第7話 姫とギャルと卑怯な手

 半ば罠として配置されているアイテムをわざわざ回収して自分の首を絞めろという指示を前に、私は怒りを覚えた。

 それでも、それでも! 彼女を信じてやるしかない。

 走り続けながら己の感情を思いっきり飲み込んで、まずは細かい確認をする。



「具体的なタイミングは?」


「私もここは直感でやってるからそれはわかんない、頑張って」



 なんと本当に己を信じてやりきれと言いだした。

 でも、そう言われると一周まわって火がついてきたわ。

 私の力でやってやろうじゃないの!



「うおおおおおおおおお!!!!!」



 走りながら、光のオブジェクトに対して少ししゃがみ、拾い上げる動作をすると1つ目のアイテムは回収される。



『入手:【強化石・中×2】』



 これは武器強化に使う消費アイテムで、本来は1オブジェクトに対して1個あればいい方なので確かに数の効率はいい。ここで取らせたい理由は何となく理解できる。



 ドゴォ!



 そして、後ろから蛇の頭突きが飛んでくる。

 私との距離は30cm――一気に狭まってきたわね。

 ならばと緊張感を保ちつつ、硬直動作が終わったことで即座に走り出し、次のアイテムへ飛び込んでいった。



「こんにゃろぉぉぉぉぉぉ!」


『入手:【自血刀じけつとう】』



 2つ目は……何、このアイテム?

 ダメだ、これに関しては全然記憶にない。

 何となく攻略サイトで産廃使えないゴミ扱いされていたような気がする。

 なんて物を拾わせるのよ。



 ドゴォ!



 そして、次の頭突きによって私と大蛇の頭の距離は5cmにまで縮まった。



「ひぃ!」


「完璧だよ姫チー、あとは走って!」



 まだ攻撃を食らう訳ではない。アイテムを拾うモーション中にも回復するためスタミナが丁度満タンになった。ゴールまで走るのに足りるだけはある。ならばと私は、螺旋階段をただただ愚直に走り抜いていく。



「マズイ!」



 あともう少し。

 ゴールとなる螺旋階段の頂上の扉の前で、頭突きが飛んできた。

 方向変換をする関係で絶妙に残りの5cm分追いつかれる。

 このままでは直撃してお陀仏になってしまうわ。



「緊急回避!」



 しかし、ラッキーなことに残り1ミリ程度スタミナは残っていた。

 その言葉に背中を押され、思いっきり前転ローリングすると、それよって発生する無敵時間で攻撃を完全に凌ぎ事なきを得た。

 あとは扉を開けて中へ入れば開閉モーション中は無敵扱いなのもあり安心安全に移動完了だ。

 風川の一言がなければ焦って回避を行う判断はできなかった。なんだかんだ、2人で1人の一蓮托生で私達はこの冒険に臨んでいるような気がしてくるわね。



***



「おっ、ここは」



 螺旋階段を乗り越えた扉の先は、背景こそボロい石造りの部屋だった。

 エネミーも含めて何もなく、“屍石”だけが中央に配置された部屋で、ここにいる限りは死のリスクはないと判断して私は風川に感謝の言葉をかけてやった。



「ありがとう、風川」


「どういたしまして。ブイ☆」



 右手をVの字にしながらそう告げる彼女はやはり眩しく、なんだか浄化されてしまいそうな気分になった。

 だけど、素直になれない私はそんな感情をさっきの怒りと同じように奥に閉じ込めて、この次について聞いていた。



「ここから続きは?」


「説明するとややこしいから、バグらせるとだけ」



 相変わらずまたバグなのね……。

 その話から風川のことで1つ気になる疑問が出てきた。どうせ安全地帯にいるんだし、今の間に疑問は詮索しておかなくちゃ。

 あまり考えたくはないけど、ミスすれば本当に死んで一生聞く機会ことができなくなる。

 だから、今聞くんだ。



「ねぇ、そういえばあんたってバグに詳しいけど、話してる限り自分から見つけるタイプじゃないわよね。どうやってそんなの知ってチャートに組み込むの?」



 別に大それた話じゃない。本当にその程度のこと。



「あー、それね。実は“M”氏っていう初代リビコン専門のバグとかグリッチを検証し続けてる人がいてねー、別にその人自身はRTA走んないけど、ウチはチャート作りでメチャ参考にしてもらってんの」


「餅は餅屋ね」



 今話をしてみてわかった。

 私は、疑問以上に彼女と会話をしたかったんだ。

 陰キャだとか自分を追い詰めていたけど、案外こうやって陽キャな風川と会話できている。ちょっと安心感が強まってきた。



***


 話の通り次のバグの時間がきた。

 詳細を確認したところ、「何が起きるかはお楽しみにッ☆」と宣言され、すぐ様に指示が飛んでくる。

 まあ、移動に関してはダンジョンのエネミーを指示の元ダッシュと緊急回避で対処しているうちに気がつけば目的地点に到着していたぐらいには呆気なかったけど。


 ここは螺旋階段の更に上にある出っ張った柵のない踏み場とも言える場所。

 当然下にはあの大蛇がとぐろを巻いて鎮座しており、こちらに気付いてないだけで恐怖感をしっかり煽ってきている。

 確か、ここからわざと落ちながら攻撃すると蛇を倒しつつあの螺旋階段の最初の位置へ移動するってギミックがあったわよね。

 恐怖心を煽りながら襲ってきた仕返しが出来るならいい機会よ。



「とりあえずエンチャント使って」


「わかったわ」



 一応バグらせることが目的なのは忘れないようにしておこう。

 この落下攻撃ではあらゆる武器の攻撃で〈大蛇〉が即死するようにできている。だからこそ、なにかの調整が目的なのは間違いない。

 右手に持つ【ロングソード】に雷の球【エンチャント・雷】を塗り込んだ。これで準備完了。



・現在攻撃力:210


「それじゃ、落下攻撃しよう! すっごいことが起きるよ☆」


「やってやるわ!」



 柵のない出っ張りの道をジャンプして駆け出し、【ロングソード】を大蛇の頭部に狙って突き出しながら地へと地へと落ちていった。

 途中、付与されている電撃がズルりと抜けるように空中で固定されたままその位置で痺れ続け、【ロングソード】側は何も付与されていない状態になった。これ、明らかにバグよね、うん。



「なんかエンチャント切れたように見えるけど攻撃力は変わらないから」


「ホント、変なところまでゲーム的ね」



 そして、私の剣は〈大蛇〉の脳天に突き刺さった。



「キシャァァァァア!!!!!!!」



 大きく叫ぶ〈大蛇〉。

 それを無視しながら、突き刺した部分を軸に私は頭部に足をつける。

 ゲームの通りなら、このまま螺旋階段のスタート地点へ投げ飛ばされてイベントは終わりだ。この手のアクションにはプレイヤーへのダメージが付き物だけど、特別にノーダメージで処理される。


 こいつの落とす経験値やアイテムは確かに美味しいし、そこに倒す理由があったってところかしら?



「目、目が回るわね!」



 痛みから暴れ回る大蛇は、勢いのままに私を突き飛ばした。

 そう、確かに、原作通り螺旋階段の入口に向けて飛んでいった。

 飛んでいったんだけど……。



「アレ?」



 その螺旋階段の入口付近の壁を突き抜けていった。



「こっ、ここって……」



 急に視界に映る全ての景色が変わった。

 いや違う。何もかもが真っ暗な空間になっていた。

 ……これ、〈屍人神殿〉で見た真っ暗な異空間そのものじゃないの!?



「というわけでこういうバグでーす☆ どう、面白いでしょ?」


「また異空間はないわよ! というかリアクション期待してワザと事前予告してないのバレバレなんだからね!」



 条件が違うだけでまたこんな場所に連れ込まれるなんて、相変わらず人間の理解を否定してくる安定チャートで怖いわ……。



『入手:20,000デッド、10,000G、強化石・小×10、強化石・中×3』



 また、ついでと言わんばかりにしっかりと〈大蛇〉を撃破した事で手に入る経験値やら金やらアイテムについての処理が行われた。 いちいちゲーム過ぎるのよねこの世界。

 そんな状況に溜息をつきながらも、余計な行動は避けて次の指示を待った。



「とりあえず私の言う通りに歩いちゃって」



 なるほど、無茶なことは求められていないし、素直に実行しましょう。

 それで、今回は100m前進したあと右に20m歩き、更に後ろに200m下がるという内容だったわ。

 なんだか伝説のモンスターを捕まえるための裏技みたいな動きね……。



「じゃあ、プロロするよー」



 目的地点へ到達し、視界は切り替わる。ムービーの時間だ。



***


 私の目の前には、円形の200m程ある塔の屋上とも言える空間が広がっていた。

 そこには……1つの尻尾に8つの首! その首一つ一つが炎のような赤、透き通った海の如き青、雷めいて刻まれた黄、大自然の緑、岩のような灰色、青白く凍えた雰囲気の水色、漆黒な闇の黒、神聖なる白! と八蛇八色はちへびやいろに分かれている! 大きさにして10m級! その巨大な蛇は正しく日本神話に登場する〈八岐大蛇ヤマタノオロチ〉がいたのだ!


 そう、こいつこそがこの〈蛇ノ巣塔〉のボス……力押しの通用しないタフかつ首の数だけ個性を持つ多様な攻撃をしてくる“リビコン”屈指の強ボスである!



「うっへぇ……」



 なぜかボスエリアにワープしていた私は、いきなり眼前に現れたその怪物を前に怯えてしまった。

 だけど、やっぱりっていうか、背後霊として構えている風川は表情も声のトーンも共に汗を感じられない上に元気で、



「よく見てみなって!」



 と指示を仰いできた。



「ひっ、うわぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!!!」



 ただ、〈八岐大蛇〉は〈大蛇〉同様に巨大でありそれでいてより狂暴。

 遊んでいた当時は当然“4つの試練”の中から最後に選んでレベルは60、それに武器強化等も進んだ状態だったのにそれでも30回は負けたボスなのよ!? 首で薙ぎ払ってくるかと思えば広範囲のブレス攻撃が避けにくかったり、後ろを取っても首が1本後ろ向いてきて反撃されたり全然隙がなくてマジで強いんだから!? 今のレベルが7なことを考えれば53レベル差! 無理!


 そんなトラウマレベルのどうしようもない脅威が目の前にいたら、全速力で逃げちゃうに決まってるでしょうが!



「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」



 ということで、私はボス戦のフィールドを延々と走って駆け回わった。いや、逃げ回った。



「ちょwww落ち着きなってwwwwww」



 うるさい、煽ってこないでよ! こっちだって必死なのよ!



「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」



 ただ、走り回り続けた中で、突然冷静さを取り戻した。

 何故かといえば、あまりにも単純なことを見逃していたのに気付いたから。



「私、なんであんな焦ってたの?」



 そう…………〈八岐大蛇〉は先程から一切こちらを攻撃してこなかった。

 なんなら、何一つ微動だにしない。

 時間が止まったかのように姿勢も変えないでその場で静止している。



「いやね、丁度STR10でDEX13の攻撃力補正値で無強化の【ロングソード】に【エンチャント・雷】を使った状態で落下攻撃すると〈大蛇〉のHPが丁度マイナス1になるんだけど、そうすると何故かプレイヤーを吹き飛ばす演出の移動先が異空間に変わるんだよね。多分死亡じゃなくてHPの値に依存してモーションを調整してるっぽいからそれが原因の不具合かな? で、そこからボスエリアに当たる場所まで歩いてプロロすると、AIが停止した状態でボス戦に突入するってワケ」


「AIが停止した状態……?」



 あまり聞かない言葉が出てきて困惑してしまった。

 とはいえ、改めて現状を確認していけばその意味もすぐに理解できるものでもある。


 

「いや待って、わかってきたわかってきた」


「おっ、理解した?」



 そう、改めて自分の視界にはそもそもとしてボスのHPが表示されていない上に、耳を澄ませばボス戦の際に流れるはずBGMも無く環境音オンリー。

 つまり、んだ! だからこの状況なのね!


 

「あとはもう武器振り回してたら勝てるよー」


「わかったわ!」


 

 少し深呼吸して呼吸を整え、私は思いっきり〈八岐大蛇〉の元へと走った。

 なまじゲーム画面の3Dモデルではなく、そこに実在する怪物として見えるだけあって威圧感だって強い。


 ただただ指示通りのタイミングで回避やガードをしろという話なら、ミスをして死んでいた可能性だってある。

 だけど、今は風川の誘導もあってバグで完封状態。

 問答無用で一方的な暴力をぶつけてやるわ!



 45ダメージ!


 46ダメージ!


 44ダメージ!


 43ダメージ!


 47ダメージ!



 とにかく、ひたすら、〈八岐大蛇〉に接敵して【ロングソード】を振りまくった。

 ダメージだけが小さく表示されるものの、HPバーの表示がないため進捗が見えないのは違和感があるけど仕方ない。



 42ダメージ!


 44ダメージ!


 43ダメージ!


 42ダメージ!


 46ダメージ!



 腕が疲れることこそないけど、精神的には単純作業すぎて飽きてきているぐらいには本当に終わりが見えないまま直剣を振り続けている。



「なっがいわね……」


「まあまあ、諦めなって」


「わかってるわよ!」


 44ダメージ!


 42ダメージ!


(以下200振り!)


 45ダメージ!


 47ダメージ!



 途方に暮れてしまうぐらいロングソードを振っていたところ、突然〈八岐大蛇〉はビクッ! と体が跳ねるような動きを見せると、徐々に皮膚が腐っていき、地面に全身を沈めながら消滅していった。

 つまり、こいつに勝利したってコト?



「勝ったの!?」


「正解!」



 その後風川がプロロすると、



『撃破:八岐大蛇』


『入手:8,888G、80,000デッド』



 おそらくボスを倒したことで発生する正しい処理と文書が表示された。

 ゲームの動作を正常化させるための処理らしい。



「なんかとんでもない経験値が入ったんだけど!?」


「こんぐらい稼げないと後がきついっしょ」



 それにしても、ここまでゲームを壊すようなバグをやっていくとなると、ゲーム側が本来想定していない処理のし過ぎで“PM4”そのものが壊れるような気がしてくるわね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る