第6話 姫とギャルと姫装備
「こんな状態で無敵になっても嬉しくないわよ!」
「でも扉を開ける時に発生する無敵判定を常時維持したまま移動できるから本当に痛くも痒くない攻略になるよ?」
「くっ、そう言われたら何も反論できないわね」
結局、諦めてこの無様な姿のまま移動することになった。
バグの仕組みとしては扉に密着した状態で3回ローリングすると絶妙な角度で身体がめり込むため、そこでダッシュによる踏み込みと同時に扉を開けると複数の操作が連続で行われることによって本来最優先で処理される扉を開ける動作に不具合が起き、結果として扉を開閉する際に発生する無敵判定を維持したまま移動できるようになるとのこと。
しかも本当に姿勢を一切崩さず硬直状態のまま移動できるようで、正しくゲームがバグっている瞬間そのものを具現化したかのようなシチュエーション。
ただ、なんというか、それも自分自身でそれが行われている分喜怒哀楽では言い表せない不思議な気持ちでいっぱいになるわね。
「じゃあ、2階右奥の扉がない部屋に入っちゃってー」
なお、背後霊の風川は特に動きに制限を受けていはいない。本人にその気がなくても安全圏から見られているようで妙に不愉快である。
そう思ってしまうのは私が卑屈なだけなんだけど。
「うわー、本当にノーダメ。痛くも痒くもなくて笑いが出ちゃう」
私に気付いたラミア達は隊列を崩して囲い込みながら青白い波動のような魔法の弾丸を掌から発射したり、手持ちの槍を思い切り突き刺してくるなどの囲いこんだ制圧的暴力を行ってきた。
だけど、今の私はバグにより無様な姿勢で固定という代償で無敵状態。HPが減らない上に何一つ痛くない。
「まずい、詰んだわ」
もちろん、現実はそこまでイージーではなかった。
調子に乗って好き勝手に移動していたところ、敵そのものの当たり判定に干渉して通路を塞がれ、完全にどこへも移動できなくなった。
どうにもこの状態では攻撃を行うことは出来ないようで、倒して敵の判定を消すことも出来ない完全に八方塞がりだ。
「落ち着ついて、左右にガシャガシャ動いたらそのうち抜けられるから」
そんな状況に対して、風川は当然のように対策を提示してくれた。結構雑な説明だけど……。
「こ、こう!?」
なので、指示通り体を八方向グルグル横に回転させまくってやった。
体を微動だにしないまま異常な姿勢で回転し続ける人間という限りなくシュールな光景になっているが。
「キャハハwwww姫チーすごい動きしてるwwwwww」
「あんたが指示したんでしょうが!」
あーもう。人の事好き勝手に笑うな! これだから陽キャは!
大体、こっちからすれば完全に人力でレバガシャ風な動きをしているせいでめちゃくちゃに目が回って大変なんだけど?
とはいえ、お陰でスルッとラミア包囲網からは抜けられた。
これでもう一安心。私はシュールながら無敵の姿勢を維持しつつ、部屋の奥にあった左右2つの階段のうち右を選び、上がって行った。
***
上がった先は木製のテーブルや本棚に加えてラミア達が持っていた槍が専用の棚に掛けられている待機部屋のような場所だった。
椅子がないのはラミア達が体型上不必要であることを表す背景描写かしら。
そして、部屋の奥には何やら開けてくださいと言わんばかりの宝箱が配置されている。
「これを開けたらいいのね?」
「そーだよー」
姿勢固定ホバリングで宝箱の前まで近づき、宝箱を開けようとした。
体が動かない状態でどうやった開ければいいのだと抱えられない頭を抱えてしまいそうになったものの、「開きなさい!」と念じたらパカッと開いた。
「あっ、その姿勢でも開けられるんだ」
「期待してなかったの!?」
同様に、中身を取り出すように念じるとアイテムボックスにアイテムが投入された。
『入手:【姫のドレス】、【姫の手袋】、【姫の靴】』
「えっ……これって……」
このアイテムには見覚えがある。
それこそ、今この瞬間、自分自身が“リビコン”を遊んでいた時の思い出が蘇るほどに。
これは、ゲームの雰囲気に似つかない、ピンクでフリフリな長いスカートが特徴的な、お姫様ドレスな防具だ。
真っ白な手袋に底が低いシューズまで履けば例えプレイヤーのグラフィックがどれだけ醜く爛れた“屍人”であっても、似合わなくても、自分が操作するキャラクターをお姫様だと思い込める。
だから、入手以降クリアまでずっとこの防具を着けてプレイしていた。
このゲームの防具はダメージを割合でカットしてくれる性質こそあるものの、回避とガードで可能な限りダメージそのものを喰らわないように立ち回るのが基本戦術なのもあって防具をオシャレ感覚で選ぶのも1つの選択肢だったからね。
「あっこれって……」
「うんうん、姫チー絶対これが好きだからこのダンジョンに来たら最優先で取ってもらおうと思っててさー☆」
私の趣味をちゃんとわかってるなんて中々やるじゃない。
あー、ダメだ、ただのツンデレヒロインみたいなことを思ってしまった。
でも、これは本当に私が着たい防具なのは事実。それこそ、命懸けの戦いの中で私は私であると、強く自我を持てる力がある。
「はーい、装備しといたよー。回避性能下がるほど重たくないし、ずっとこれで戦うってのはどう?」
気が付けば風川が装備を勝手に弄って私をお姫様装備に変えていた。
でも、そこで変わった姿は私の好きなゆめかわお姫様な可愛いコーデ!
