【完結】死にゲーなダークファンタジー世界に飛ばされたオタサーの姫は同伴のオタクに優しいギャル(RTAランカー)と共にバグと効率テクを駆使しノーデス安定チャートでクリアしていくようです
リリーキッチン百合塚
第1章 オタクに優しいギャルは実在する!
第1話 姫とギャルと死にゲーの世界(前)
――これは、私の人生で最も楽しかった3時間の話。
***
私は何も持っていない。
だけど、誰からでもいいから、チヤホヤされたかった。
そんな私の耳にいつも響くのはこの声。
「姫、マジキュアの最新話見ましたか!」
「姫、イベント攻略手伝いますよ!」
「姫、今度一緒に映画行きませんか!」
そう、私こと
要するに、私服OKの私立高校なのをいいことに長く伸ばした黒髪をツインテールに結び、ピンクのフリフリな衣装で登校し放課後はキモい男どもしかいないアニメ研究会に入り浸っている女ってワケ。
「んもぉ〜、姫は聖徳太子じゃないのよぉ〜♡」
異性に縁のないあいつらはこういういかにもなお姫様にかまってもらえることなんてまずないせいか、いつも鼻の下を伸ばして話を振ってくる。爽快でしかないわ。
しかもそれに対応するだけで承認欲求が満たされて自己肯定感もアップと、ここはモテない地雷女なりに生きた心地を味わえる最高の環境なのだ。
もちろん私自身オタクだし、多少なりとも話が合う相手と会話できる機会を得られるところもなんやかんやで気に入っていたりもするけどね。
「マジキュアの魅力、姫わかんないの〜」
ただ、細かいジャンルの違いのすれ違いは部活内でも激しくて、会話を上手く受け流す能力が嫌でも鍛えられてしまっている。
ていうか、私は女児アニメ好きであっても魔法少女モノのマジキュア派じゃなくてアイドルモノの“マジパラ”派なのよ!? 筐体勢で過去作のマジプリもその男子スピンオフのキンマジも抑えてるぐらいには好きなんだけど?
ちなみに、“マジパラ”というのはゲームセンターのカード排出型音ゲー筐体の販促を目的に作られている私の大好きな女児向けアイドルアニメで、魔法の世界でアイドル活動をする少女達を描いた作品。
それこそ私の人生は“マジパラ”なしには語れないんだけど……その話は一旦割愛するわ。
……そんな、歪んだ己の承認欲求を満たし続けている学園生活を送っていたある日の放課後から、この物語は始まる。
***
「お、姫チーじゃん! 今から部活?」
ある日の放課後、部室へ向かい廊下を歩いていた私の前にその女は現れた。
名は
手入れが施された綺麗で真っ白な肌にストレートに伸びた金髪と長いつけまつ毛、口紅を塗ったキラキラ光るリップ、服ははだけたブラウスとスカートで彩られてる……所謂ギャルだ。
ちなみに、私と同じ2年生だけどクラスは違う。
本来、私達は“ギャル”と “オタサーの姫”という一見相容れない存在同士ではあるはずなのだけど、ある日“マジパラ”のゲーム筐体を遊ぶために寄ったゲームセンターで偶然にも彼氏とデート中の彼女と出会ってしまい、同じ高校なのもあってか妙な縁ができた仲になった。というかやけに私にことを気に入っていて、付きまとってくる。
ただ私はリア充リア充しているこいつのテンションにはついていけなくて、なんというか嫌いなのよね。
なので本音を言えば振り払ってしまいたいのだけど……それがきっかけでこいつの属しているであろう女子コミュニティで悪い噂が流れてしまうのは困る。だから、いつも対応せざるを得えないでいる。
「ねー、あたしも暇だからさー、そっちの部室行っていい?」
しつこい、うざい、うるさい。
それに、その言葉に合わせていちいち顔を近づけて来ないでほしい、あんたが可愛いのは私も理解しているわ。それは不要なアピールよ!
少し話は変わるんだけど、風川もそれなりにサブカルチャーに強くて、流行りのアニメぐらいは抑えている程度にはライトなオタクだったりする。
そんな彼女が私を追いかけてもし部室に来てしまうと、男共は“オタサーの姫”など避け、コミュ力がありオタトークのできるギャルとして振る舞うであろう彼女の方へと群がってしまうのは容易に予想がつく。
だからそれだけは何としてでも防止したい。
「うーん、オタクくん達はシャイだから風川さんみたいな元気な子とは不相性だと思うの♡」
「えー、せっかくこの後暇なのに〜。寂しいなー」
嫌だ、頼むから来ないでよ! 承認欲求を満たすための場を奪われたくないの!
