第15話 姫とギャルとチョロイン
***
SIDE:太田姫子
***
〈大神殿〉
雑談をしながら歩を進める私の視界にはダンジョン名の表記と共に正方形の大きく赤いカーペットが足場になっている玄関とも言える空間が映った。
カーペットの中央には“屍石”が配置されており、ここがダンジョンのスタート地点であることがわかる。
それもそのはず、ここは〈天界〉のように雲から雲を飛び越えていくのではなく、中ボスの〈大天使〉やボスの〈玉藻の後〉がいた場所のように神秘的な神殿を巡り、部屋から部屋をかけめぐり階段を経由して上から下と階層を行き来する建物探索型のダンジョンなのだ。
しかも、遠距離から追尾弾を放ってくるエネミーが過度に配置されている上に数で囲んでくる近接型の高HPなエネミーも多く、〈天界〉よりも更に難しいどころか難易度調整面が怪しいことからシリーズトップのクソダンジョンとして親しまれている(?)
「うわっ、私ここの攻略するの嫌なんだけど……」
ついつい弱音を吐いたことから、このダンジョンの辛さは察してほしい。お願い。
ただ、やはりというべきか風川は平然な表情を維持していて、にこやかにこう返してきたわ。
「ここ、攻略しなくていいよ」
なんていうか、もうこの不思議な言動そのものに慣れと癒しを同時に感じるわね。
「さっさと具体的な指示を出しなさい」
「そう焦らない焦らない☆」
風川はヘラヘラした雰囲気で、カーペットに踏み入れた場所から見て右手の方へと私を誘導した。
そこには、〈蛇之巣塔〉にあった鳥籠型のアナログ式エレベーターが……上がっていない空洞のただただ落ちるだけの穴があった。
ここはボス戦前のショートカットで、アレの降下バージョンみたいなものが上がることになるらしい。詳しく言えば、本来はボス部屋のすぐ近くにあるアナログ式エレベーターを踏み込むことでリスポーン地点としてのチェックポイントである“屍石”へのアクセスが可能となり、何度死んでもボス戦までの道で雑魚の相手をすることなく直ぐに挑む事ができる親切なダンジョンギミック。
「いや、ここから落ちたら死ぬでしょ?」
もちろん、本来はダンジョンをボス戦直前まで攻略し尽くした末にようやく開通するエレベーターであり、それこそ今そのまま入れば落下死する穴にしかならない。
風川のことだし、上手く落ちればダンジョンの工程をオールスキップして移動できるから落ちて欲しいとかそんな要求をしてきそうね。
「……うん、死ぬよ」
しかし、答える彼女の言葉が妙に重たかった。
表情も眉をひそめて慎重で暗い雰囲気にいつ間にか変わっている。
「実はさ、冒険をする中で色々と考えてたんだけど、このダンジョンを完全に安定してクリアするのは無理だって結論が出ちゃっててさ」
風川の声が妙に掠れていく。
あまり堂々と言える話では無いことが伺えるわね……。
そして、その話の本題は、確かに心境が伝わるような答えだった。
「持ち上げといてアレなんだけど、今からやるバグショートカットはタイミングがシビアすぎて大体1/2の確率で死亡判定が発生しちゃうだよ。マジで」
彼女が真剣になる理由は理解した。
散々安定チャートと言ってきた中でこの展開ってのは私としても受け止めがたい事実。
でも、今になるまで伝えなかったのは余計な不安を与えたくなかったという優しさから来ているのも何となく伝わってくる。実際先のことを考えないで焦らずやってこれたしね。
「実は、昔正規ルートを初期HPで攻略して死なないでボス戦までたどりつけるか20時間ぐらい検証したんだけど、ダメだったんだ」
「なら、HPを増やせばよかったんじゃないの?」
「自己判断でHPに割り振らなかったのは姫チーだよ。まあ、ウチも基本RTA走る時は振らないから指摘し忘れてたんだけど」
結局、また私の責任じゃないの。
でも、そういうのには慣れきっているから、そこまで不安も感じない。今の状況に至るまで、全部私が招いたことの因果に過ぎない気がするし。
「私はそこまで気にしないわよ、ギャンブルなショートカットだろうと」
「運ゲーは正直に言って嫌いだし、それに、ウチは気にするから――」
会話の中で風川の声が一瞬止まった。
少し言い難いことがあるんだろうし、それぐらい待ってやればいいわよね。
そして、答えはこうだった。
「もしここで姫チーが死んで思い残すようなことがあると嫌だから、言いたいこと言わせてもらってもいい?」
なんだ、それだけか。
だったら返事なんて適当でいいわ。
「ええ、文句でもなんでも言いなさい」
実際、こんな戦いに巻き込まれたらひとつやふたつ愚痴があるってものでしょ。
……とまあ、そう考える私は本質的に彼女のことをなにも理解していなかった。考えようともしていなかった。無自覚に跳ね除けていた。そんなことを思い知らされる答えが投げかけられた。
「ウチね、姫チーのコトが……太田姫子のコトが好きなんだ。恋愛的な意味で」
「えっ」
「ちょっと前にウチがラブホに連れ込まれそうになったとき助けてくれたじゃん。あの時からずっと、本当に、ウチ自身が心の底から好きだと思える人間に出逢えたんだって思えて、それ以来ずっとマジで大マジで好きのなの!」
風川は私のコトが好き。そんなシンプルな話。
しかもきっかけは私がリア充相手に煽られた腹いせにチャラ男だけでも退学にできるんじゃないかと善意のフリして店員に声掛けて引き連れつつ尾行したときのアレ。
妙なタイミングで起きる自分の行動力はやっぱり考えものね……。
ちょっと前までの私ならきっと同性に愛されるコトに少しは嫌悪感を覚えてしまったと思う。世間がどれだけ肯定すべきと言っても、実際にそれが身近にいたときに受け入れられる自信はなかったから、覚悟もしていなかった。
でも、今は違う。
だって、風川はこの私の為にずっと自分の力をフルに活用して助けてくれていた。同性がなんだというのも結局は自分がそう言われる瞬間に居合わせなかったせいで偏見を溜め込んでいただけだ。
「ふーん、じゃあ、私を元の世界へ返したら付き合ってあげてもいいわよ」
だから、こう返した。
それが死線をくぐり抜けてきた吊り橋効果による私のツンデレ発言に過ぎなかったとしても、それでいいの。
だって、だって、正直ここまで下心なく人に大切にされたことなんてなかったもん!
しかも誰かに恨みを買ってこの世界にいるなんていうメンタル的にキツい事実を前にしている私を否定しないでいてくれるのよ! そんなヤツに急に告白されたら惚れるわ! 一緒に冒険していくうちに相手の考えが読めるようになってきて息も合ってきて、そんな状態で急に告白されたら正常な判断なんてできないでしょ! それはもう最後の一撃必殺よ! 切ないわよ! 吊り橋効果上等! いいじゃない、オタサーの姫がギャルと付き合っても! オタサーの姫はすなわちオタクなんだから、オタクに優しいギャルと付き合う権利ぐらいあるわよそうでしょ!? 私、チョロ過ぎか!?
それに、結局この感情だって他人との付き合いの経験値がなさすぎて距離感の基準が全然掴めてない自分のせいってことよ!
「えっ、マジ……」
そんな混乱しながら放った私の返事に対して、風川が顔赤くして動揺している。
割と勢いで流してもらえると思ったものの、普通に空気が固まってしまった。
まあいいわ、何かもう色々めんどくさくなってきたから何となく意識していた自分らしさのひとつやふたつ無視して行動してやる!
「うん、じゃあ、今からあんたが言うバグショートカットに成功したらキスしてあげる。どうせすり抜けるけど、お試しぐらいにはなるわ」
厳密に言えば私自身、成り行きレベルで全て発言してしまっていて、本当に彼女に恋愛感情を抱いているかと言われると怪しい。いや、あったとしても認められるほど覚悟が決まっていない。なので勢い任せで全てを叫んでしまっている。
ただ、なによりもこの短い冒険の中で何だか彼女への嫌いだという意識が和らいでなんとも感じなくなってきたしね。
命の恩人相手に何もお返ししないのもどうかと思うし、1ヶ月ぐらいはカップルごっこをしてやればいいだけのことだと割り切ってやろうじゃないの。
そこで本当に好きになったらそれはそれで結果オーライってことで。
「わ、わかった。今から手順を言うからウチの言う通りにして」
それで、彼女の言うバグはこうだ。
1.穴になっている場所で、落下するギリギリ寸前ぐらいに立つ
2.“リビコン”にはジェスチャーというシステムがあり、要は手を振ったりお辞儀をしたりする機能なのだが、その場で【
3.座ろうとするモーションから足場の位置がズレて落下するので、着地する寸前にプロロする
4.死ななければ成功、【
というもの。
成功率が1/2なのは、プロロのタイミングがシビア過ぎて風川でもこの確率が限度という意味みたい。
「ジェスチャー、ウチの方から操作しないとできないんだって」
「なら、全部あんた頼りね。信じてるわよ」
「成功したら姫チーとキスできる! やる気モリモリマジ卍!」
なんか、告白に答えたおかげでやる気まで出てるんだけど。
そういう意味でも正解な答えを言えたんだったら、パーフェクトコミュニケーションよね。
「よし、ここがギリギリ立てる地点ね。少しでも足を動かしたら落ちそうで怖いわ」
風川の指示に合わせて、私は移動を終えた。
右足の付け根はギリギリ地面についているけど、もう片足はまるでそこに透明な床があるかのような見た目で浮いている。奈落の底に落ちるか落ちないかの瀬戸際までゲームらしい絵面なのはなんといえばいいのやら。
「じゃあ、やるね」
「任せたわ!」
風川がタッチパネルを操作するような動きを見せると、私の体は何者かに操られ自由を奪われたかのように動きはじめ、自然と胡座を組むように座り込んでいった。
それよって1歩程前に足が進み、穴への落下が始まる。
すると、どういうことだろうか。
私は胡座を組んだ姿勢で勢いをつけて底へ底へと落ちていっている!
「何この意味不明な私の状態」
「集中力が切れるから黙ってて!」
そして、鳥籠型のアナログ式エレベーターの天井を貫通し、床に着地しかけた。
「今だ!」
その瞬間、私の意識は一瞬途切れる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます