第3話 姫とギャルと死にゲーの世界(後)
「基本的には道なりだから、曲がり角だけ指示するね」
「わかったわ」
それからは風川の指示に従いつつ〈屍人神殿〉を道なりに進んでいった。
このダンジョンのコンセプトは『世界観を認識させ、同時に操作を覚えてもらう』というモノ。
なのでプレイヤーと同じ醜く爛れた姿の屍人〈屍亡者〉がボロボロの剣を振るって襲いかかってくる中……これは全て全力疾走でスルー。
本来ここはガードによる盾の有用性と相手の攻撃を受け流してから反撃するヒットアンドアウェイの重要性を理解してもらうためのチュートリアルな設計になっているんだけど、戦わなくてもゲームは進むからか不要な戦闘は避けていくみたい。
「指さしてる方向に走り抜けたら当たらないから」
「うおっ、ほんとだ」
「そこで1回
「えいや! 初めてやったけど、物の見事にローリングが決まるわね……現実だと成功したことないのに」
初見プレイで遊んでいた時にはわけもわからず殺された甲冑フル装備に直剣を握った騎士の〈屍人騎士〉も、
まだまだ疾走は続き、なんなら回復アイテムすら回収も行わずに駆け抜けていく。
古びた石造りの神殿を巡り、配置された書物を調べることでプレイヤーは“屍人”という死を超越した亡者となってしまったことを理解する物語があるのものの、もちろんそんなストーリー要素もスルー、それこそRTAめいた動きで進んでいった。
そんなサクサクした進行をする中で、私は一旦足を止めた。
「どうしたの姫チー」
理由は足元に踏みつけるスイッチの形をした罠の作動装置があったから。
これを踏んでしまえば天井に仕掛けられたボウガンが作動して強制的にHPを残り1割にまで削られてしまう。即死ではないけど、上手く避けるべきなのよね。
「そこに罠があるでしょ? 踏まないように位置調整しなきゃって」
故に、当然のことを訴えた。
しかし、
「踏んで」
意味不明な答えが返ってきた。
「は?」
もしかすると風川は“オタクに厳しいギャル”なのかもしれない。
冗談はさておき、怒りを態度で示したところ、理由を解説してくれた。
「それ踏んだら【逆転の指輪】の条件満たせるし、踏むしかないっしょ」
「だから、なんでワンパンで死ぬ縛りプレイをやらせようとするのよ!」
そう言われてしまえば背に腹は代えられない。
諦めて罠のスイッチを踏んだ。
「いたぁい!」
飛んでくるボウガンのボルトは即座に私の脳天に突き刺さり、一瞬ながら頭に全力で殴られたかのような痛みが響く。直ぐに和らぐものではあるけどあまり気持ちのいいもんじゃない。
あと、頭の上に刺さったボルトが10秒間消えずに残るって仕様のせいでその間は落ち武者状態だったのは本当に恥辱だわ。
「ごめんごめん、それじゃ、先へ進もっか☆」
「死ぬよりマシ死ぬよりマシ死ぬよりマシ死ぬよりマシ死ぬよりマシ死ぬよりマシ」
それからまた道なりにダンジョンを走り抜けると、あっという間に木製の3mはある大きな開き扉の前までたどり着いた。
これは〈神殿騎士〉と戦った部屋の奥にある扉であり、裏道からしか開けられない。
つまりこの〈屍人神殿〉自体が〈神殿騎士〉と再び戦うために裏道を進みながら操作を覚えてアイテムを集めていくというコンセプト。
「よし、周りに敵はいないね。エンチャント使って」
「ちゃんとアイテムスロットに入れてくれてるわね、ありがと」
扉の前に佇みながら、【ロングソード】の刃に雷の塊のような物体を押し込んだ。つまり、【エンチャント・雷】のアイテムを使用した。
その刃は黄色い電流が激しくビリビリとまとわりついた姿になる。
これは1分間の間武器で与えるダメージが加算され、攻撃属性が〈雷〉に変わる消費アイテム。
今の私からすれば
確かこのゲームのボスには弱点属性の概念がある。鎧を着込んだ〈神殿騎士〉は、鉄に雷が伝導するという形で有効打になりそうね。
「ではでは、ボス戦へ行っちゃおう!」
勢いのまま重い扉を開けながら中へと入っていく。
ついに、〈神殿騎士〉との再戦が始まるのだ。
「来たわね、初心者殺しのチュートリアルボス!」
刺々しい粗めの多い鉄の甲冑を纏った巨人、〈神殿騎士〉。
なお、ソレを前にしたとき、突然私の体の動きが止まり視界の視点が妙にカメラ寄りった。これはムービーの処理なのだと思う。
そのムービーの中では、〈神殿騎士〉が地上で逃げ惑う〈屍亡者〉を太刀で突き刺して適当な位置に投げ捨てながら、こちらに気づいたような動作を行っている。
全く背景の語られないボスではあるが、考察勢曰く、〈神殿騎士〉とは〈屍石神殿〉に迷い込んだ屍人達を決して逃がさないための門番であり、“屍人”であるプレイヤーの前にその太刀で立ちはだかるという設定らしい。……バグ技で“生者の姿”のままだけど。
それとこの〈神殿騎士〉はゲームの難易度を象徴とするボスの一角で、初期職業で得られる武器以外に選択肢がないままに立ち回りの基礎全てを要求しゴリ押しを許さない硬派なバランス調整になっているのよね。
本家でもリマスター版でも撃破時の
私はそれと今、現実に近い感覚を持ったまま戦う。そう思うと、普通にゲームとしてプレイするときにはない緊張感が自分の中で走ってきた。
負ければ死ぬ。死を体験してしまう。そうなれば人生の価値観が大きく変わってしまう。理不尽な異世界転移でそんなに経験を背負いたくない。だから、負けたくない。
ムービーは終わり戦闘が開始した。耳に重低音が響くBGMが流れてるからきっとそうよ。
レベル:1
HP:10/100
MP:60/60
最大スタミナ:100
武器:右手【ロングソード+8】(エンチャント適用中)、左手【ナイトシールド】
防具:頭【なし】胴体【なし】腕【なし】足【なし】
アクセサリー:【逆転の指輪】(効果発動中)
所持アイテム:【エンチャント・雷×4】
装備重量:15%(30%までは緊急回避の性能最大)
攻撃力:200(エンチャント込み)
防御力:ダメージ0%カット
所持金:0G
保持経験値:0デッド
現在の状態から考えるとひたすら攻撃を盾で受けたり回避しながらジリ貧で戦えってことかしら?
