第2章 バグとギャルで踏める

第4話 姫とギャルと種明かし(前)

 〈神殿騎士〉を倒した後、撃破に合わせて鍵が開く大扉を蹴破り、道なりに進むと、地面は芝生で中央に巨大な屍石がそびえ立ち、それらを囲むように石段が並んでいる場所へとたどり着いた。

 石段には5人ほどの人間――焼き爛れた素肌を晒す“屍人”――が座っていて、自然の中にある憩いの場のようにも見える。


 ここはプレイヤーにとっての拠点であり、同時に心が亡者とならず正気を保つ“屍人”達がレジスタンスとして集まっている施設〈リビングデッド・レジスタンス〉。

 “屍人”達は半裸状態の私が入り込んでも目線を動かさずスルー状態、ゲームシステム上話しかけ無ければ何もリアクションを起こさないことを再現した処理が早速行われているのがわかる。


「姫チーの裸見て全員無反応なんてチョームカつく。なんの魅力もわかってないじゃん」


「なに言ってるの?」


 石段に座る5人の“屍人”達は男女4:1の割合になっており、彼らは“屍人”としてここへ訪れた主人公に対して魔法を教えてくれたりアイテムを売り買いを行えるNPC達である。

 本来は“屍人”同士で傷を舐め合う、という形でレジスタンスとして支援を行ってくれるのだけど、“生者の姿”である私はその物語を早速台無しにしてしまっているのは何か気が悪いわね……。



「てゆーかー、本当に再現度高いねー」


「確かに、1周しか遊んでない私でも感動しちゃうぐらいだわ」



 また、ここは仕様上ダメージ判定がそもそも存在しないエリアで、死亡のリスクを気にせずに行動できることもあってか風川は私に指示をしてこない様子。別にRTAではないのだから、こういうときぐらいは自分のペースで行動してもらおうという粋な計らいなんでしょうね。

 なら、と私も早速物語を進めるための重要人物であり、〈リビングデッド・レジスタンス〉にいる唯一の女性である〈巫女〉に話しかけることにした。



「そこのお姉さん、少し話をしたいのだけれど」


「what is it?(何ですか?)」



 透き通った美しい声で返事をしてくれた。

 彼女はその名の通り日本の神社の巫女さんのような衣装を着ていて、屍人ではあるんだけどベールで顔を隠し素肌も晒さないことで余計な情報を与えず、確かにプレイヤーとして彼女をヒロインなのだと感じ取れるキャラクターだ。


 ただ……口から発せられる言語が原作のまま英語だった。


 一応視界の下の方から海外映画みたいに日本語訳の字幕が表示されているんだけど、英語に精通していない女子高生としては「ま、マジかぁ……」と途方に暮れてしまう。



・ここはどこだ



 しかも、何か選択して選ぶような文章が表示された。それも一択しかない。

 これはどういうことかというと、まず、“リビコン”では1〜2つある選択肢でNPCとの会話に返事を返すことでコミュニケーションを行うのが基本なのだけど、反面個々のNPCのAIが作り込まれたオープンワールドゲームとは違うモノになっている。

 つまり、本当にNPCはNPCであり、ゲームのプログラムとしてしか動かないという現象が起きていることになる。


 ……待って、それってつまり、この世界で私にとっての話し相手は本当に風川だけってことじゃないの!?


 よりにもよってな相手とずっと2人きりなんて、嫌な話ね……。



「ここはどこだ」



 そう思いながら、私は棒読みで文章を読み上げた。

 風川は後ろで私の対応にクスクス笑っている。普通に腹立つからやめなさい。

 とはいえ、これが今後この世界でのコミュニケーションになると考えるべき。

 皮肉だけど、ある意味ではとも言えるわ。



「よし、繋がった。私の声を認識していますか?」



 ところが、私の言葉に対して日本語が返ってきた。



「な、何が起きてるの?」



 驚く私に対して、“巫女”は話を続けていく。



「私はゲームの世界を司る神、“ゲーム神”のリーオです。太田姫子、今貴女に起きている事態を説明させていただます」



 あっ、これ、ラノベでよくある白い空間でのチュートリアル的な奴だ。

 ここで“ゲーム神”を名乗る彼女からこの世界についての説明とかチートパワーを貰って冒険を始めるっていうテンプレートな展開が始まりそう。

 ただ、そのその前にまずは一番大きな疑問を解決しておきたいわね。



「あー、初めまして。まず聞きたいのだけど、“ゲーム神”って何?」



 だから、まずは挨拶と同時に質問してみた。

 明らかに既存の宗教とか神話に属してない神を名乗る人物に対してそうハキハキと対応できるわけないでしょ。



「それ、ウチも気になってた」



 風川も同じことを考えていたようで、その言葉を前にリーオは返事すべく口を開いた。



「実ですね、この世にはゲームの数だけ異世界があるのです。それこそ……ディスクやカセット、その他ダウンロードされたデータ1つ1つに。つまり、“ゲーム神”とはそれら全てを管理している貴女達から見て上位の存在だと受け取ってください」



 ……。

 いや、待って。

 ゲームの数だけ異世界があるなんて、一体どういうことなの!? 風川も「何言ってんだこいつ」みたいな目でリーオを見てるし!