……そんな臆病な自尊心と尊大な羞恥心を併せ持ち虎になりそうだった私は、ついこんな言葉をかけてしまった。
「代わりにさぁ〜、今度の土曜日〜、姫の家に来ない?」
本当にどうしよう。突拍子がなさ過ぎるし後先を考えてもいない。
「マジ!? 行きたい行きたい!」
本当に……どうしよう……。
***
「姫子ー、お友達が来たみたいよー」
宣言通り土曜日になると、家の玄関のチャイムが鳴って、ママの声が聞こえてくる。
扉を開けると、風川は勢いよく家の中へと入ってきた。
今日も普段の学園生活と変わらないセンスの衣装で相変わらずギャルな雰囲気だ。
それ自体は予想がついていたので、私も部屋着ではなく姫コーデを着込み、彼女がイメージする私からブレないようにしていた。
「ここが姫チーのお家!? すっごい綺麗!」
なお私の家は結構裕福で、この家は30階建てのタワーマンションの最上階の一室になる。そりゃ綺麗で当たり前よ。馬鹿じゃないの?
「早速姫の部屋に案内するわね〜♡」
「はーい」
あーもう! そもそも普段家じゃ姫言葉なんて使ってないのよ! 多少口は合わせたけど、ママに聞こえる場所でこの喋りを続けてると恥ずかしすぎて憤死するわ!
「風川さん、ここが姫の部屋だよ~♡」
そうしてたどり着いた私の部屋は、白とピンクカラーでふわふわした装飾が家具という家具に付いている空間だった。所謂ゆめかわ系女子の部屋というやつね。
「姫の部屋、超ゆめかわじゃん!」
「で〜しょ〜!」
良かった、ドン引きされることはなく寧ろ褒められた……。
何を隠そう私が学校で着ているあの服装は、大好きなゆめかわな服や装飾で登校できる上にオタク共もたぶらかせられて合理的という理由で選んでいる。そこ、痛いとか言うな。
あと風川こそ褒めてくれてるけど、ベッドの上には可愛いマスコットキャラクターやマジパラの推しのぬいぐるみで溢れていて、部屋の雰囲気はゆめかわさとオタクさが融合した混沌なものだから正直他人に見せたいものではない。
「ほーら紅茶よー、ゆっくりしていってね」
「はーい」
とはいえ、この調子なら安心して今日という日をやり過ごせる、助かった。
「じゃあ、今から何するー?」
「実は姫チーと喋りたいだけでなんにも考えてなかったんだよね。……そうだ、ゲーム機とかある?」
そうして話を続けていくと、風川はゲームに興味を示した。なるほど、ゲーム。
実はだけど私はそれなりにゲーマーで、この部屋には最新のゲーム機は揃っていたりするのよね。
ジャンルも問わず、ソシャゲよりも据え置きゲー派なぐらいには。
「いろいろあるよー。そっちのゲームパッケージ棚から好きなのとってきてー」
「オッケー」
今のところ物をガサツに扱うタイプにも見えないし、風川にやりたいゲームを好きに選ばせることにした。
うん、今完全に解った。
少なくとも今の風川は完全に“オタクに優しいギャル”だ。オタクの趣味に合わせて自分から動いてくれる陽の者。それでいて可愛いギャル。そんな非現実的存在を前に異質さと謎のあたたかみを覚えるのは、同性間だろうと変わらない。
“オタクに優しいギャル”……本当に実在したんだ……。
「へー、色々持ってるんだねー。おっ、アクションゲームも結構あるじゃん。あー、みんなで遊べるパーティーゲームはないんだ」
楽しそうに私の部屋を物色する風川を見ていると妙に微笑ましくなってきた。
彼女のことを嫌っている私は、本当にテンションについていけないだけなのだろうと反省するほどに。
……なのだけど、そんな彼女が取り出したゲームはあまりにも意外なチョイスだった。
「嘘!? “リビングデッド・コンティネント”のリマスター版じゃん!?」
「待って、そのゲームは!?」
おどろおどろしくて暗い背景に1人の西洋甲冑を纏った騎士が佇んでいるパッケージ画。
これは、前機種からグラフィックの質を上げ、“PM4”という完全据え置きなテレビ用ゲーム機向けに移植という形で発売された、死にゲーで有名な超高難易度ダークファンタジーアクションRPGの第1作目のリマスター版。
