第5話 姫とギャルと下準備

「とりま武器屋に寄ってくんない?」


「わかったわ」



 〈巫女〉に憑依した女神の話が終わると風川からアイテム購入を指示されたので、早速〈リビングデッド・レジスタンス〉の石段に座る武器屋の男に話しかけた。

 彼はボロい服を着ている“屍人”の男性で、どこからか仕入れた武器や防具を売ってくれる人物だ。



「あのー」


「Are you a newcomer(お前は新入りか?)」



 ここで私は気づいた。ゲームにおける〇ボタンを押して話しかける処理が一定距離での発音を行うという形になっていることに。しかも次のセリフまで飛ばす既読の処理も同様であることまで。

 そもそも既にクリア済みであるこのゲームのストーリーを楽しむつもりは別にないので話は飛ばしてしまおう。



「I(俺は武器屋のビッグストーン・バリーだ。まだ正気の“屍人”にならなんでも武器を売ってやるぜ)」


「あ」


「you(お前も苦労してるよな、だがレジスタンス相手でも俺は商売人、金はしっかり取らせてもらうぜ)」


「い」



 よし、視界にアイテムと値段が書かれた購入画面が表示された。

 正直に言って英語慣れしていない女子高生がNPCのセリフを全部聞きたいかというと、字幕さえ読めば十分に思えてしまう。これでちょうどいいわね。



「じゃあ、弓と矢を買っちゃって」


『入手:【ショートボウ】【木の矢×5】』


『消費:540G』


「Thank(お買い上げありがとう。まっ、心が折れないように頑張ってくれ)」



 これは直接的な遠距離攻撃の手段ではなく色々悪さをするための武器らしい。また、矢は本数単位で買えるため、このぐらいの数が良いみたい。



「次はステ振りっしょ」


「はいはい」



 続けてレベルを上げることになった。

 このゲームでは“屍石”を調べ、ボスを倒して得た所謂経験値であるデッドを消費する事でレベルが上昇し、1レベル毎に1つステータスの値を上げられる。



HP(ヒットポイント):12

MP(マジックポイント):8

ST(スタミナ):10

STR(筋力):12

DEX(器用):12

MAG(魔法適性):8



 割り振れるステータスはこの6つ。

 上3つはその名の通りで、STRとDEXは持てる武器の種類に関わる適正値兼武器のダメージ補正、MAGも使える魔法の種類と魔法の火力に関わるモノ。

 続編では可能なのだけど、この初代“リビコン”ではステータスの振り直しが存在しないため、慎重な判断が必要になる。

 そして、レベルを上げる直前に、私はあることを考え込んでいた。



 果たして、このまま風川に頼りきりでいいのだろうか? と。



 確かに全てを風川に任せればゲームクリアであっさり帰れはするだろうけど、そこに私の意思は存在しない気がする。

 ある意味では、実質的に何もしないのは彼女にまで失礼に思えて仕方がない。

 だからこう宣言した。



「ステ振り、私がやるわ」



 今後を左右する重要な選択になる選択をあえて自分の手に委ねる。

 本来ならこんなことをしてもリスクにしかならないのはわかりきっている。

 でも、私に舞い降りた理不尽な不幸であるからこそ、他人の手だけで切り開いても意味がない。

 これは……そう思ったが故に決心した意思表明よ。



「ん、いいよ。ウチも指示厨みたいになるのあんまり気持ちよくなくてさー、姫チーがやりたいことは尊重するつもりだったし!」



 風川はあっさり承諾してくれた。

 なら、早速やるまで。

 雑魚は無視したので、〈神殿騎士〉を倒すことで得られた経験値からレベルを上げることになるのだけど、それだとステータスを6まで振り分けられる。

 なので、



HP(ヒットポイント):12

MP(マジックポイント):8

ST(スタミナ):10+3=13

STR(筋力):12

DEX(器用):12+3=15

MAG(魔法適性):8



 とした。

 瀕死前提で戦うならHPは金輪際上げる必要がないように思えるし、それならスタミナを増やして立ち回りを強化しつつ、手持ちの武器【ロングソード】のダメージ補正を少しでも増やしておきたくDEXを上げた。



