに調整されているNPC“従者”への憑依状態だからかしら?
その分私の方でしっかりダメージを稼がないと。
続けて、攻撃を受けた〈ラファエル〉はマッシュに向かって手に持つ4つの武器を同時に振り下ろした。
「今こそ隙! ダッシュしながら強攻撃して!」
「はぁ〜い♡」
私は風菜の指示を受けながらもマッシュがガードをしながら耐えたところで、飛び上がりながら〈ラファエル〉の背中に剣を突き刺す。
476ダメージ!
ダメージ量だけならかなり高い。
それこそ1/12は削れている。これを安定して当て続けられれば確実に勝てるのは間違いない。
「直ぐに横に向けて回避!」
「えいやっ!」
流石に【逆転の指輪】を活用している分油断して攻撃しすぎからの回避失敗なんてやらかすようなことはないものの、このボスの反応速度は尋常じゃなさそう。
地に着いた足を含め宙へと低く浮かび上がりながら4つの武器を天へと掲げると、空から私に向けて1本の雷がドゴーン! と落ちてきた。
「そのままガード!」
更には隙を見せず2本の直剣を突き刺そうとした。
これは完全な物理攻撃なので盾で耐えればノーダメージでやり過ごせる。
回避とガードを合わせてもスタミナは7割保持だ。
このステータスだとHPがあったところで同じようなものだと思うけど。
「2人共2回弱攻撃して!」
流石に連撃の後だと〈ラファエル〉は硬直するような動きを見せる。明確な攻撃のチャンス。
326ダメージ!
104ダメージ!
323ダメージ!
102ダメージ!
ダメだ。まだまだ半分も削れない。
そんな戦いを続けていくうちにどんどん体感時間が長くなっていく始末。
恐らく、今までボス戦は火力で瞬殺したりバグで一方的に殴ったりと楽をしすぎたせいでこのレベルの死線とも言える緊張感に耐えられなくなってきたんだと思う。我ながら豆腐メンタルで嫌になるわ。というかバグを目にしたらパニクるクセにバグがないと気が弱くなるなんてどっちつかず過ぎるでしょうが私! このバカ!
「姫チーは回避専念でオタクくんはガードが安定!」
そんな中、次の〈ラファエル〉の攻撃はマッシュ狙いのようで、少し待機するような動作と共に2本のハルバードをぐるりとぶん回す攻撃をしてきた。
これは背後にまで当たり判定があるので、私達は風菜の指示に従い、それぞれ受身を取った。
「ヘイト管理がややこしくなるから、姫チーは距離を取りながらスタミナ回復しつつ全快したらガードを維持してね待機ね」
あ、ヤバい、なんか緊張しすぎて頭が真っ白になってきたわ。
ここでそれは本当にヤバい。命のかかった戦いの中で安心感を求めすぎたのかも。
呼吸も何だか乱れてきているし、どうしよう……。
――そんな時、マッシュが何かを呟く。
「そうだ、このボスは裏技があるんだけど興味はありますか?」
彼はあれからコンボのように続く〈ラファエル〉の剣による刺突からの全武器を振り上げて降ろす攻撃を自然と凌いでいた。視界に映る彼のHPも一切減ってはいない。
もしかして、マッシュまで風菜と同じ“リビコン狂人”だったりするの!?
「待って、確かにこれマルチプレイ扱いだからいけるじゃん!」
「流石は“ウインド”氏だ、理解したようですね」
何だか風菜と意気投合までし始めている。
実は私の不安って些細なものに過ぎなかったってこと?
「姫チーは一旦ボスから距離をとっちゃっていいよ。雷攻撃以外は当たらないから☆」
突然投げやりなアドバイスがきた。
でも、豆腐メンタルな私向けな展開になりそうだから従っちゃえばいいよね、これ。
私は位置を変えるている中、マッシュは〈ラファエル〉をボス戦フィールドの中央から少しズレるように誘導しつつ、
「この憑依をマルチプレイとして処理してくれているなら――いける!」
彼はそう言いながら、ダンサーのように手足を上げ下げしつつ左右にくねくねと体を曲げるていく動作を始めた。確かアレは【ダンス】のジェスチャーだったはず。
「すっごいのが始まるから期待しちゃっていいよ☆」
「えー、ほんとぉ?」
突然煽り始める風菜。
その言葉から繋がるようにソレは起きた。
——マッシュが【ダンス】のモーションのまま一切元の正しい武器を構えて立つポーズに戻らないのだ。
「何……これ」
しかもだ、まだまだ問題は続く。
「ね、ねぇ、2人共ぉ、説明してくれると嬉しぃなぁ〜♡」
「もうちょっと見てみ。凄すぎて"飛ぶ"からさ」
ひとつは、風菜は傍観を求めてくること。どれだけバグに困惑する私のリアクションを見たいのよ。
そしてもうひとつは……マッシュが何も喋らなくなった。私の質問に一切答えようとはしない。
「オタクくんだけど、今画面がフリーズしてて何も反応できないよ」
「は?」
確かにゲームそのものが固まって静止するフリーズはゲームの強制終了扱いで死亡にはカウントされないとは思うけど、部活仲間がそんな現象に苛まれたら素直に不安になるじゃないの。
しかもこのバグはまだ終わらない。
なにせこれはボス戦の途中だ。