『心がへし折れた』
『二度とやりたくない』
と言った声が多く上がる程に難しく、それでいて、
『でもやめられない』
『最高のやりごたえがある難易度調整』
『記憶を消してまた最初からやりたい』
等といった感想が最後にはついてくるぐらいには難しさとやりごたえのバランスが取れたゲーム。
それこそ、出たのは10年近く前だと言うのに根強いファンが多く、未だに遊ばれ続けているほどに奥深い名作。
あえてストーリーを語るような場面を少なくしている分想像の余地が非常に広くて、考察勢の人口もかなりのものだったりと楽しみ方まで多種多様。
かくいう私も何年か前に興味本位で買ってみたところ思いのほか面白くて3桁回数以上死んだ上で最後まで遊んでしまったぐらいには思い入れがあるのよね。敵の背景も暗くてキモイから1周しか遊ばないで後はプレイ動画とかを見ていた程度だけど。
とはいえ、まさかライトオタクな程度のギャルが手に取るのは正直言って意外すぎるわ。
「ウチこのゲームバリバリ得意だから、今から実力見せてもいい?」
「い、いいわよ」
それに、目をキラキラさせながらやりたいとアピールしてくるので拒否することはもはやできない。
私はそっとパッケージを預かりディスクを取り出して“PM4”にセットして起動した。
テレビの液晶に映し出されるのは真っ黒な画面に『白いタイトルロゴ』『NEWGAME』『LORDGAME』『CONFIG』の文字達。
おおよそ華のJK2人が集まる部屋とは思えない雰囲気を醸し出している。
「『NEWGAME』っと」
「ほ、本当にやるのね」
だけど、私達がゲームを始めた時……テレビの液晶は凄まじい光を放った。
***
光が消えると、目の前の視界は草原になっていた。
えっ、待って、何が起きたの?
「い、家にいたはずなのに突然草原とか草も生えないわ」
「目の前にいっぱい生えてるけど」
背後から風川の声が聞こえた。
落ち着いて後ろを振り向くと、何故か衣装はそのままに体が少し透け幽霊のように浮いている彼女の姿がそこにはあった。
「待って、待って、余計に整理がつかないんだけど」
「ていうか姫チーどうしたの、〈ナイト〉の初期装備じゃん」
「えっ」
加えて、彼女から指摘を受けた。
確かに胴体や手に目を凝らすと私は明らかに西洋甲冑……というか“リビングデッド・コンティネント”の【チェインメイル】シリーズを着ていた。(長いので、ここからは“リビコン”と略して呼ぶ)
これは名前の通り鎖を紡いだ鎧で顔が程よく露出している装備で、風川の言う通り〈ナイト〉という最初に選択出来るクラスの初期装備。
それに、視界をよく見ると左上には赤いゲージ、青いゲージ、緑色のゲージが連結して並んでいて、右下には使用するアイテムを切り替えるアイテムスロットが見える。
これもまた既視感があるUI。
試しに走ってみると、緑色のゲージが下がった。ゲージがある限りは走り続けることが可能で、逆になるなると歩くことしかできなくなる。加えて、1秒ほど待てば自然と回復していくことから、恐らくこれはスタミナゲージだと思う。
“リビコン”では『走る』『武器を振って攻撃する』『
すると、ここまででわかった情報から風川がこのような発言をした。
「もしかしてあたしら“リビコン”の世界に転移しちゃった系〜wwwマジウケるwww」
確かにそれについは私も同じことを考えていた。
しかも、
不思議と鎧が重く感じないけど、それはゲーム的処理と見るべき?
後、本来“リビコン”には対戦や協力プレイとかの要素が売りのオンラインモードがあってそっちもそっちで楽しいのだけれど、今のところその辺の要素はなさそうね。
「笑ってる場合じゃないわよ!」
だからこそ、こちらとしてはそれら全てが死活問題。
そもそもリビコンはネット上で取られたアンケート『行きたくないゲーム世界ランキング』でも第1位に君臨したほどグロテスクなダークファンタジーで、アニメ研究会で承認欲求を満たせる環境も同時に失ったのだから溜まったもんじゃないのよ?