「オッケー、これ前提にチャート改変してみる」



 流石は“リビコン狂人”、対応力が桁違いね。

 何とか今後もこんな感じで持ちつ持たれつの関係にしていきたいわ。



・現在のプレイヤーの状態

レベル:7

HP:100/100

MP:60/60

最大スタミナ:150

武器:右手【ロングソード】、左手【ナイトシールド】

防具:頭【なし】胴体【なし】腕【なし】足【なし】

アクセサリー:【逆転の指輪】

装備重量割合:15%(30%までは緊急回避の性能最大)

所持アイテム:【エンチャント・雷×3】【木の矢×5】【ショートボウ】

攻撃力:110(DEXを上げたので少し増えた)

防御力:ダメージ0%カット

所持金:5G

保持経験値:53デッド



 準備も整ったところで早速ゲームを攻略していくことになった。

 ここで少しプレイヤーの立ち位置として世界観とストーリーをおさらいしておこう。


***



 世界のとある大陸では死すら超越することができるという。

 大陸の名は“リバーデス”。

 人々は何かをきっかけにその大陸へと訪れ死から解放されようとするが、実情は違った。

 確かにその地で死ぬことはないが、厳密に言えば違う。

 死なないのではなく……何度でも死ねるのだ。


 しかも、姿も醜く爛れた“屍人”と化してしまう。

 治安も最悪であらゆる怪異が生者も“屍人”も平等に殺さんと襲いかかってくる。死なずの“屍人”にとって、そんな理不尽極まりない世界はもはや何をしよう生き地獄だ。

 故に皆、この世界に追い詰められ正気を失い心が壊れた亡者と化してしまっている。


 人々はその現実に絶望するが、主人公プレイヤーだけは諦めなかった。

 『“屍人”になるぐらいなら“生者”に戻る』、それこそが主人公プレイヤーの目的だから。


 そんな主人公プレイヤーは、〈屍人神殿〉を経て屍人となり、〈リビングデッド・レジスタンス〉へと辿り着くのだが、そこで“巫女”と出会い、先程語った通りの背景に加えて、



「“屍人”として大陸が与える試練であり、“4つの試練”に立ち向かう事で不死の力を引き継いだまま本来の“生者の姿”として生きることができる」



 と伝えられるのだ。

 この“4つの試練”こそがプレイヤーが攻略するダンジョンとなっており、全てをクリアすれば次に“生者の試練”という複数に繋がったダンジョンが解放され、4つ目のラストダンジョンにいるラスボスである〈ノーライフキング〉を倒すことで“生者の姿”に戻れる。


 ……のだけど、チュートリアルで〈神殿騎士〉に殺されて“生者の姿”から“屍人”になる過程をすっ飛ばしてしまっているため、主人公である私は“生者の姿”なまま。つまり、このストーリーの一番本質的な部分はピンポイントに無視されている。


 

 それで、以上の通りのストーリーを踏まえて、プレイヤーの最初の目的は“4つの試練”を攻略することとなる。



・第1の試練〈アインオブソウル〉

・第2の試練〈ツヴァイオブヘル〉

・第3の試練〈ドライオブヘブン〉

・第4の試練〈フィアーオブリボーン〉



 これらのダンジョンは全て〈リビングデッド・レジスタンス〉に配置されている“屍石”を経由してワープ移動をすることが可能で、数字が大きいほど難易度が高い。

 同時に、好きな順番で攻略できるため、上手いプレイヤーはあえて難しい場所を先に選ぶことがあるけど……風川はどんな選択肢を取るのかしら?

 RTA動画では第3の試練〈ドライオブヘブン〉から始めるのが主流だった気がする。



「どれからやるの?」


「……よし、第4の試練に行っちゃおー!」



 よし、第3試練よね――って第4の試練!?

 いきなり最高難易度じゃない!?

 ダメ、私とこいつじゃ考えているコトのベクトルが違う。あまり自分にとって都合のいい答えを期待するべきではないわ。



「わ、わかったわ」


「じゃあ早速、第4の試練へレッツゴー!」



 やっぱり、彼女テンションについて行くのは生半可な気持ちじゃ無理だ。振り回され続けるだけよこんなの。

 そう思いながら“屍石”に触れ、表示されたメニュー画面の中から移動するダンジョンを選択した。



***


〈蛇ノ巣塔〉


 視界にダンジョン名が表示されている。

 一応補足しておくと、試練にはそれぞれ名前がついてるんだけど、それとは別に試練そのものに2つの繋がったダンジョンが配置されていて、そのダンジョンにも当然固有の名称があるのでこの表示って感じ。


 この〈蛇ノ巣塔〉はその名の通り塔全域が蛇の巣で、至る所に空いた穴からニシキヘビサイズからアナコンダサイズまであらゆる蛇が飛び出して殺しにかかってくるトラップに加え、雑魚エネミーとして配置されている下半身が蛇の人間である〈ラミア〉は高めのHP調整で固くて対処に困る上に魔法を使うタイプと槍で攻めてくるタイプの2種もいて厄介モノ。

 つまり、ここは相応に歯応えのある高難易度ダンジョンってワケ。


 そして、目の前には大きくそびえ立つ塔と閉じられた大扉があり、これを開ければダンジョン攻略のスタートとなる。



「そういえばな話なんだけどさー」



 とその前に、どうにも風川のほうで話があるみたいだ。

 攻略に重要そうだしちゃんと聞いておこう。



「この戦いが終わったら一緒にパンケーキ焼かない? ウチんにすっごい大きいホットプレートがあって一度に10枚ぐらいやけるんだ☆」



 そんなことはなかった。

 ただの雑談だ。雑談で死亡フラグを立てるな。

 話の通りならこいつの家に行かなきゃならないからあまりノリ気にはなれないけど、今回の件でどうあがいても貸し借りができちゃうし、ため息をつきながらこう答えた。



「わかったわ。楽しみにしとく。でも、私って少食だからそんなに焼いても食べられないわよ?」


「大丈夫大丈夫☆ ウチ、1日パンケーキなら無限に食えるから」


「意外に大食いなのね、あんた」



 雑談も終わると、改めてダンジョンを進めることになった。

 早く帰りたいの一心だし、あんまりこういうところでグダグダやりたくはないのだけれど……。



「開けるわね」


「あ、待って待って」



 なによ、連続で呼び止めるっていうの!? 要領悪すぎか!?

 まあいいわ、話はちゃんと聞いてやりましょう。



「3回緊急回避ローリングしてダッシュモーションを始めると同時に開けてもらえない?」



 えっ、いきなりなにかの暗号を言い出したんだけど?



「相変わらず奇行を強要させるわね……」


「どの道やらないとチャート通りには進まないんだけどな〜」


「わかったわよ、やればいいんでしょやれば!」



 私は諦め、まずは扉に密着した状態になった。

 そこで行うは全力の前転ローリングを3回!

 続けて全力で駆け出す助走と同時に両手を扉に押し付けながら開く!


 

「後は、こう!」



 扉の先には目の前には石造りの施設で、蛇がニョロニョロと地面を這い、ヘビ人間の〈ラミア〉が3匹が列を組んで歩いているおぞましい光景が広がっていた。

 そして……、



「アレ、何かおかしい」



 体が動かなくなった。

 文字通り完全に硬直した状態に。

 両腕は大扉を開けるために突き出したまま、ダッシュの姿勢で右足は上げた状態で浮遊し左足もつま先こそ地面に接地しているが大きく後ろに下げている姿勢。

 つまり、私は変なポーズのまま石化された人みたいな状態になってしまったのだ!



「な、何が起きたのよ!?」


「無敵になったよ☆」

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