0-3 拝殿から商店街を駅まで

 占いがきっかけでちょっとでかけた観光地、鳥居の並ぶ山の中で出会った少女を案内して、俺は朱色と白色が印象的な大きい建物のある場所へと降りてきた。

 もっと時間が遅ければ、このあたりでおみくじとかお土産も買えたんだけど、今はたまに巫女さんが歩いていくくらいだな。


「へぇ、そうなんですか」

 突然、手をつないでいた彼女がささやく。

 !? 俺、声に出してた?

「あ、ごめんなさい。

 あの人たちの服、知ってるなって」

「ああ、なるほど。

 パンフレットやポスターに写真もたくさん載っていますからね」


 俺の言葉を聞いているのかいないのか、彼女はキョロキョロと周りを見回している。

 俺はその視線を追いながら。

「そろそろ、巫女さんたちも仕事の時間なんですかね」

 俺が何気なくそういうと。

「巫女さん? 巫女様?」

 彼女が俺の様子をうかがうように聞いてきたので。

「あー……。

 巫女さんっていうのは、この国の神様に仕える女性、ですかね」

 まあ、間違ってはいないはずだ。


「へぇ……!」

 それを聞いた彼女は、なんだか不思議なものを見るような顔で、しばらくじっと巫女さんたちを眺めていたけれど。

「それにしては、狐がいっぱいいますね!」

 などと言い出した。


「えーと、狐は神様のお使いで、お守りする存在で。

 だから、あちこちに置かれているんだったはずです」

 俺がそう答えたら。

「なるほど……。やっぱり、色々違うんですねぇ。

 私、巫女様といえば、狸のイメージでした。

 なんだか、面白いです!」

 なんていいながら、クスクスと笑う。


 タヌキ? なんで!?

 いや、たしかに海の向こうでは、狐じゃなくて狸が祀られてるところもあったはず。この前の金曜夜にやってたアニメにも、たしかちらりと出てた。

 ……でもそこって、海の向こうと言っても、橋で繋がってるすぐ向かいの場所だよなぁ。もしかして、この娘って国内旅行だったりする? さすがにそれは違うか。


 頭の片隅でそんな事を考えた後、妙にウケたみたいでなかなか笑いが止まない彼女の顔を、俺は「やっぱりイイなぁ……!」と眺めていたわけだけど。

 しばらくしてふとこちらを見た彼女は、今度は俺の顔を見て、再び微笑むと口元に手を当てた。

 なんだろうと思って自分の口元に手をやれば、どうやらいつの間にか俺も笑ってしまっていたようだ。

 隣に戻ってきた彼女と再び手をつないだのだけれど、2人ともまだ笑いが納まらず、しばらくその場で俯いていたのだった。


「そろそろ、いきましょう!」

 ようやく落ち着いた俺たちは、彼女に促されて再び歩き出す。

 長い階段を降りていけば、土産物屋の立ち並ぶ商店街についた。

 とはいえ、まだ早朝だ。残念ながら、開いている店もない。


「お昼だったらお店もあいていて、お土産も買えるんだけれど」

「お土産?」

「うん。

 狐のマスコットとかはたくさんあるし、この辺りで造られたお酒とか定番のお菓子とか。ちょっと珍しいものならスズメやウズラを焼いたのとかね」

 俺がそんなふうに答えたら、

「スズメやウズラって、鳥を焼いたやつですよね?

 もしかして、丸焼きだったりするんですか?

 あはは、ステキです! ぜひいちど食べてみたいです!

 でも、今は無理なんですか。残念ですね……」

 また再び妙にテンションが上った様子で。両手をパタパタと羽のように動かす彼女。

 おいおい、そんな仕草もかわいいですよ? 自重してください、俺の目が離れません。


 そして再び、商店街をそぞろ歩き。

 店も開いていないのに、なんだか頷きながら楽しそうにあたりを眺める彼女を、俺は少し残念な気持ちで眺める。

 だって、あと少し歩けばもう駅だ。

 そして、改札の前に立ってしまえば。


「それじゃ、もう駅についたから、俺はここで……」

 だから俺はそう口を開いたんだけど。

「……え?」

 鳥が豆鉄砲を食らったように、不思議そうな顔になった彼女に。


 いや、待て待て、俺。

 もしかして、今大きなミスをしつつあるような気がするんだ。

 というか、運命の神様がくれたようなこのチャンスはフイにしちゃいけない!

 こんなカワイイ女の子と一緒に街を歩けるなんて、ちょっとないぞ?

 そうそう、「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」っていう言葉もあるじゃないか。案内役があったほうが彼女にとっても良いに違いない。

 よし! 俺、いまボランティアの観光案内にジョブチェンジした。そこまで詳しいわけじゃないけれど。

 でも、だからさ。


「あ、違うんです。

 あの、俺この街の案内とかできますけど、良かったら一緒にどうですか?

 慣れない場所だと思った以上に勝手が違ったりしますし、意外とこのあたり移動手段とか上手い動きがわかりにくかったりするんで、役に立つと思います」


 うん、不自然だし、なにが言いたいかもよくわからないよね、俺。自覚あります。

 でも、こうせずにはいられなかったんだ。わかってほしい。

 そして、胸のドキドキにいつ終わるともわからないカウントダウンをされながら待つことしばらく。


「うふふ、わかりました!

 おねがいします、ぜひこの街を案内してください!」

 耳に届いた声に。え、うそ? って俺でも思いました。

 でも、目の前の彼女は、相変わらず元気いっぱいの笑顔で。


「だけどそれなら、確認しなきゃいけないことがありますね?」

 そして彼女は、じっと俺の顔を見る。


 なんだ、確認しなくちゃいけないことって?

 案内に、なにか資格でもいるのか?

 それともまさか、俺なにか試されてるのか?

 頭の中で必死に考えをめぐらしながら、だただたこちらを見る彼女を見返していたら。


「アナタのお名前は何ですか?

 私の名前は……」


 そして、俺は彼女の名前を知ったのだった。

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