……考えを改めよう。彼女とは何をやるにも波長が合わない。やっぱり私の嫌いな人種なんだわ。
「ていうか姫チーその喋り方何?」
しかも不味いことに彼女の前でお姫様言葉を忘れていた。いや……ここはもう割り切しかないわね。
「ごめんなさい、アレは作った喋りで普段はこの喋りなのよ」
「なるほど」
「もちろん〜、このお姫様言葉で喋るのも大好きだよ♡」
「オッケー☆ 姫チーのそういうところも可愛いよ☆」
良かった、受け入れてもらえた。当面は揉めなくて済む。それはそうと急に褒めないでよ、照れちゃうでしょう!?
にしても、思えば風川が幽霊状態なのはどういうことなのかしら? 何せ“リビコン”に似たような仕様はないし。
「ウチはその場でメニュー画面を弄れるみたい。アイテム一覧からアイテムスロットへの登録とかもできる感じっぽいね」
なるほど、彼女は私1人では対応しきれない操作の補助を担当しているのね。
「お、『CONFIG』弄れる。ヤバ、このまま『ゲームを終了』もできるっぽい」
「不用意に押さないでよ」
まあいいわ、ここが“リビコン”の世界となれば話は早い。恐らく、ラノベとかにありがちなことを考えれば、ゲームをクリアすることで元の世界へ戻れるはず。
今は最初のチュートリアルなので、それを進めてしまうことにした。
「しっかし、体を動かす感覚とか現実とまんまね」
「楽そうだねー」
このゲームのチュートリアルは、まず最初にこの草原の奥に見える遺跡に入る事で本格的に始まる。
私は走りながらそこへと向かっていった。
なお、風川は私の移動に合わせて自然と追尾移動する様子だ。
***
遺跡の中は石造りの神殿とも言うべきモノで、柱に囲まれた広くて走り回れる空間だった。
「再現度、本当に高いわね」
「マジ……こんなの感動しちゃうじゃん……」
このときとても嫌なことを思い出した。
“リビコン”のチュートリアルは少々他のゲームとは違う
ということを。
そこからどんどん嫌な未来が頭の中で湧いてくる。
「なんか空から来てね?」
その予感は直ぐに的中した。
風川の言葉はその通りで、空を見上げると……そこには絶望という言葉を具現化させたかのような怪物がいた。
その姿は完全防備の鉄製の甲冑を着た騎士。甲冑はシャープかつ尖った線が多く、男女問わずかっこよさに
背中から黒い鴉のような翼を生やし、鎧との噛み合わなさからかえって人ならざる者であることを理解させてくる。
また、太刀を両手で構えており、それを武器にして戦うことも容易に想像がついた。
西洋騎士の甲冑にジャパニーズカタナな大刀、その歪な取り合わせなのはかえってダークファンタジーな世界を引きたたせている。
だが、この騎士の特徴はそんなところでは終わらない。
「デカすぎるでしょ……」
そう、とにかく背が高いのだ。
全高にして10mを誇る大きさで、私らみたいな女子高生なんてあっさりと踏み潰せるのが目に見えてわかる。
羽を生やす巨人の騎士、その名は〈神殿騎士〉。いわゆるチュートリアルボスって奴ね。
いや、というか記憶を掘り起こさなくても視界の下の方にHPバー共にハッキリ〈神殿騎士』〉と書いてあるんだけど。
ドスーン!!!!
巨人は両足を思い切り地へと叩きつけて着地する。
その姿を見て思った、こいつは私を狙ってここへ来たんだと。
「あわわ、あわわわわ。こ、攻撃してくるわよね……」
「そういう行動パターンだからねー」
巨人は着地後に数秒硬直すると、地にいる私に向けて太刀を薙ぎ払う攻撃を行った。
私は未だに自分が置かれた状況を飲み込みきれず、呆然としたまま避けようだなんて判断すらできなかった。
64ダメージ!
