第2‐2話 空虚な心の僕(2)

~夢のありか~


望んでない・・・ハズだった。

新しい母さんは、あの時の俺には眩しすぎるほどに輝いていて、あたりのザーザー降りの雨の雫に清らかな光が反射していた。

その光だけが俺の目に届いた。

その光だけは信じれる気がした。

それしか信じていなかった。


『母・・・さん?』


怖いほどきれいだった。

怖いほど鮮やかだった。

怖いほど美しかった。


あの夜、夢を見たんだ。

薄暗い森を走り抜ける。

「母さん、母さん、母さん・・・。」

母さんを呼び、探して、探して・・・

森を抜けると金色に揺らめくすすきの中、一人の女性を見つけた。

「母さん!」

僕は嬉しくなって近付いたが、その母さんは美紀子さんではなくて実の母親だった。

(母さんは僕は要らないんじゃなかったの?)

母さんは僕を静かに見つめてほほ笑んでいる。

その背景にはオレンジ色の夕日と、金色に輝くすすき、その中に一人ぽつんと立つ母さん。

意味も分からず恐怖心に襲われる。

(怖いよ。母さん。)

泣きそうになった。

(ここは・・・どこ?)


―――――――――――――――――――――・・・


「翔・・・朝ご飯できたわよ・・・。」

重たい目蓋を開けるとそこはベットの上だった。

そうだ、昨日からここは僕の家になったのか。

「母さん、おはよう。」

「おはよう。」

新しい母さんとなった美紀子さんはにっこりと笑った。


カチャカチャカチャ・・・

お皿にフォークが当たる音がする。

「おいしい?」

僕は何も言わずコクリッと頷く。

「そっか。ねぇ、翔、今日は一緒にショッピングモールに行かない?服がそれだけだと不便だろうし。」

母さんは僕の服を指差して言う。

それにつられて僕は目線を下にずらす。

「いい?」

僕はまた何も言わずにコクリッと頷いた。


~ショッピング〜


「これとか可愛いわねぇ!」

母さんは一人で声をあげてはしゃぐ。

左手の紙袋にはもう既に何着もの僕の服と下着が大量に入っている。

その他、日用品も必要最低限の物を買ったが、まだ母さんの勢いは止まらずほぼほぼ着せ替え人形状態だ。

「母さん。」

僕は母さんの服の裾を引っ張る。

「トイレ行きたい。」

母さんはこっちを振り向くとにこっと笑い「私も行きたいから、レジ行ったら行こう。」と言った。

トイレは僕の方が先に済んだので言われた場所で母さんを待つ。

そんな時だ。


「イッテェナァー。」


店内に響き渡る男の人の低い声。

僕の傍にある木の椅子に思いっきり足をぶつけた金と茶に染めた髪の男の人は何だかイラだった視線をこちらに向けた。


~父さん~


さっきの男の人は「チッ」と舌打ちをしてこの場所から去った。

僕はある事を思い出した。


「イッテェーイナァー。」

僕の父さんは、四六時中ずっと怖い顔をしていた。

あの時の僕はいつも何も言わず何でも顔をして・・・慣れちゃったんだ。

父さんは怖い顔をして怒鳴るだけで、殴りつけるような乱暴な事はしなかった。

しなかった?

そういえば今思い返すと一度だけ殴られそうになった事あったけ?

その時はどうしたんだっけ・・・


「母・・・さん?」


~池と快晴と鳥~


「翔・・・翔・・・翔!」

強く揺さぶられて我に返る。

そうだ。

あの時は母さんが止めたんだ。

すぐに近所の人がかけつけて、それで・・・。

「大丈夫?」

我に返った僕は心配そうに見つめる母さんの顔を見て小さく「大丈夫。」と呟く。

母さんは慌てるようにハンカチを取り出して僕の汗をかいたおでこを優しく拭くが、僕は呑気に思考を巡らせていた。

(今日は本当の母さんばっか出てくるな。それに父さんも・・・。)

母さんは僕が要らなかったんじゃなかったのだろうか。

その答えはきっと一生聞けない。

僕の落ち着いた姿を母さんが確認するとホッと一つ息を吐く。

すると母さんは表情を明るくして言った。

「ペット飼わない?」

ショッピングモールにあるペットショップに入ると、青と白のセキセイインコの前で足を止めた。

無意識だった。

「名前何にする?」

ショッピングモールから歩いて帰っている時に母さんに聞かれた。

けれどちっともいい名前が思いつかない。

「慌てなくていいよ。翔が選んだインコちゃんだから、じっくり考えていい名前を付けてあげなさい。ね?」

「うん。」

小さく頷くと母さんは微笑んで軽く僕の腕を引っ張る。

「一回家に帰ってからスーパー行こう。4時から特売やってるから。」

「分か・・・。」

いつものように答えようとした時、僕は何かに気を取られ自然と足が止まった。

「翔?」

無性に遠くの何かを確認したくなった。

あれはなんだろう。

僕はその何かに近づいてみた。

「死んでる。」

池の柵のこっち側の地面にばら撒かれた血の中、鳥が死んでいた。

とても無様な姿だ。

そんな鳥の姿に興味を引かれ、四方八方から鳥を観察して、雑草の中でもきれいな花を探して鳥の上にそっと置いて供えてみたり、「鳥さーん、なんで死んでるの?」て、話しかけてみたり、スーパーの特売だとかそういうの全部忘れて夢中でこの死んだ鳥を観察した。

後で母さんに聞いてみると一時間ずっとここにいたらしい。

ふと我に返り、柵の向こう側の池を見た。

池の水面には快晴の空が青々と移っている。

「空・・・。」

一回目は小声で、

「空!」

二回目は大声で叫んだ。

「空!空がいい!インコの名前は空がいい!」

三回目以降は空を指差して「空」を連呼した。

母さんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに「ふっ」と微笑んで言う。

「それじゃあ、名前は『空』にしよっか。」

僕は「うん!」と大きく頷いた。

僕自身でも気付かない程の満面な笑みで空を見上げた。

その日の空は、何かを祝福するように青く晴れ渡っていた。

この日が始めて、心の底から俺が笑った日である。

俺はこの日を一生忘れない。


――――――――――――――――――――・・・


翔の目が自ら輝いたのは出会って始めて見た。

私のやった事は間違っていなかったんだね。

「それじゃあ、名前は『空』にしよっか。」

私は目線を翔に合わせて言うと、「うん!」と明るい大きな声が返ってきた。

この子の表情を笑顔にする事が出来た。

ただただそれだけが嬉しかった。

私は実の息子である磯至翔の顔を頭に思い浮かべる。

(翔、私は誰かの心を三崎翔の心を救えるかもしれない。)

「特売時間過ぎちゃった・・・。」

「ごめん、母さん。」

その日は仕方なく夕飯のメニューを変えることになった。

翔の笑顔を見れたのだから、まぁいいか。

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