確かに〈ナイト〉の職業で手に入る【ナイトシールド】はガード中攻撃に対応した分のスタミナが削れる代わりに物理攻撃のダメージは全て0に出来る有能な性能をしてるし、HP1割でもガードは十分有効なはず。
けどそれは、流石にハラハラするバトルになるから正直嫌だという気持ちが強く出てしまうわね……。
――だけど、風川の考えは違っていた。
「戦闘開始直後の硬直時間があるから速攻で正面まで移動して弱攻撃で剣を振りまくって!」
「えぇ!?」
守りを完全に捨てたゴリ押し。それも攻撃が来れば避けようのない正面という位置取り。
抗議をしたい気持ちはやまやまだけど、そんなことをしている時間はない。
だから割り切って彼女を信じることに決めた。
「あーもう、当たって砕けろ!」
私はすぐ様に〈神殿騎士〉へと向かってダッシュした。
残りのスタミナが3/4を切った辺りで肉薄に成功。
続けて、足に向かって【ロングソード】による弱攻撃を行った。
ひたすら右手に握った直剣を横に振り回したわ。
203ダメージ!
201ダメージ!
204ダメージ!
202ダメージ!
それは1発1発が大ダメージで、視界の下の方に見える〈神殿騎士〉のHPゲージを5分の1ずつ削っていた!
「なに、これ」
「逆転&エンチャントコンボ、すごいっしょ☆」
同時にスタミナが0になってしまったことでこちらも歩行以外を行えなくなった。しかし同時に、これが隙になることもまたなかった。
それもそのはず、本来ただ攻撃するだけでは一切怯まず、攻撃を受けてもノーモーションで太刀を振りかぶろうとしていた〈神殿騎士〉は体勢を崩しかけながら無理矢理元の足場を維持しようとする動作をとったのだ。
これはひとつの部位に対して一定ダメージを与えると全てのモーションをキャンセルして怯むというボス特有の現象で、発動すれば数秒間絶対的な隙を生んでくれるシステムによるもの。
その間にこちらも【ロングソード】を一振するだけのスタミナが自然回復していく。なら、やるなら今しかないわよね!
「てやぁ!」
203ダメージ!
その一撃を前に、〈神殿騎士〉のHPは0になった。
すると後ろに向けてドスーン!! と大きく大地を揺らしながら倒れていき、
『撃破:〈神殿騎士〉』
『入手:1,000G、10,000デッド』
の文字が視界の中央に表示される。
〈神殿騎士〉は鎧が崩れ真の姿を表す。
彼は体の肉が焼け赤く血脈を晒す半裸の巨人として、全身が透明になっていき消えていった。
つまり、戦闘に勝利した。
「か、勝てたわ!」
「おめでと!」
〈神殿騎士〉は本来だと【ロングソード】で戦っても1振り50程しかダメージが出なくてヒットアンドアウェイを強いられるボスなんだけど、なんと風川が私にやらせたコンボはただダメージが1.5倍になるんじゃなくて、エンチャントで弱点属性を突いて攻撃力も増えている状態にすることで凄まじくダメージが跳ね上がり、結果的に瞬殺とすら言える撃破を実現してしまうものだった。
“リビコン狂人”のやり込み知識と安定チャートは恐ろしいの一言に尽きてしまうわね……。
私は初見のとき30回は死んだボスなのに。
正直、“リビコン”の世界に来てしまったことについては未だに納得してないし、1秒でも早く帰りたい気持ちしかないんだけど、これなら思った以上に楽な感じで進めそうね。
相方は風川風菜。私の嫌いなタイプの人間だけど、今回ばかりはその力に頼らせてもらおうじゃないの。
「ふぅ。このチャートワンチャン流行りそうだから終わったら早速走って動画撮ろっと☆」
「もしかして、いい機会だからって私で試そうなんて魂胆なんじゃないでしょうね?」
「〜♪♪」
「口笛を吹いて誤魔化すな!」
いや、少し自信が無くなってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます