第7話 赤い背中
五寸釘レオは、氏家の屋敷を飛び出した。時間がないうえに、手がかりまでないのだ。
魔法使いを見つける唯一の方法は、通常では死なない人間を見つけることだと五寸釘クルミに教わった。つまり、人が死ぬような状況に立ち会わなければ、見つけることはできないのだ。
屋敷を飛び出してから、レオは東京に向かうことにした。もっとも人が集まる場所だ。魔法使いが人ごみをどのように考えているのかまではわからない。
とにかく、人の多く集まる場所の方が見つけやすいのではないだろうかと思ったのだ。ただの推測にすぎなかったが、手がかりがなにもない以上、レオは東京に向かった。
電車で一時間ほどかかり、東京駅に着いた。始めてきたわけではないが、レオの青春は肉体や精神の操作のために長い時間をとられていたため、遊びにいくような自由は経験してこなかった。数えるほどしか上京したことはない。想像通りの雑踏に、レオはさっそく目的を見失いかけた。
東京駅でたたずんでいても、魔法使いが見つかるはずもない。魔法使いが目の前を通過しても、レオには見つけられない。
ならば、魔法使いがいれば見つけられる場所に行く必要がある。
東京のどこかでテロでも起きて、一人だけ無傷な者がいれば魔法使いの可能性が高いはずだ。だからといって、そう都合よくテロが起きてくれるはずもない。
レオは知っている事故や事件を思い起こした。
多くの犠牲者を出しているのは、地下鉄や若い世代に人気がある場所が多い。
レオは地下鉄を目指した。
地下鉄で電車を待ち、タイミングを見計らって多くの人を線路に突き落としたら、誰が魔法使いかわかるだろうか。
レオが犯罪者として捕まってしまっては、交渉もできないし、レイカの家に案内することもできない。
レオは地下鉄のホームでしばらく考えた後、あてもなく乗り込むことにした。
東京の地下を縦横に走る電車に揺られ、何も得られることもなく、降りた。
人の多い場所を探し、あまりの多さに疲れ、何の手がかりもないまま、一〇時間が経過した。
五寸釘レオが座りこんだのは、渋谷のスクランブル交差点を見渡せる、駅前の広場だった。
雑多な人々が待ち合わせなのか、たむろしている。多くが携帯電話を手にしていた。大量の人が行きかうのを、レオは茫然と眺めていた。
この中に、魔法使いがいたとしても、見つけられるはずがない。
絶望し、座りこんだ。
レオのすぐそばを、赤いスーツの女性が颯爽と通り過ぎようとした。
硬いものが割れるかのような音とともに、レオの足元でコンクリートの地面に穴が開いた。
レオは目を疑った。自然現象であるはずがない。コンクリートに空いた小さな穴を中心として、細かな亀裂が走っていた。強い打撃を受けたのだろう。
レオはすぐに、銃による狙撃をイメージした。ほんの二年前、レオは銃を持つ誘拐犯人と対峙していた。
コンクリートに開けられた突然の穴から命の危険を感じとり、レオは咄嗟に屈んでいた体勢をさらに低く構えながら、銃弾が飛んできたと思われる方向に顔を向けた。
赤い背中が見えた。遠くビルの上ではない。レオの視線を遮るかのように、レオと同じ方向を見上げていた。
華奢で、黒い頭髪に、赤い服に包まれた男だった。背中しか見ていないので、顔も年齢も解らない。
コンクリートに着弾した銃弾にも、周囲の人間は誰も気づいていなかった。だが、服と同じ色の液体が、服が吸収しきれずに零れ落ちるのを、レオは見た。
赤い背中の人物は、一方向をしっかりと見定めたまま、振り返らずに走り出した。レオが弾丸の軌道の先だと感じた方向と、やはり同じだ。
レオは、赤い服の男が撃たれのだと確信していた。
東京で狙撃されたことは驚きだが、撃たれ、血を流した男が、微動もしなかったことが異常であることは間違いない。しかも、すぐに走り出した。撃った相手を捕まえようというのだろう。
レオであれば、レオのような半人間であれば、同じことができるだろうか。想像し、すぐに否定した。
出血した背中の位置からは、おそらく心臓を貫かれている。突然心臓をえぐられ、即座に心臓の筋肉を操るほど、レオは自在に体を操れない。しかも、赤い服の男は狙われることに慣れている。
もしや、魔法使いだろうか。
思った瞬間には、レオは動きだしていた。
走る男の背中が遠のきつつある。レオはコンクリートを蹴り、人々の頭上を越えた。
目立つことなどどうでも良かった。この機会を逃したら、魔法使いを時間内に見つけることなどできるはずがない。その時、レイカは永久に失われるのだ。
あまりにも人々が密集した渋谷の街で、五寸釘レオは赤い背中を追いかけた。
赤い服の男の動きは早かった。人ごみの中、すぐに見失った。
五寸釘レオは意識を嗅覚に集中させ、臭いをたどった。
男は香水をつけていた。血の臭いもするはずだ。
魔法使いであれば、半人間であるレオができる程度のことは簡単にやってのけるだろう。傷もすでにふさいでいるに違いないが、赤い血が一瞬でも噴き出たのだ。服には血が染みついている。臭いは消せない。
香水と血が混ざった独特の臭いを追ううちに、レオは人ごみから離れていた。
人通りがまばらになった、背の高い雑居ビルに赤い姿が入っていった。
迷わずビルに踏み込み、踏み込むと同時に、レオは体勢を崩した。服をつかまれ、壁に叩きつけられたのだ。目の前に、レオよりもずっと華奢な赤い姿があった。
レオよりもやや年上だろうが、細面の整った顔をした男だった。ただし、魔法使いだとすれば、年齢も外見も、見た目通りではない可能性が高い。
雑居ビルの内側の壁に押し付けられた。さらに、額に硬い鋼鉄の感触をつきつけられる。拳銃に違いない。
「俺になんの用だ? 連中の仲間か?」
「ち、違う、探していたんです……魔法使いを」
『魔法使い』と言うとき、戸惑った。怒らせるかもしれない。自分の体を人間よりはるかに効果的に修復できるレオでも、脳を撃たれては回復が間に合わない。
「なんのためだ?」
「オレの一族が守っている人たちの娘が死んだんです。生き返らせてくれる魔法使いを探しています」
「嘘をいうな。闇雲に探して、魔法使いが見つかるはずがない」
レオがまじめにやっていたことを、男は否定した。意味もなくやっていたわけではない。レオは慌てた。
「だ、だから、撃たれても平気で、撃った相手を追いかけているあなたを見て、ついオレもあなたを追いかけてしまったんです」
「一族で人間を守っているって言ったな。なら、魔法使いを見つけるための方法は知っているはずだ」
「その方法は使ったんだ。神社本庁に情報を流して……でも、魔法使いがお金で動くとは限らないから自分で探して来いと、母に命じられました」
男はレオの首から手を放した。数歩離れ、携帯電話を取り出した。レオは動かない。下手に動けば、男を刺激することがわかっていた。胸倉をつかまれた瞬間に理解した。華奢に見えるが、この男には敵わない。
「どうやら、本当みたいだな。この八億の懸賞金をつけた、氏家レイカって子だろ」
男が携帯の画面を見せる。レイカの生前の写真と、死体の状況、金額が表示されていた。
「八億ですか? オレは、十億だと聞いていましたが」
「二億は手数料だろう。俺を追った理由は信じてやる。だが、お前のことを信用してほしいなら、このビルの屋上にいる人間を殺してきな」
男は、指を上に向けた。
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