「えっと、困惑しているようだけど、何となくはわかったから話を続けてもらえないかしら?」


「右に同じく」


「困惑するのも無理はありませんよね。話を続けますね」



 とは言っても同時にラノベっぽい展開が続いているのは事実で、納得はできなくとも理解はできる。

 だからそのまま話を続けてもらうことにした。



「では、単刀直入に言います。貴女はとある人物に恨まれ、“リビングデッド・コンティネント”のディスクの中の世界に魂を囚われてしまいました」



 しかし、その話は私にとって受け入れ難い内容だった。

 何となくこの世界には原因ありきで飛ばされてきた自覚はあるんだけど、それが誰かに恨まれたからだというのは納得がいかないというのが本音。

 うん、まあいいわ、とりあえずリーオの話をちゃんと最後まで聞きましょう。


 

「そ、それで?」


「元々、人生が行き詰まったゲーム好きの人間の魂をそれぞれが大好きなゲームの世界に転移させて少しでも幸せになってもらうという活動をしているのですが、“彼”にそれを行った結果、自分の持つ“リビングデッド・コンティネント”のディスクではなく太田姫子あなたの所持するディスクを選んだのです」


「……えっ」


「しかも、“彼”は突然私を殴ってきました」



 その言葉と共に、彼女は少し苦しそうな表情を見せる。

 でも、話はまだ続くみたい。



「しかも、どうにもそれがきっかけで私は力を少しばかり奪われてしまったようで、“彼”は貴女の持つ“リビングデッド・コンティネント”のディスクの中の世界に干渉する力を得てしまったのです」


「そんなことってあるのね……」


「すっごいファンタジー」



 私みたいな被害者を出しておきながら、リーオは都合悪く黒幕が誰なのか忘れているときた。

 それについては私のほうで推理すべきって話なんだろうけど、釈然としないわね。



「要するに、“彼”は貴女が“リビングデッド・コンティネント”を起動すればそのままこの世界へ転移するように仕向けたのです」



 説明はこれで全て終わったみたい。

 なんというかとんでもない事件に巻き込まれていることがわかる。

 また、この話に対して風川が質問した。



「ウチ、気になったんだけど、もしかして“ゲーム神”様は犯人が誰なのかについての記憶だけをなくしちゃった系? ほらっ、わかってたら濁した言い方せずに名前出すじゃん」


「……その通りです。殴られたショックが原因なのだとは思います」


 

 お陰で色々整理がついてきた。

 まず私は実のところ、同性の友達が皆無なぐらい人との関わりが薄く、人に恨まれるようなことをした記憶はない。(最近は改善してきてゲーセンの店員とかにも気軽に話せるようになったけど)

 だけど、同時に誰かに恨まれるような事実は存在するからこんな目に遭っている。

 その中で、私としても質問したいことが思い浮かんできた。聞いておこう。



「先に聞きたいんだけど、もしかしてこの世界で1度でも死んだら現実で死ぬとか言うんじゃないでしょうね……?」


 

 私がもし誰かを恨んで“リビコン”の世界へ閉じ込めるなら絶対にそのルールを入れる。

 だから、もはやこれは答えそのものを確信した上での最終チェック。



「……はい、そうなります。あなたが1番行きたくない創作上の世界で死なせることが“彼”の目的です」


「はぁ……」



 何となく諦めはついた。

 人に恨まれているなら、ある意味因果応報だから。

 風川が居たから偶然にもあの場を乗りきって生き残れたものの、本来はチュートリアルの流れで死ぬべき立場だった。あまり文句は言いたくない。なんなら遠いいつかの日に、風川なしでこの世界へ飛ばされていた可能性だってある。


 なんだろう。私みたいな承認欲求を満たすためにオタサーの姫をやってるクズなんて嫌われて当然とすら思えてくる。

 結局、悪人には悪人に相応する罰が与えられて当然なんでしょうね。

 死にたくないのは本気の思いだけど、このまま死ぬのもまた必然的な運命。そんな諦めが心の中で生まれつつある。


 

 ――ところが、風川の考えは違った。



「ふざけんなし! どんな恨みがあっても姫チーを殺すとかマジ考えらんない!」



 その話を聞いた彼女は激怒したのだ。

 本当に話をちゃんと聞いていたのかと頭を抱えてしまうほどに。



「でも、相手にも相応の理由があるんでしょ」


「違う、そんなことない!」


 

 何事も受け入れるべきことはある。

 感情論の善悪だけが全てではないのだから。



「あーもう、この鈍感! それだったらウチは最後まで姫チーを守ってやるから! そもそもゲームを起動したウチにも責任がある話じゃん! だったら、どれだけしょげても“リビコン狂人のウィンド”としててやれる限りのことを尽くすのが当然の義務っしょ!?」



