第2話 姫とギャルと死にゲーの世界(中)
「なんなのよこれ!」
何故か光源はないはずなのに、自分自身の腕や体ははっきり見える。
なんなのよここは……。
また、視界が変わったところで、その中央に、
〈屍人神殿〉
と大きな文字が表示されている。これはダンジョンに入った時の演出だったはず。
「ここは異空間で不用意に動くとゲーム全体がバグって詰み対策の処理として即死するから注意してねー☆」
バグ……ね。
その言葉を前にし、少し状況を理解できてきた。
まず、ゲームには常に作り手が予期せぬ動作――バグ――が存在する。
詳しく話せば、ゲームというモノ自体複雑なプログラムを組み合わせて作られていて、それ故に必然的に不具合が発生してしまう。要は、その不具合を指す言葉。
起きる不具合はプレイヤーにとって不利に働くこともあれば有利に働くこともあって、ある意味ではソレ自体がゲームの一部とも言える現象と私は思っているわ。
つまるところ今わかるのは、これがそのバグだということ。だって、目の前の全てが正常は動作には見えないし。
恐らく、この異空間は〈神殿騎士〉と戦闘するエリアとチュートリアルダンジョンである〈屍人神殿〉を繋ぐ壁を走り続けることでプレイヤーがその壁にめり込んだ状態となり、そこで強攻撃にある踏み込む判定と振り向く判定を重ね合わせた結果突入してしまった感じの流れなんだと思う。
……でもね、私にとってはゲームの世界と言っても、3Dグラフィックとしてじゃなくて完全に実写の現実世界として全てが見えてるのよ?
そんな
人間というのは目に見えた物に対してこれまで培ってきた常識を前提に脳は状況を理解しようと処理する生き物。
だけど、このバグはその全ての常識を否定する現象としか思えない。ここに居るだけでどんどん気分が悪くなるわ……。
「ちょっと頭がこんがらがってきた……。お願い、色々整理させて」
私は状況整理をする時間を求めた。
〈神殿騎士〉が動いている音や振動が一切聞こえてこない以上、ここにいる間は事実上の無敵時間なことぐらいはわかる。それぐらい甘えてもいいはずよ。
「んじゃ、あたしのことちゃんと説明しなきゃダメだね☆ 姫チーギャップ激しすぎてそこもついていけてないっしょ?」
「あー、頼むわ」
おかげで、風川について知らなかったことを色々教えてもらうことができた。
***
そもそも風川が女子高生ギャルというのは表の姿に過ぎない。
実際のところ彼女は、見た物を忘れない絶対的な記憶力と、数秒先の未来が見えているかのような天性の反射神経を併せ持つことから文化系から体育会系まであらゆる部活にスカウトされまくっている奇跡の子なのだ。
しかしそのスカウトは尽く断っており、放課後は完全に帰宅部で、プライベートでもたまに友達と遊ぶ程度がせいぜい。
では、それは何故なのか?
そう、何を隠そう彼女のその正体とは……“リビングデッド・コンティネント”シリーズ
事の発端は小学生の頃、偶然にも“リビングデッド・コンティネント”をプレイしたところ、本当に好みのゲームだったという普遍的な話。
そして、他の人と違う点は、人一倍にやり込んだコト。
その結果、持ち前の記憶力でアイテムやオブジェクトの配置、エネミーやボスの行動パターン、武器・魔法等のモーションや数値、更には発見されているバグを全て暗記してしまい、そこに加えて持ち前の反射神経によるテクニックが合わさった事で規格外の何かとしか言い様のない実力を身につけてしまったのだ。
相性が悪いのかマルチプレイ部分についは触れていないようではあるみたいだけど、それでもソロプレイに関しては世界一リビコンが上手いと言っても過言ではない実力者であり、人は彼女を“リビコン狂人”と呼ぶ。
では、何故彼女の正体に私が気づかなかったかといえば、ネット上での活動がプレイ動画投稿こそ昔から行っているものの、ゲームに指定されたR-15の年齢制限を無視していることを悟らせないために字幕解説か機械音声実況のみなのが原因。始めた頃は小学生だなんてバレると炎上しかねないからね。
私もまた、過去に何度か
***
「っていうのがあたしってワケ」
「“リビコン狂人”と同じ学校に通ってたなんて、世間は狭いのね……」
話がまとまって少し納得できた。
考えてみれば、1度しかクリアしていないこのゲームの世界を楽に攻略できるなんて千載一遇のチャンスを得たも同然であり、痛いのは嫌だけど妥協点としてこれ以上のものはないわ。
「ていうかこのバグ知らないんだけど」
「発見されたのは今年に入ってからだからねー、そりゃ知らないんじゃない?」
