第12話 姫とギャルと隠しモード

 〈大天使〉を倒したことで彼が元々配置されていた背後の位置にある最奥の壁がゴゴゴゴゴゴと音を立てながら崩れ、外へ出る出口が開通した。

 床が雲の上になっていて、少し奥を見渡せばジャンプ台がある。なら、さっささと進むのが最適よね。



「ここから……まあ楽しみにしていて欲しいってところかな☆」


「あんたがそう言うなら期待しておくわ」



 私は、風川の意味深な発言を意識しつつもジャンプ台を踏みつけ、次の雲Dへと移動した。

 非常に入り組んだ通路になってて、細い道を渡れば広間が、そこから続くまた細い道を進めば分岐する等正しく通路が多岐に別れたダンジョンのような構造になっている。


 親切丁寧にジャンプ台から着地した地点にはチェックポイントとなる“屍石”が配置されているし、ゲームとしても後半戦として明確に切り替えることを意識してるのがわかる。



「思い出した、ここに来てから雑魚エネミーの配置が厄介になるんだった」


「まあまあ、ウチがいれば大丈夫大丈夫!」



 それ自体は事実だけど、何か不安になる言い方をやめなさい!

 まあいいわ、油断せずに指示を聞いて動いていけばいいだけだもの。



「じゃ、早速あの魔法を使おう」


「わかったわ」



 魔法は、魔法スロットに対象の魔法を嵌め込み魔法発動ボタンを押す事で使用できる。

 私の場合、武器を離して右手を前に突き出しつつ目を閉じて魔法名を叫べばいいのかしら。



「ステルスボディ!」



 そうすると、私の体は透明になっていく。足音までない。自らの存在を『無』にしてしまった。背景に対して透き通っている完全な透明な肉体ステルスボディとして。



「何となく輪郭は見えるけど、姫とチーマジで透明人間じゃん」



 自分の腕を見ればその透け方もはっきり認識できるわね。思えば現実でこのレベルのステルス状態になる機会はまず有り得ないし、なんだか楽しい気分になるわね。

 ただ、消費MPが激しくて60あるMPが40も減ってしまう。回復なしだと1回しか使えない。チャンスを温存するためにも今この瞬間まで使わなったのは確かに当然ね。


 そうして準備が整うと、雲Dの攻略を開始した。

 ……開始するはずだったんだけど。

 普通には始まらない。

 流石は風川だ。



「とりあえず“屍石”を触ってみて」


「えっ」



 せっかく敵に気付かれにくくなる透明化の魔法を使ったのに、あえて進まないで“屍石”に触れた。普通なら理解し難い行動だけど、もう風川の唐突な言い草に慣れてきている。うん、すっごいバグがあるのよね、何となくわかっているわ。


 

「よし、じゃあ今はそっちは体を動かせないとは思うけど、L1を長押し——違う違う、『ガードをするぞ〜☆』って気持ちを込め続けて」



 何となく、本来の操作キーにあたる行動をしてほしいってのはわかった。それなら従うのも簡単ね。



「やったわよー」


「ありがとー。じゃあ後は上上下下左左右右△□っ‬と」



 “屍石”に触れている間の操作は彼女も可能なようで何か不思議なコマンドを入力している。

 そして、いつの間にか——



 ――――――――私は空を飛んでいた。

 足元を見ればさっきまで触れていた“屍石”がある。高度はともかく位置は変わらない。



「いやいやいやいや、流石に何が起きてるの……っていうか“リビコン”らしさまでなくなったじゃないの」



 当然だけど本来の“リビングデッド・コンティネント”というゲームに空を飛ぶ機能もダンジョンギミックもない。

 だが、何となく前へ進もうと体を動かしてみると前進するし、少し上を飛びたいと思えば上へ、下がりたければ下へと高度を下げることができる。正しく自由自在に空を飛んでいる状態だ。



「風川ァ! 早く説明しなさいよ」



 私は高所恐怖症というほどではないものの、かといって得意でもない。なので怖い。

 ゲームのダンジョンとして雲の上を歩くのはギリギリ許容できても完全な空中飛行を説明無しで受け止めるのは不可能である。



「じゃあ、1から説明するね」


「早く言いなさい!」


「まず、“リビコン”の制作当初、〈天界〉のダンジョンでは空を飛びながら〈天使〉

達と戦うって特殊な仕様を目指してたんどけど……」



 そこで始まったのは、明らかにコアな制作秘話だった。

 落ち着きなさい、私だって原作者や監督や脚本家の発言から推しキャラクターの隠れ設定を追い求めるようなことはよくやってるから他人事じゃないのよ。



「えぇ……」


「結局作ってる途中で頓挫して今のジャンプ台でのエリア移動形式になったって感じなのが大前提ね。それで、半年前に“M”氏がリマスター版で密かに追加された機能として、ステルスボディ使用時に屍石に触れると1部のチートコマンドが使えることが判明してさ、最終的に空を飛んで攻略するってダンジョンの構造自体が実はちゃんと形としてはできていたことが判明したって感じー」