 …………ああ、なんて眩しいのよ。

 風川は現実に心を曇らせる私を全力で肯定してくれてるじゃない。

 “オタサーの姫”と“オタクに優しいギャル”、それは正しく『いんよう』。

 その言葉を聞いた私の中のかげは、風川という光で消えてしまった。

 故に、口を開き、放った言葉はこうだ。



「わかったわ」


「え!?」


「いいわ、やってやろうじゃないの! 私を地獄へ引きずり込んだ責任、取ってもらうんだからね!」


「……オッケイ! ウチは絶対姫チーが最後まで守り抜いてやるから安心して冒険していこう」



 今の私には最強の“リビコン狂人”がついてるんだから、恨まれているなら理由を聞いてやり返してやるまで。

 因果応報だのなんだの考えるのが馬鹿らしくなってきたわ。クズならクズらしく振る舞う。それでいいじゃないの。



「話は済みましたか?」



 おっと、そういえば女神の話はまだ途中だった。

 しっかりと聞いておこう。



「ええ、お願いするわ」


「では、話の続きを。“彼”が問題を起こしたのは今日の深夜です。しかも、昼には貴女がゲームを起動してしまうという最悪な偶然の連鎖が起きています」



 ……なんでそんなピンポイントなタイミングに風菜が来ちゃったのよ! もう!

 いやでも、怒っている場合でもなく、その話の通りなら風川は無関係でなぜ巻き込まれたのか辻褄が合ってないのが気になりすぎるわ。ということで聞いてみた。



「ねぇ、ちょっと引っかかったのだけれど、風川はどうしてこの世界に来てるの?」


「それについては……申し訳ないのですが……しっかり説明しましょうっ!! ゲーム神は雑な仕事をしませんから!」



 この人、言葉に温かみというか、妙にお姉ちゃん気質だ。一人っ子だからこそ何か伝わってくる。

 それで、彼女の話をまとめるとこんな感じになった。



***


 まず前提として、『“ゲーム神”そのものが直接ゲームの中の世界に干渉できるのは1人のみ』というルールがある。

 そして現在、“彼”はリーオを殴ったことでその力を一部を吸収してしまったようで、それによってどうにもこの世界において“ゲーム神”に限りなく近い存在になってしまったらしい。


 しかもリーオ本人は今やっとゲームキャラへの憑依による助言なら可能という状況に持ち込めた状態な上に、時間が経ってもそれ以上何か出来る訳でもないと大ピンチ。


 そんな中で彼女が唯一この事件に対して抵抗できたのが……風川風菜の存在になる。

 なんでも、偶然私と同じ部屋にいた上にコントローラーを握っていたのは彼女の方だったので、ゲームへの干渉が成立しており意図的に転移に巻き込むことに成功したとのこと。

 ただ、元々は後ろから敵の動きを見て指示を出せる第3の目として期待されていた程度の役割で、もっと言えば、ゲーム終了中に世界の外へ移動できるのも何かしらの助けを呼んで少しでも私が死なないようにする悪あがきを期待されている程度だった。


 まあ実際は“リビコン狂人のウインド”張本人なんていう、悪あがきどころか勝利の鍵とも言える人選になってたんだけどね!



***



「だいたいのことはわかっていただけたでしょうか」


「じゃあ、ウチがピンポイントで姫チーの手助けできてるのは愛の奇跡ってコト!?」


「何故そこで愛!?」



 こうして、現状はだいたい理解できた。なので、最後にリーオが最後に伝えておくべきことについて話し始めた。



「では、私の方から貴女達が元の世界へ安全に帰る条件を告げさせていただきます。それは、その“彼”を倒すことです。おそらく、このゲームの最後のボスである〈ノーライフキング〉に憑依して待ち構えているでしょう」


「つまり、ラスボスを倒してゲームをクリアすればいいってことね」


「おおっ、予想通りじゃん。それなら安定チャートで進むことしか勝たんって感じだし☆」



 “彼”とやらを倒せばいいって話なら、本当に風川の安定チャートを辿れば楽に終わりそうな話にも聞こえてしまうわね……。ラッキーってことにしておきましょう。

 これで知りたいことはだいたい知れた。

 なら、最後に1つだけ聞きたいことを尋ねておこう。



「ところで、こう、私にチート的な力が与えられるとかあるの?」



 そう、異世界モノともなれば女神が何か力を与えてくれるのは王道中の王道。

 もしかしたらリーオも何か力を出し惜しみしているかもしれない。



「――それがですね、“巫女”への憑依が限界なように、都合のいいことは一切ありません」



 だけど、そこ出た答えはあまりにも冷酷無比な現実。



「さげぽよ〜」



 その悲しい答えに私までギャル語を使ってしまった。

 うん、知ってた。冷静に事実だけを語ってくれる彼女がケチというのはおかしい話よね。

 なら、もう風川こそがチートなのだと割り切って戦えばいいってだけのこと。

 ウマは合わないけど、諦めは充分つくから。


 

「話は以上です。私は可能な限り裏方で動きます。あともうひとつぐらい悪あがきをしてみせますよ」


「じゃあ、姫チーはウチに任せちゃって☆」


「頼りにしてるわよー」

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