“リビコン”シリーズは3作目まで出ているんだけど、1作目も未だにやり込んでいるとは心強いわね。(ちなみに私が遊んだのはこの1作目のリマスター版のみ)
そんな彼女は、私の今後の進路について指南を始めた。
「姫チーは死にたくないんだよね?」
「嫌よ、私もあんたもしわくちゃのゾンビみたいな姿になるなんて」
「オッケー。じゃあ実は今日姫チーの前で走る予定だった『ノーデスレギュレーションの安定チャート』をやろっか☆ 早い話、バグとか結構使うけど一切死なないでエンディングまで行ける感じの奴☆」
なるほど、正しく私の要望と合致した内容に聞こえるわね。
ここで言うチャートってのは、ゲームを開始からクリアするまでにあたって回収するアイテムやボスの攻略順などを事前に決めた予定のまとめのようなモノを指す。
特にRTAの世界だと如何にして事前に決めたチャート通りの動きをできるかがカギなのだけど……今回はRTAじゃなくて、そのテクニックを活用しつつタイムは意識しないで進めていくことになるみたい。
RTAだとぶっ通しで絶え間なく進めていかないといけないから、休憩時間とかも安心して取れる上でなるはやペースになるのは私が求めている最適解よね。すごいわ。
で、そうなってくると、おそらくは
「それでお願いするわ」
状況の整理も済んだ私は甘んじて提案を受け入れた。
「じゃあ、今指さしてる方向へあたしが良いよって言うまで歩いて見てちょ☆」
こうして、“オタサーの姫”と“オタクに優しいギャル”による『【非RTA】リビングデッド・コンティネント〜ノーデスサクサク安定チャートプレイ〜』が始まった。
***
「この異空間、厳密には敵に気づかれなくて壁をつきぬけて歩き回れる〈屍人神殿〉なんだけど、オブジェクトのない部分を踏んだ瞬間変な挙動起こして死ぬから注意してね☆」
「怖いこと言わないでよ!?」
「でもさ、姫チーとこんな形でも一緒に喋れてあたしマジ嬉しい」
「はいはい。それでいつ頃終わるの、これ? もう3分ぐらい歩いてるけど」
暗くて何も無い空間を風川と喋りながらコツ、コツ、コツと足を音を立て歩き続けていた。
チュートリアルの負けイベントを回避するためのバグを活用しているためとはいえ、人間の認識を逸脱した空間を歩き続けるのは気が滅入るわね。
だけどそれもそろそろ終わる様子。
「よし、3、2、1、良いよ」
「止まったわよ」
「うん、この位置でオッケー。じゃあ、プロロするね」
「プロロ!?」
風川がそう言うと、視界は真っ黒な空間から一転し、石造りの神殿の中の小部屋に変わっていた。
ついでで説明してもらえたのだけど、プロロって言うのはプロファイルセーブロードの略称で、全ての行動がオートセーブである“リビコン”のゲームシステムを逆手にとって、プレイ中メニューボタンからスタート画面に戻った後改めてゲームを『LORDGAME』を行うことで落下死を回避したりエネミーの配置を初期配置に戻したりできるっていう上級者御用達テクニックみたい。
確かに、サブ操作担当の風川がそれを行えるのは自然ね。
あとプレイヤーを正しい配置に戻す機能にもなり、このように異空間から配置に対応した場所へのワープ処理として使うこともあるとのこと。
ここまで話を聞いて、1つ違和感に気付いた。
「いや待って、そのプロロをしてる間の感覚が私にはなかったんだけど!?」
「それがさぁ〜、スタート画面に戻ってる時だけ姫チーの部屋にワープしてたんだけど、部屋を見渡しても姫チーがいなかったから改めて『LORDGAME』押してみたらここに戻ってきて感じでさぁ〜、よく分からないって感じ☆」
何何何!? こいつだけいつでも帰れるってどういうことよ! あと勢いでまとめたみたいな空気出すな!
「その機能を使えば……私を置いたまま元の世界に帰れるんじゃないの……」
私は彼女が告げた事実を前にしてとてつもない不安に駆られた。
ギャルが“オタサーの姫”なんてクズを助けるメリットなんてこの世にないのだから。
でも、風川の認識は違っていた。
「泣きそうな顔しなくてもよくない?」
「絶対に私を1人にして置いていかないでよ! 絶対よ!」
「当然、あたしは姫チーをおいてけぼりにする薄情者じゃないから安心しなって☆」
どうにも私を見捨てるような考えはないらしい。何だかんだ正直な奴っぽいからそこだけは信用できる。本当に良かった。
なら、と改めて周囲を見渡した。
「あー、ここ見た事あるわね」
どうにもこの小部屋には2つの宝箱と隣の部屋に繋がった檻型の扉が配置されている。
扉の先から何か石碑のようなものが見えているけど、アレは後で調べることになるのかしら?