なんだかやる気が湧いてきたわ!
「可愛すぎ、神じゃん! プリンセスじゃん!」
風川も自分の語彙で褒めてくれている。これは素直に嬉しい。
いや、別に風川自身に好意を覚えたワケじゃないんだからね!
ただ、問題があるとすれば……姿勢はずっと腕を前に突き出して走ってる途中のまま固定なところ。
・現在のプレイヤーの状態
レベル:7
HP:100/100
MP:60/60
最大スタミナ:150
武器:右手【ロングソード】【ナイトシールド】
防具:頭【なし】胴体【姫のドレス】腕【姫の手袋】足【姫の靴】
アクセサリー:【逆転の指輪】
装備重量:28%(30%までは緊急回避の性能最大)
所持アイテム:【エンチャント・雷×3】【木の矢×5】【ショートボウ】
攻撃力:110
防御力:ダメージ5%カット
所持金:5G
保持経験値:53デッド
***
その後、姫防具部屋から出てもう1つの階段を次の部屋の扉を開けようとしたのだけど……。
「あっ待って、プロロするから」
突然止められた。
流石に理由があるんでしょうね。なんだか慣れてきた。
「実はこの無敵バグって宝箱を開けるまでは可能なんだけど、扉を開けるのは無理なんだよね」
なるほど、プロロすればバグが治って、無敵硬直ポーズ移動を解除されるカラクリなのね。
そういえばなにかのネット記事で3Dグラフィックで作るゲームは扉を開閉する処理が意外と手間のかかる作業になるって内容のヤツを読んだ記憶がある。おそらくはその辺が原因かしら。
「よし、完了」
それから、プロロが完了したのか気がつけば体が自由に動くようになった。
「やっと無様なポーズから解放なのね……。じゃあ、早速開けるわ」
私はしっかりと手を動かし、ドアノブ式の扉を開けて次のエリアへ入った。
あくまで1度クリアした後は上手い人のプレイ動画を見た程度の記憶しかない。無敵状態が解除された以上はしっかり辺りを見渡しながらゆっくりと移動しよう。
無計画に突っ走ったところで、今の体力だと1発攻撃を貰うだけで即死するようなエネミーを捌ききれないなんてのはナンセンスだしね。
「ヤバ、ここから先が結構めんどいの言い忘れてた。やばたにえんだわ、マジごめん」
「ハイハイ、言われる直前に思い出したわよ」
どうやら私の警戒は正解だった。
なにせ扉の先は上へ上へと登っていくための螺旋階段なのだけど――――その柵から先には何十メートルと太く長いとぐろを巻いた巨大な大蛇が佇んでいたから。
この螺旋階段エリアに入ると、必然的に人間の半身程の大きさを持つ瞳とソイツと目が合う。
正規ルートは当然この階段を登ることなので、本当に面倒な道だ。
しかも、少しでも歩けばどのような速度でも気付かれてしまうどうしようもない仕様まである始末なのよねぇ……。
「姫チー走って!」
「言われなくてもわかってるわよ!」
私はとにかく全力でダッシュした。
一段一段転けないように全力で踏み込み、気合いの限り全力疾走。
防具こそ足元まで伸びるロングスカートだけど、ゲーム上の処理を再現してか裾を踏みつけることはなくすり抜けるため走る上で干渉してくることはない。なので、私はお姫様スタイルのまま綺麗なランニングフォームを保ちつつ走ることができる。
ドゴォ!
ドゴォ!
ドゴォ!
走っているうちに、階段を登る私を餌として捉えるかのように〈大蛇〉は頭を突き出して柵を破壊して壁まで頭突きをしてくる。
「死にたくない死にたくない死にたくない!」
走る分には全て背中から50cm離れたあたりに衝突する形で回避できる。
スタミナが切れたら一旦歩いて、ゲージの自然回復が終わればダッシュを再開。このペースならノーダメージで突破できるはず。(というより、ここは最初に攻略する前提のダンジョンではないのもあって今の最大HPだと〈大蛇〉の攻撃は当たりどころとか関係なく即死を免れることは不可能)
ドゴォ!
「ホント怖いわねぇ!」
なお、階段床には光るオブジェクトがポツポツと、それこそ誘導灯のごとく配置されているものの、こいつらを意識するのは罠なのよね。“リビコン”ではこういったものを調べることでアイテムが手に入るのだけど、これはついつい調べたくなるようにプレイヤーを誘導しつつ、調べることで発生する拾いモーションによる硬直中に大蛇から攻撃されてしまうという仕掛け。
だから、風川に指示されない限りは全て無視して生きることを優先する。
今はアイテムを無視して走ればいい、それだけ。
ちなみに私は初見の時、単純にパニックになって3回、そしてこのアイテム群を拾おうとして5回ここで死んでいるので若干トラウマ気味だったりするわ。
「あ、姫チー」
風川は今必死な私に注文がある様子。聞きたくない。
「3つ先の奴と5つ先のアイテムは回収しといて」
「はァァァァァァ???????」
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