第16話 姫とギャルと従者

 気が付くと、私は無意識のままに胡座の姿勢を崩して地面から立ち上がろうとしていた。

 足元は鳥籠型の檻の踏み込み式スイッチ前で、あたりは鉄柵に囲まれた人が3人ほど入れるサイズの空間。

 つまり、移動に成功したようね。私は生き残った、風川のおかげで。



「行けたわね。これはご褒美よ」



 私はそっと振り向いて、後ろに背後霊として浮いている風川の唇に向かって自分の唇を重ねた。

 彼女は透けた背後霊に過ぎないためにすり抜けちゃうから肌と肌が重なった感覚は得られなかったけど、ちょうど密着する位置で静止してやれば何だかんだ形だけでのキスぐらいはできた。


 こういう中途半端な感じなら問題なく実行できると思ってやったのも事実。

 これが2人にとってちゃんとしたキスになるのかはともかくね。

 実際、風川は告白を受けいれたときよりも更に一層の顔を赤くしている事から、間違ったことをしている訳ではないと思う。



「……」


「……」



 しかも、私も私で何だか顔の方が暑く感じる。

 ……これ、同じような表情をしているのだと考えた方がいいわよね。私って案外単純な女……。

 1分ほどお互い何も喋らないまま同じ姿勢を続けると、落ち着いたのか唇を離す。

 その上で、まだ顔を赤くしている風川はふたつの人差し指をモジモジさせながらこう言ってきた。



「ね、ねぇ、姫チー、ここから先、可能な限り姫言葉で喋ってくれない? 実はウチ、結構あの喋り方好きで、めちゃアガるんだ☆」



 マジか……。

 まさかこのタイミングでそんな面倒な注文をしてくるなんて、凄い女だわ。

 でも、姫モードの私は別に作った喋りなだけでいくらでもやれるある種の自然体な口調。余裕が出てきたのもあるし、問題なくできる。

 素直に姫語で答えてあげましょう。



「じゃーあー、今からあんたのコト、風菜ちゃんって呼んでもいいかな♡」



 お姫様が親しい女の子を苗字で呼び捨てするのは世界観に反する。これは必要事項よね。

 しかし、逆ならともかく素の口調から急に姫モードに切り替えるのは初めてだ。

 自分を客観的に見てしまい恥ずかしくなってくる。



「うん、オケオケオッケー!」



 風川――いや、風菜は素直に私の意見を承諾してくれた。


 なんなら声に落ち着きがなさすぎて不安になるぐらい。たぶん、好きだった相手への告白に成功してキスまでしちゃったせいで完全に興奮が止まらなくなってきてるんでしょうね。

 これぐらいは言っておくべきかしら。



「風菜ちゃ〜ん、忘れちゃダメだけど私達はこのゲームの世界をクリアする必要があるんだからぁ〜、5分ぐらい何も考えないで落ち着てもらえないかな?」



 うん、これは絶対に必要なコミュニケーションだと思う。

 風菜はこれまであえて言わない事があってもミスで言ってなかった事はなかった。でも、焦ってるのが原因でなにかを言いそびれて死ぬなんて真っ平ごめんだから、落ち着かせてあげなきゃね。



「そ、そうだよねー」



***


「ふ、ふぅ〜」



 お互いに会話せず深呼吸を続けること5分、揃って冷静さを取り戻し、私は鳥籠型アナログ式エレベーターから降りてボスエリア前まで移動した。

 そこは四方に道がある正方形の広間であり、うち1つがボス撃破後に開放される通路で、他はショートカット用のエレベーターとここへ訪れるためのダンジョンの通路、最後がゲームとしては王道とも言える硬い大扉へと繋がる道となっている。

 つまり、そこを開ければボス戦だ。



「よし、落ち着いたから次へ進んでいくね☆」


「おねがーい♡」



 ところで、お互いやけにテンションの高い口調で交わす会話を突然客観視してしまって妙な気持ち悪さを感じできた。流石に今は2人きりの世界だと割り切ってしまおう。風菜はこの声が好きみたいだしね。



「ぶっちゃけ次のボスはソロだとシンプルに強くて目立ったバグもないから正統法で倒すしかないんだよね」


「え〜、そーゆーの姫こわ〜い♡」



 ダメだ、姫モードに入ると意味もなく弱者であろうとしてしまう。風菜がウザがらないか心配。



「大丈夫大丈夫、対策はあるから! 具体的には、味方してくれるNPCを活用して味方になってもらうって感じね。囮を活用すれば立ち回りがすっごい楽になんの」



 いや、笑顔のまま特に表情も変えず話を続けてくれている。彼女は本当にこの姫モードな私が好きなのだと理解してきた。

 なら、もうこのままやってやろうじゃないの。


 それで、風菜の言う味方してくれるNPCというのは、ボス戦の扉付近の床に赤く光り輝く五芒星の魔法陣があり、それを調べると召喚できる仲間のコト。ゲーム内用語でそれを“従者”と呼ぶ。

 マルチプレイ要素のソロプレイヤー向けバージョンのようなモノで、出せるダメージが低めに調整されているものの囮として非常に便利。


 ただし、風菜曰く下手に呼ぶとダンジョン攻略なら対応しなくていい雑魚相手でも勝手に攻撃してしまい、ボス戦でも行動パターンが安定しなくなることが多いために効率が悪くて召喚する機会がなかったとのこと。


 そうなると、後者を踏まえた上で、今回は呼んだ方が楽ってことになるのね。



「それじゃあ姫はぁ、“従者”さんを呼んじゃいまーす♡」



 指示を受けた以上は実行するだけ。私は五芒星に触れながら仲間を召喚するよう精神を統一させながら念じた。

 それから直ぐにその場から離れると、魔法陣が放つ光が視界を覆い尽くす程に広がり、その光が全身甲冑の人間をかたどり始める。



「来なさい、囮の“従者”さん!」



 光が消えると、目の前に赤いオーラを見に纏わせた全身が鉄の西洋甲冑で、背中から伸びるマントと少し不似合いな手持ちの【刀】が印象的な人物が現れた。

 彼こそが“流離さすらいの騎士”ヤーギュウだ。



「あ、あれ、ここはどこだ、さっきまで家でゲームをしていたはずなのに。……って姫!?」



 ――問題は、本来喋る場面のないNPCであるはずなのに今発言をしたこと。加えて、その声と喋り口調にとても既視感があること。

 もしかしなくても……アニメ研究会のオタクくんの増田ことマッシュじゃないの!?



「貴方、もしかしてマッシュ〜?」



 ひとまず落ち着いて、姫口調を維持しながら語りかけた。



「やっ、やっぱり姫だったんですか、いつにも増してお姫様な衣装ですね。ところでここはどう見ても〈大神殿〉のボス部屋前なんですけどどういうことです? というか風川さんみたいな背後霊がいませんか?」



 頭が痛くなってきた中、改めて状況を整理すると、どうやらこの世界で“従者”を呼ぶと私に縁がある人物が憑依した状態になると考えるのが自然。

 しかもNPCへの憑依でありながらゲームとしてはマルチプレイとして処理されている。回線のラグを再現しているのか試しに体を動かしている彼が1歩踏み込むと5歩先ぐらいの場所に瞬間移動したので間違いないわ。


 うーん、それなら尚更嫌な話よね。

 だって、アニメ研究会のオタクくん達なんてどうせ私のこと下心でしか見てないから、こんな命の危機に瀕している私を助ける気になんてならないはずなのよ。


 ネガティブに捉えすぎかもしれないけど、私は自分が普段から何をしているのかは充分に理解しているつもりで、今は正しくその茶番が終わる瞬間なのだとすら思えてきている。


 自己顕示欲と承認欲求に飢えたモンスター。それが私だから。


 だからこそ、私同様に死亡が現実での死に連動している可能性だってあるし、何より彼がこの場に現れるということは私を恨んでいる黒幕ではない白である証拠。だから、何の理解も与えないままこの理不尽たたかいに巻き込みたくはない。



「かくかくしかじかでー、姫は今大ピンチなの〜♡ 助けてく、れ、る?」



 そう思いつつ、ヤーギュウに憑依したマッシュに私がとある人物の恨みでこの“リビコン”の世界へと引きずり込まれたことや死ねば現実でも死ぬこと、背後霊となった風菜の状態について説明した。



「……」



 考え込み無言になるマッシュ。

 私は自然と、「誰がこんな媚びた女に手を差し伸べるのよ? どうせ私のことを守ってくれるのはせいぜい風菜ぐらいに決まってるわ!」なんて考え初めヤケになっていたのだけど……。



「わかりました。この命に変えても姫をお守りします!」



 どうにもすんなり受け入れられた。

 ……何でよ!? 私は自己顕示欲と承認欲求のためにあんたらのオタサーで姫をやっていただけで、明らかに命を賭してまで戦う理由はなくない!?

 彼は明らかに乗り気だ、信じられない。



「しかし姫に彼女ができたとは驚きです。あの2年の風川さんが伝説の“リビコン狂人”である“ウインド”氏だったことも信じられないですよ」



 また、風菜は自慢したいのかサラッと余計なことを伝えていたせいでその事にまで食いついてきた。

 確かに風菜=“ウインド”なのは知っておいてもらってもいいかもだけど、他人の恋愛事情を不要に語る必要はなくない?


 やっぱり、惚気けたかったと見るべきかしら。厳密にはこの戦いが終わってからのお付き合いだし、ややこしくなるから困る。じゃあキスするなって話になるけど、勢いだからしょうがないでしょ!


 ていうか、マッシュって“リビコン”をプレイしてる人間だったのね。ダンジョン名も1発で特定してたし、私よりよっぽどやり込んでそう。

 そんなマッシュの驚きの声に対して、風菜は余計なことを更に言い出した。



「いぇーい、オタクくん見てる〜?」



 これについては、どう考えても今この瞬間にただただ言いたかっただけの一言にしか思えない。



「NTRビデオレターじゃないっての!」



 どこからそんな知識を持ってきたのよ。ひとまず、マッシュがオタサーの姫は実際にオタクくんと付き合うことはないという現実に絶望してしまわぬよう、上手いこと突っ込んでそういうボケだったことにしておいた。いや、手遅れだけど。



「ハハハ、大体のことはわかりました。それでは、いい加減ボス戦に臨みましょう」



 くっ、マッシュもマッシュで上手く受け流したわね。しかも脱線した話を戻してくれてるし。

 そんなこんなで、【自血刀】を空振りしながら自身のHPを残り1割になるまで削り、その次に以前購入した【エンチャント・闇】を【ロングソード】に対して使用した。


 風菜がアイテムスロットにセットしてくれたソレは左手に真っ黒なエネルギーの玉として現れ、右手に握る【ロングソード】に塗り込んでいく。

 結果、剣の刃はおどろおどろしく黒いべトロとも言えるモノに覆い尽くされ、†闇の剣†が完成した。中二病な人が如何にも好きそうなデザインねこれ……。


 準備が終わると、大扉を開けながらこの〈大神殿〉のボスと戦うこととなった。

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