「じゃあその宝箱開けてー」
「はいはい」
宝箱は木造の、それこそ古今東西あらゆるゲームで見るあの姿で、上からパカッと開いた。
『入手:【エンチャント・雷×4】』
確かこれはステータスに依存せずに使い捨てアイテム扱いとして使用出来る魔法で、要は武器に属性バフを載せるモノのはず。
視界にその文字が表示されると、物理的にアイテムが見えることはなく宝箱はただの空箱と化した。
これは多分、ゲーム的処理を再現した結果、メニュー画面を経由して使用するなり装備するなりしない限り実体を感じ取れないってことみたいね。
「本当に“リビコン”のまんまね」
続けて、もう1つの宝箱を開けた。
『入手:【逆転の指輪】』
あまり記憶にないアイテムが出てきた。
その詳細を読んでみたところ、
【装備中、HPが残り1割以下の間与えるダメージが1.5倍】
と記されている。
なに……これ……。
その文章を前にし、寒気を感じて風川に抗議した。するしかないじゃないの。
「もしかして、これを装備しろってコト?」
これは、アクセサリーという防具とは別に1つだけ装備できる補助アイテムのうち、理論上最強であるものの、同時に超ピーキーでそれこそ玄人と呼べるほどの実力がなければ使う選択肢に入らないような1品。私はこのゲームが特に上手い訳でもないのだから、それが今回の攻略の中心になると言われれば怒るに決まってるでしょ。
「うんうん、そうだよ☆」
風川の言い放った答えは非常に軽いノリでの肯定であり、正しく神経を逆撫でされた。
大きく溜息をつき、深呼吸をしたうえでこう叫ぶ。
「何が安定チャートよ! 1発喰らえば即死の状態でボスと戦えって言うの!?」
「まあまあ、騙されたと思ってやってみてよ」
「ハァ〜〜〜〜〜〜〜」
もういいわ! このダンジョンを進んでいくしか道はないんでしょ! 結局頼りになるのは彼女だけなんだし、諦めるしかないんだから!
「とりあえず、あそこの“
結局風川の指示に従い、続けて檻の形をした扉を開けた。そして石碑のような物に手で触れると、それは赤く光った。
『“屍石”を灯した』
『入手:【ロングソード】、【ナイトシールド】』
同時にアイテム入手を表す文字が表示された。確かこれは戦士の初期武器だったはず。
思い出してきた。まず、“屍石”とは死亡時の復活先としてのチェックポイントであり、ダンジョンの至る所に設置されているゲーム内オブジェクトのコト。
触れた時点でチェックポイントとして登録され、同時にHPが全開する代わりに倒した敵も含め全てが初期配置に戻るという特性を持っている。
加えて、“屍石”間のワープ移動も可能でプレイヤーにとっては有難い存在だ。
直剣と盾が手に入ったことから、ここはチュートリアルの一環として〈神殿騎士〉に殺されることでワープする最初の部屋だとわかる。詳しく言えば、負けイベントを経て“屍人”という肉体が醜く爛れた姿となり、この“屍石”に触れてクラスに対応した武器を手に入れるという流れね。現在は“生者の姿”であるように、これからも非正規的なゲーム進行は続いていくのかな……。
あと、あの宝箱部屋はダンジョンクリア後にもう一度訪れた際に開放される別の道から入れる宝箱部屋で、その宝箱部屋側から開けなければ“屍石”のある部屋へは入ることができず、初見だと扉の先から見える宝箱を不要に見せてくるいやらしいマップデザインだったりする。
そんな中、バグらせて異空間からプロロしたことでいきなりワープして入れたって感じ。反則的な行為だけど、今後はこんな感じのやり口を繰り返していくはずだし、覚悟しないと。
「ちなみに宝箱部屋から繋がる通路の出口は〈神殿騎士〉を倒さないとどの道開通されないから、あとは正規ルートね」
「わ、わかったわ」
そうして言葉の通り出発しようと足を踏み込んだ……その時。
私の体に妙な変化が起きた。
なんと、彼女に装備変更を任せ剣と盾を装備したはずが、同時に防具を脱いで上下に最低限の布だけを着た姿になっていた!
「えっなに!?」
「その鎧だと回避性能下がっちゃうから、もう実質全裸でよくね?(※防具を何も装備しないという意味)」
どうやら風川はアイテムの装備を変更する権限も持っているみたいで、それが原因。
装備重量が軽ければ軽いほど緊急回避中の無敵時間が伸びるし、その旨みを求めての行動なのはわかるわ。でも勝手に脱がされたらびっくりするじゃない、もう!
「良くないわよ! 無許可で人を脱がすな!」
「安定チャートでやるって言ったし許可済みだと思ったんだけど……」
あーもう! 見世物じゃないのよ!
私のアバターはゲーム内のある程度引き締まった汎用のモノではなく完全に私自身のようで、着痩せするのをいいことに体づくりに妥協が見える恥ずかしい肉体を風川に晒してしまっている。
少なくとも、今は見られたい気分では一切ない。
「姫チー、綺麗な肌してるんだね」
えっ、褒められた。
意外な感想に戸惑う私は、自我を誤魔化すために姫モードで答えを返してしまう。
「姫〜、オタク君達にどう見られてもいいように髪とお肌だけはちゃんと手入れしてるの〜♡」
コラ、「こいつ、照れ隠ししてるな?」って思ってるのが安易に想像できる表情を見せるんじゃないわよ。
ただ、元のゲーム通りならNPCやエネミー等に感情は存在せず機械的にセリフを発するだけな気がするし、私の外見を認識する人間が風川だけならもうこのままでもいいかと割り切ることにした。
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