『残りHP:46/100』
「いっだあ"あ"あ"あ"い"!」
故に、その攻撃は見事に直撃する。
受け身も取れず後方へと吹き飛ばされ、全身に打撲の痛みが激しく響く。
つらい。苦しい。どうしてこんな目に遭わないといけないのよ……。
ただ、重く大きい剣で斬られたはずが切り傷のようなモノはない。確か“リビコン”では体に傷がついたり部位が欠損する要素は敵味方限らず基本的に存在しないので、そこに関してはちゃんと再現してるってこと? 変な細さすぎる。
「姫チー大丈夫!?」
「いや、アレっ、なんかマシになった」
また、痛みは直ぐに消えた。
代わりに視界のHPゲージが減っていることから、ゲームにおけるダメージによってプレイヤーのモーションが変わる等の操作への影響がない仕様を再現した処理と見える。
けど、その一撃で削られたHPは7割にも及び、次に同じ攻撃を食らえば死んでしまう。
回復アイテムなんで1つも持ってないし、どうしたらいいの……。
「ちょっ、姫チー、武器がないじゃん」
しかも、ここで風川に指摘され問題に気づく。
実はこの〈神殿騎士〉戦は負けイベントであり、死亡後に武器が手に入るという順序なのだ。
つまり、死を避けることはできない。
「嘘、でしょ……」
当たり前だけど、死にたくなかった。
恐らくゲームの仕様通りなら何度死んでも完全なゲームオーバーはなく、指定されたチェックポイントに戻されるだけだとは思うわ。
ただ、死んだときにどれだけの痛みが押し寄せてくるのか予想がつかない。さっきの攻撃程度の痛みだけならいくらでも堪えられるけど、
・死亡時は長時間体に痛みが発生して解除後に復活という嫌なペナルティがあるかもしれない。痛いのは嫌。
・プレイヤーは“
・同様に、もしかしたら風川にもその外見変化仕様が適用されるかもしれない。こいつが醜い姿になるのもなんか嫌
という3つの感情が頭の中に湧き上がった。
なら、今やるべき行動は必然的に1つのみ。
逃亡しかないわ!
「嫌ぁぁぁぁぁ! とにかく逃げるのー!!!!」
「えええええええ!?」
〈神殿騎士〉は幾度と地にいる私に向かって剣を振り下ろす。
流石に避けないと死ぬので、後ろへ後退して逃げて避け続けた。
スタミナゲージが許す限りでしか走ることは許されないものの、歩いている間は逆にスタミナゲージが回復する。この仕様を活用してとにかく、1分近く、私は逃げ回っていた。
これはゲームの世界。つまりシステマティックな動きこそが常識なので、現実の自分を遥かに凌駕する体力の無尽蔵さで動くことができる。おかげでこの永久に続く逃亡を確実なものにしてくれた。
「これじゃ埒が開かないよー、姫チー」
対して、風川が難癖を付けてきた。
それにはこう返そう。
「うっさいわね、今は死にたくないの! 人の気も知らないで適当なことを言うんじゃないわよ!」
彼女がどこまで“リビコン”の世界のシステムが適応されるのかわからないけど、文句を言われれば腹が立つ。だから、これは正論のはずよ。
――そんな中、私の反論を前に彼女が突拍子のないことを言い出す。
「ふーん、死にたくない……か」
「そうよ」
「じゃあ、ウチの指示に従ってくんない?」
し、指示に従え? あんたはただのギャルなのに何をどう信用しろと?
だけど今は四の五の言ってはいられない。
なのでちゃんと話を聞いてみることにした。
「なにか手段があるって言うの?」
「今ウチが指をさしてる所にある壁の角に向かって5秒間全力疾走してみて! そしたら助かるから☆」
は? こいつは何を言ってるの?
「……わかったわ」
とはいえ困惑していてもしょうがない。
私は覚悟を決めて彼女の指示に従い、走り出した。
確かに今〈神殿騎士〉が向いている方向と指さす壁の角は真逆で、攻撃の届かない背後を取ることでその行動がギリギリ可能なのだという予測はつく。だからやって見る価値も実際あった。
「うおおおおおおおお!」
「姫チーがんばれー」
結果、私は壁に接的しながら走り続けた。
ゲームの仕様上前へ進まないだけでまるで目の前に壁が存在しないかのように走り続ける異常な姿は、無視される物理現象は、非常識さは、正しくここが“リビングデッド・コンティネント”というゲームの世界であることを表している。
「5秒経った! そこで一瞬振り向いて強攻撃!」
時間経過と共に風川にそう告げた。
リビコンには全ての武器に素早い弱攻撃と遅いが火力のある強攻撃が存在する。
「あーもう、せいや!」
何も武器を装備していない【素手】による強攻撃を今やるとなれば、無に向かって振るう全力右ストレートとなる。正しく無様でシュールな姿ね。
「じゃあ直ぐに足を止めて」
彼女の指示は全て、確かに、この後行う行動に必須だった。
なのだけど、その指示が耳に入るまでもなく私は足を止めていた。
それは何故かと言うと……。
――――視界の先が真っ黒で何も無い空間に変わっていたからだ。
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