 

 チートコマンドとは、早い話は一定の条件を満たした状態で入力することで常時無敵状態になるとか、金銭が所持できる上限額までカンストするとかのゲーム内に意図的に用意された反則チートのこと。今まで使ってなかったってことは実用性があるのもこれぐらいってことかしらね。

 いや、だからといってそれを見つけた“M”とかいう奴も実用レベルに持っていく風川も恐ろしい限りなんだけど。


 

「なるほど、隠しコマンドによるであってバグじゃないわね」


「そーゆーこと☆」



 結局、空を飛んでの移動を行うことになった。

 まあいいわ、一度ぐらい空を自由に飛んでみたかったし。

 風川曰くとにかく先へ前進し続けていればいずれはボス前まで移動可能だと言う。なのでその指示には素直に従った。



「なんかいるわよ」



 私がそう呟いた対象は羽をパサパサと広げる2人の〈天使〉であり、本来は細道を通っている時に空から降りて襲いかかってくる配置であったモノだ。

 まだこちらに気づいていないのか、完全に配置から動かずにいる。

 どうやらこいつら相手に空中戦をしないといけないようね。


 

「つーわけで、とりあえず【火炎爆薬】投げちゃってー」



 なるほど、投擲アイテムがそのまま武器として使えるんだ。



「どおりゃ!」



 空を飛ぶ私は、まだこちらの存在を検知せず待機していた2人の〈天使〉に向けて黒い壺に爆薬が詰まった物体を投げつけてやった。

 真っ直ぐ飛ぶその壺は1人の〈天使〉に命中。完全なクリーンヒットだ。全身が燃えて慌てふためていている。

 また、そこまでダメージを期待できるアイテムではないはずが、何故かHPゲージが一撃で0なり撃破扱いとなった。



『入手:200デッド、100G』



 すかさずもう1人の〈天使〉がこちらに気付いたことで羽根を羽ばたかせながら近付こうとする動作を見せてきたけど、それを意識した上でもう1発【火炎爆薬】を投擲してやった。

 ゲームの仕様上投げたアイテムは細かく狙いを定めなくてもある程度の軌道修正が入りるためにまたも命中。体が燃え上がったあとHPが0になった。



『入手:200デッド、100G』



 これは確かに効率がいいわね。

 本来なら細道で2対1な囲み方をして追い詰めてくる雑魚エネミーだっただけあって一方的に攻撃できるのは爽快感もすごい。

 ただし、1つだけ問題もあった。



「ねぇ、あのポーズ、何?」



 そう、2体の〈天使〉は燃え上がる被弾モーション両手を上げて足をバタバタしようとする姿勢のまま一切動かず空中で完全な硬直状態となっていた! 地上へ落ちていくなどのアクションを一切起こさずに!



「実は未完成のまま無理矢理このチートコマンドで突っ込んだ機能っぽくて、敵はどんな攻撃しても即死するし、落下モーションが何故か機能しないとかめちゃくちゃなのよコレ。それこそハッキリ言うとさ」


「ハッキリ言うと?」


「調整ガバガバで“リビコン”のいいところがなにも感じられないクソゲーなんだよね」


「ぴえん」



 まあいいわ、逆に言えば低難易度のヌルゲーってコトだもの。やりごたえのないクソゲーだからってなによ、命懸けの勝負で楽をしない理由なんてないわ。

 そう考えながら私は勢いよく敵の配置に注意しながらも飛翔し続けた。

 雲から雲へと移動する中で同時に複数体襲ってくるも、姿が見えれば【火炎爆薬】を投擲して即殺。あまりにも快適な移動だったわ。



『合計入手:7,000デッド、3,500G』


「ひゃっほう! 爽快爽快!」


「姫チーが楽しめてるなら何より!」



 最終的には、〈天界〉というダンジョン全体的の空中で被ダメモーションで固定され動かなくなった〈天使〉の死体がそこら中に放置されている状態になった。死屍累々ならぬ爆愚累々バグるいるいね。



 だが、大体空を飛んでから3分が経過し浮かれ始めたそのとき、突然と私自身の高度が下がっていった。

 気がつけばあっという間に地面に着地している。



「無敵タイムは終わりなのね」


「ぶつ切りでごめんねー」



 足元は雲の上、そして目の前には〈大天使〉と戦闘した神殿を更に大きくしたような真っ白の建物が待ち構えていた。

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