「か、風菜ちゃん、さっきから〈ラファエル〉さんが荒ぶるダンス状態のマッシュくんを殴り続けてる上にダメージ判定が出てないわよぉ〜」
なんていうかこれ、チートコマンドで隠しゲームを呼び出したときより酷いかもしれない。
「そろそろちゃんと解説するね。あれは“エンドレスダンス”って言う、早い話はマルチプレイしてる時に発生するラグと屋根の角にある足場判定とダンスモーションが重なってホストの姫チー側の処理がおかしくなるバグって感じ☆」
少し前にマッシュが1歩の移動で5歩先に瞬間移動した話とも繋がるけど、対戦ゲームとかで攻撃の当たり判定に対して明らかに離れた位置にいる相手に何故かダメージが入る現象がある。お互いの回線の読み込みの差でゲーム画面側の処理がおかしくなる現象を指しているなら、これはそういう意味でのラグなんでしょうね。
「全体の床に対して屋根の角の当たり判定がなんかおかしくて、事前に行った緊急回避の無敵判定が一切消えないまま〈ラファエル〉は何故かどんなことされてもヘイトを向け続ける状態に変わっちゃって、結果的にこうなるんだよね」
まとめると、回避から直ぐに【ダンス】を行うことで無敵判定が保持されたまま無限にグルグル回転し続けヘイトを稼ぎ続ける……という状態みたいね。マッシュ自体はログアウトしているようなので、あとは私がトドメを刺せばいいと。
うん、わかったわ。
「おっ、姫チーやる気まんまんじゃん」
ここで、傍観に回りすぎたのもあってエンチャントの効果時間が切れる。
なら、どうせ一方的な攻撃にはなるなら火力を上げて手早く事を終わらせようと考えて、【エンチャント・闇】をもう一度使用した。
闇を纏った刃は、私の殺意を駆り立てていく。
323ダメージ!
326ダメージ!
324ダメージ!
回転し続けるマッシュ――いえ、憑依もログアウトしているなら――“流離の騎士”ヤーギュウを無意味に攻撃し続ける〈ラファエル〉の背中に向かって弱攻撃による剣の横薙ぎを3回行った。
もちろん無敵に近い状態だからと言って様子を見るのはやめない。あえて攻撃をやめてガードを行う。
このボスはハルバードによる回転斬りだけは背中にも攻撃判定をもってて、当然【逆転の指輪】のために1割にまで減らしたHPでそれを喰らえば死んじゃうから意識的に受身を取る必要があるのよね。まあ、どの道初期ステータスのままなHPでは全快でも即死するダメージでもあるけど。あと、落雷攻撃は完全なヤーギュウ狙いだとギリギリ当たらないはず。
それから様子見を続けると、攻撃の予備動作として今ちょうど背中から生えた2本の腕のハルバードを天へと突き立てていた。この場合に範囲攻撃が来るのはすぐ。
私はガードの構えを継続していると、〈ラファエル〉は2本のハルバードを円形にぐるりと薙ぎ払って来たので、盾で抑えた。
「姫チーもだいぶ自己判断力ついてきたねー」
「ありがと♡ それじゃスタミナが危なから距離をとるわね」
少し〈ラファエル〉の背後から離れて残り2割にまで削られたスタミナを回復させる。
全快したところで敵を確認すれば、相変わらず回転中のヤーギュウに無意味な攻撃を続ける〈ラファエル〉はハルバード薙ぎ払いでは無く直剣刺突の予備動作中だ。
ここは近付いてすぐにまた弱攻撃で攻める!
321ダメージ!
329ダメージ!
324ダメージ!
3回斬れば、一旦ガードに切り替え!
ヤーギュウへの攻撃は……武器4つを一気に振り下ろすヤツ。ならば追撃よ!
327ダメージ!
321ダメージ!
次は……雷を落とす攻撃。
〈ラファエル〉の残りHPはよく見ればどの攻撃でも一撃で倒せる状態みたいだし、やるならこれっきゃないわよね。
「トドメ!」
私は〈ラファエル〉の背後に立った状態で、右手の剣を後ろに引くように構えながら思いっきり溜め込んでの刺突を行った。
473ダメージ!
『撃破:ラファエル』
『入手:24,000デッド、12,000G、宝物庫の鍵』
刺突は見事に命中。
〈ラファエル〉は右膝を地面に付ける動作を行うと共にその姿勢のまま体の肉が腐食して、焼け爛れ、自然と消滅していった。
「ハァハァ、勝ったわね。マッシュは本当に大丈夫なのかしら」
「大丈夫だと思うよー、ただでさえ何で姫チーの災難に巻き込まれたのかもわかんないし。あと喋りが素に戻ってきてるから直して」
「よくよく考えたらあんたがイメージプレイを強要してるだけでしょうが!」
戦いが終わったと思えば緊張感が解れて馬鹿な会話をする私達。
でも、なんていうか、同性と馬鹿な会話できるのも楽しいなと思えてきちゃった。
勢いで告白も受け入れちゃったけど、ここまで息が合うようになってきたんだから本当に付き合ってみても良いかもしれないわね。
それに手伝ってくれたマッシュにも帰ったらちゃんとお礼を言わなきゃ。
そういえば、もう〈リビングデッド・レジスタンス〉に戻ることはないみたいだけど、一体何をするつもりなのかしら。
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